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62 モテ期

 アイたちは、上の階まで戻ってきた。

 二人はへとへとだったが、邪魔をする敵がいないだけマシだった。


「そろそろ疲れてきたけど、次は研究所、だったっけ」


 シェリーは膝に手をつきながら、アイに尋ねた。


「うん……そんなに遠くない……みたいだけど……」


 アイも、魔法を多く使った影響もあり、どっと疲れを感じ始めていた。


 そんな時、遠くから声が聞こえた。

 男たちが倒れ、信者が逃げていった地下墓所では、声がよく響いた。


「シェリー!アイ!」


 声の方へ進むと、シードルが重たそうなスーツケースを持って、歩いて来ていた。


「シードル!無事でよかった!」


「アイこそ!よかった……すまなかった、君を独りで行かせてしまって。リーダーの俺のミスだ」


「シードルは悪くないよ……」


 アイはそう言って、シードルとしばし抱き合った。

 複雑そうな顔をしていたシェリーはついに疑問を口にした。


「そのケースは?」


「そうだ、聞いてくれ。これは解毒薬だ。女性たちを元に戻せるそうだ。それと、作り方の書いたファイルも一緒に入れてある。これで女性たちは助かると思っていたんだが……男たちの方が急に倒れ始めてしまった……」


「巣を壊したんだ。そうしたら、みんな倒れちゃった」


「巣だって?彼らは魔物なのか?」


 戸惑うシードルに、アイは事情を説明した。


「そういうことか……男たちが倒れだした時、俺はてっきり致死性の毒物でも撒かれたのかと肝を冷やしたよ……」


 アイたちは、その瞬間を目の当たりにはしていなかったが、確かに急にみんなが倒れたら恐ろしいに違いない。


「ということは……これで一件落着、か?」


 三人はそれぞれ動いて、どうやら自体が片付いたらしいと気づき、顔を見合わせた。

 アイはなんだか上手く行き過ぎたような、とはいえよく考えたらそれなりに苦労もしているような、そんな複雑な気持ちだった。


「上等でしょう、ここまで片付けたら。あとは冒険者組合やら国やら騎士団やらの仕事よ」


 シェリーは胸を張って言った。





 アイたちは、スティルを見つけられなかったが、ひとまず地上に向かって行った。

 途中、解放された、巣の影響を受けていない男たち、主に冒険者たちも、武器を持って地下に降りてきた。

 アイたちが事情を説明すると、冒険者の男たちは、地下に残った信者や倒れた男たちを、外へと運ぶ作業についた。


 地上近くに辿り着いた時、場違いな男と女の楽しそうな声が、地下墓所に響いて、近づいてきた。


 よく見ると、スティルと、四人の女性たちが、アイたちの反対側から歩いてきた。

 四人の女性たちは、アイがアキナスと会ったときに、ベッドの上にいた女性たちのようだった。

 耳を澄ますと、スティルを褒めたたえる女性たちと、得意げなスティルの声が響いていた。


「スティル様、スティル様、私が一番最初に解放されたんだから、私と手を繋いでくださいよう」


「何言ってんだい。私が繋いでたんだ、邪魔をするなよ」


「おいおい、君たち。喧嘩をしちゃダメだろ。俺は一人しかいないんだ。順番をまってくれ」


「やーんスティル様ったらずるいー。一人をちゃんと選んでよ~」


 黄色い声を響かせる、露出度の高い装束に身を包んだ女性たちに気を取られていたスティルは、アイたちにかなり近づくまで、その冷たい視線に気づかなかった。



「まったく、おいおい、べたべたしすぎだろ、歩きづらいって……あっ…………」



「楽しそうねぇ、スティル。無事でよかったわぁ」


 シェリーが、意味深な笑顔を浮かべながら、冷たい声で言った。


「なっ、あっ、お前らっ、ぁっ……アイ、無事だったか!よかったぁ~!!」


「う、うん……無茶してごめん、って謝ろうと思ってたんだけど、なんか幸せそうだから、今迷ってる」


 アイは率直にそう伝えた。


「ち、違っ……これはだな、アイ。違うんだ。俺はちゃんとお前のために、解毒剤を……ほら……でも必要なさそうですね……」


 スティルが持っていたアンプルには、後ろの四人の女性に使ってしまったのか、もう数滴ほどしか液体が残っていなかった。


「で、でも毒がまだ残ってるかもしれないからほら、飲んどいたほうがいいって……な?」


 スティルはそのアンプルを渡そうとしたが、アイは受け取らなかった。


「あー……大丈夫……もう治ったから……」


「そう?でも、あの、俺結構頑張ってこれ……」


「ちょっとぉスティル様ぁ!誰よその女ぁ~」


「ちょっと待っててって君たちはさぁ……」



 女性たちをなだめるスティルを見て、アイはしばし考えた。


 どうやら、スティルはアイのために何とかして解毒剤を手に入れてくれたらしいが、間近な綺麗な女性たちに使うのを抑えられなかったらしい。

 女として、というのはどうでもいいのだが、しばらく一緒に冒険してきたアイより、見ず知らずの他人を優先されたのは、アイは少し癪だった。


 少し、意地悪してやるか。


 そう考えると、アイは突然スティルに駆け寄り、両手でスティルの手を取って、上目づかいで言った。



「そんな、スティル……私という婚約者がありながら、他の女性たちを好きになってしまったんですね……」


「ふぁっ!?婚約?!」


 アイの見たことのない仕草に、スティルは飛び上がった。


「そんなに私に不満があったなら、言ってくださればよかったのにっ」


「えっいやっ、不満はないけど、ってそうじゃなくて」


 スティルは汗だくになりながら、後ろから注がれる、鋭い視線に縮こまっていた。


「もう知りませんッ!さよならっ……!」


 アイはそう言うと、振り返って、シードルたちの下へと戻った。

 面白くて、必死で笑いをこらえていたが、振り向いた瞬間にはアイはくすっと笑っていた。


「ちょっ……」


「スティル様ぁ?婚約ってどういうことぉ?フリーってさっき言ってたじゃない!」


「はぁ?私と一緒に冒険者やってくれるんじゃなかったの?!」


「何言ってるのよ、スティル様は私と実家へ帰るのよ?」



 次々に女性たちに問い詰められるスティルをにやにやして見ながら、アイたちはその脇を通り、地上へと向かった。


「おい待ってくれ……置いて行かないでくれーッ!!」



 女性たちの様子を見るに、あれはただの解毒剤とは思えなかった。

 助けてもらっただけでは、あそこまでスティルに入れ込まないだろう。

 アイは、解毒剤が自分の元に届かなくてよかった、と少し安心していた。


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