71 鮮血
アイとスティルの二人は、以前アイが訪れた、ユーフォリア教団の教会の前に立っていた。
「デートってここ?」
アイが尋ねる。
「そうそう。この教会も綺麗だなって思っててな。ロマンチックだろ」
そう、ふざけたことをいいながら、スティルは笑顔も浮かべず、教会の中へと入っていった。
中には相変わらず人がおらず、薄暗く、不気味にも思えた。
スティルはあたりを見回すと、奥の壁側に、扉があるのを見つけた。
そこへ近づき、扉を開けようとするが、カギがかかっているようで、開かなかった。
するとスティルは何度か体当たりして、扉を開けようとした。
「ちょ、ちょっと、スティル」
「悪いな、アイ。こんなとこに付き合わせて」
「貸して」
アイは、扉に近づくと、鍵穴に細い氷を生み出し、鍵のように形作って、カチャリ、と扉の鍵を開けた。
「サンキュー」
短くそう言うと、スティルは扉のすぐ前にあった階段を迷わず降りて行った。
「スティル……」
アイは慎重に進んでほしかったが、スティルはどんどん一人で先へ進んで行った。
階段を降りきると、本棚や、机や、研究器具が散らばった、大きな部屋が広がっていた。
慌ててひっくり返したかのように、沢山の本や薬品が、机や床に散乱していた。
「やっぱり、魔物の研究はしていたようだな」
机の上から、魔物の巣や、瓶に薬液とともに詰められた小型の魔物を発見し、スティルはそう言った。
「気持ちわるー……」
イカのゲソのようなものが瓶に詰められているのを見て、アイは率直な感想を口に出した。
「司祭はここで魔物の研究をしていた……だがなぜ戻った?」
スティルは奥にある、ひときわ大きい机と椅子にたどり着き、その机についた引き出しをひっくり返して、中の書類を確認し始めた。
「何かを忘れて戻ったんだ。きっと重要な何かを……」
「スティル、何をそんなに焦っているの?」
「ここには何もない……どこかに隠し部屋でもあるのか……?」
「スティル!」
部屋中をひっくり返しそうなスティルを、アイが心配して呼び止める。
「何だ!」
ついに大声を出したアイに、スティルも感情的になって答えた。
「焦らないで。手伝うから」
「焦らないでいられるかよ。俺の目の前で人が死んだんだぞ……手の中で……冷たく……」
スティルはそういいながら、その感触を思い出したのか、ぞっとしたような顔で身震いした。
「オッサンは死ぬのにふさわしい奴だったのか……?俺は知りたいんだ。何で殺されたのか」
「スティル……」
しばしの沈黙のあと、スティルは本棚をひっくり返し始めた。
アイも、スティルを手伝おうと思い、部屋の中の書類などを物色した。
しかし、気づけば、スティルの方からまったく物音が聞こえなくなっていた。
「あれ……?どこいった?」
アイはスティルが先ほどまでいたところを見ると、地面に座り込んでいるのを見つけた。
「どうしたの?」
そう声を出した瞬間に、アイはスティルに駆け寄っていた。
スティルの腹が、赤く染まっているのが見えたからだ。
「スティル!!!何が……!」
駆け寄ってしゃがみ込むと、スティルはまだ意識があり、呻いていた。
「アイ……逃げ……ろ」
絞りだすように、スティルはそう言った。
「何があったの?どうしてこんなことに!」
あたりに刃物のようなものは見当たらない。
それなのに、腹から血を出している。
アイ以外の人間は見当たらない。
スティルが出血する要素なんてまるでなかった。
「聞け……魔物じゃない……オッサンをやったのは……ぅぐっ……」
スティルは時折咳込みながらも、アイに必死で伝える。
「人だ……息遣いが、聞こえた。お前は逃げろ……近くにいる……早く!!」
アイは寒気がして辺りを見回したが、そこには誰もおらず、気配すら感じなかった。
スティルの考えはどうあれ、スカイフィッシュが飛び回っている可能性もあった。
アイはスティルに肩を貸し、無理やり立たせる。
その体にはほとんど力が入っておらず、アイにはとてつもなく重く感じた。
「うっ……ぐ……スティル、すぐにここを出よ……わっ!」
アイはスティルを支えきれず、二人は一緒に地面へ倒れこんだ。
「ぐぁっ」
スティルは傷に響いたのか、苦しそうな悲鳴を上げた。
「ど、どうしよう。置いてくわけにはいかないし……どうすればいいんだ」
アイはパニックに陥った。
今この瞬間にも、見えない相手に二人とも切り刻まれるかもしれない。
「どうしよう……!」
その時、部屋に繋がる階段の方から、カツン、カツンと足音が聞こえた。
「誰……!」
アイがそっちを警戒すると、そこには、驚いた表情のベリィがいた。
「グレイスさん?」
「ベリィ……!来ちゃダメ!いや、手伝って!」
尋常ではないアイの様子を察して、ベリィはアイのほうへと駆け付けた。
そして、血だらけで横たわるスティルを見た。
「わぁ、酷いですね……傷を見せてください」
ベリィはスティルの腹部から衣服を捲り、そこを観察した。
スティルが抑えている手の内側から、血が流れ続けている。
「どうしよう、ベリィ。助かるかな?治療術士に治せるかな……」
「これはまずい。ここから動かしては危険ですよ」
「そんな、じゃあ誰か……誰か呼んできてくれる?」
「いえ……もう一つ、彼を助ける方法があります」
ベリィは、似つかわしくない冷静さで立ち上がり、アイに向き直った。
「ここにこの魔法薬……ポーションがあります。とても高価なもので、ウチが死にかけたときに使えるように、常に手元に置いているものです。これならきっと、助かる」
ベリィは小さな瓶に入った青色の液体を、アイに揺らして見せた。
「え、じゃ、じゃあそれを……」
「でも、これは資産……私物だし、そうでないのであれば私にとっては商品。何の対価もなくお渡しすることはできません……」
残念そうに、ベリィは言ってのけた。
アイは理解が追い付かなかった。
そういう全てに優先されるんじゃないのか?人の命というものは。
「お金?お金なら払うよ。お願いだよ……スティルが死んじゃう」
「残念ながら……商人にとって今はまさに商機、勝負所。そういう時に、利益を最大化するのが性なんです。ウチがイチバン、欲しいものは以前お伝えした通りで……わかるでしょう?」
「何、言ってるの?」
アイは本気で理解が追い付かなかった。
以前会った時も、ベリィは少し変わってはいたが、明らかに異常だと思った。




