↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/109

59 逆襲

 シェリーがアイを連れていると、どこか遠くから、うめき声が聞こえるのに気づいた。


「参ったな……」


 異常があるのであれば、そこに元凶もいるかもしれない。

 しかし、アイがこんな状態ではシェリーはほとんど動けない。

 二人でそのうめき声がする方へ近づくのは、危険に思えた。


 シェリーは辺りを見渡し、扉の開いている部屋を見つけると、中を見渡した。


 部屋の中は信者が寝泊まりしていたのか、簡素なベッドや、チェスト、衣類が生活感のある様子で置かれていた。


 地下墓所の中は混乱を極めていたので、持ち主は恐らく戻って来ないだろう。

 シェリーは、アイを抱えて部屋の中に入り、ベッドの上に、アイを寝かせた。


「しぇりー?」


「アイ。ここを動かないでね」


「うん……あはは」


 アイはそう言ったきり、虚空を眺めて笑っていた。

 シェリーは尋常じゃない様子に、改めて恐怖した。


「どうしよう……もしアイがこのままだったら……私……」


 しかし、ここで嘆いていても仕方が無いと思い直し、立ち上がると、シェリーは部屋を出た。



 そして、そのうめき声がする方へと向かった。

 しばらく進むと、うめき声は大きくなってくる。


 アーとか、オーとか、低くて奇妙なうめき声だった。


「わっ!?」


 シェリーが歩いていると、壁沿いにあった木の扉が突然開き、部屋から突然誰かが飛び出してきた。


 それは、男だった。


 この地下墓所には、連れてこられていないはずの、男性だ。

 しかし、様子がおかしい。


「アァァァ……」


 深い呻き声を、出しながら、他の生物は初めて見るとでも言うかのように、男はシェリーに近づいてくる。


「止まって」


 しかし、男は構わず近づいて来る。


「止まりなさい!!!」


 男は、むしろ興奮したように足を速め、シェリーに掴みかかってきた。


「仕方ない……!」


 シェリーは突風で男を吹き飛ばした。

 しかし、ゆっくりと男は立ち上がり、再びシェリーの方へと近づいてくる。


 シェリーが距離を取ろうと後ろを向くと、なんと気づかない間に、背後から三人の男が、同じように歩き、近づいて来ていた。

 全員が丸腰で、普段着のようだった。


「何なのよこれは!!!」


 シェリーは三人を魔法で吹き飛ばすと、起き上がってくる前に、その横を走り抜けた。


 男たちは生きている。

 おそらく、街に元々いた男たちだろう。

 しかし、こちらも様子が変だ。


 女性信者は知能を保ったうえで、ユーフォリア教団員にされているが、男性たちはそれとは異なる仕打ちを受けている。


 まずい、アイの元にも、こいつらが現れ出しているかもしれない。

 シェリーはそう思い、アイの下へと走った。





「はぁ……はぁ……なんてことだ。なんてことだくっそぉーッ!!!!」


 アキナスは、壁を殴りながら、息を切らして、地下墓所の中を歩いていた。


「男どもも解き放たれたのか……もう終わりだ……ここは終わりだ。脱出しないと」


 歩くアキナスの耳に、女性の声が聞こえた。


「しぇりー?どこ?」


「何だ?信者じゃないな……」


 アキナスが声の元を辿り、部屋を覗くと、アイがベッドに寝転がって、一人で喋っていた。


「グレイス……」


 アキナスは教えられた偽名で、アイのことを呼んだ。


「はぁ……お前の……お前のせいでこんな……」


 部屋に入り、アキナスは扉を後ろ手に閉めた。


「なぁ……どうしてだ?グレイス。おかしいだろう?俺は……俺はただ、復讐を果たしただけだ。しかも、誰も殺してねぇー!あいつらと違って……俺は殺してない……なんでこんなことをするんだ」


 アキナスはベッドの傍に寄り、ぼんやりとしているアイに訴える。


「ないてるの?だいじょうぶ?」


「……あ……」


 アイは、ほとんど夢の中にいるように、まるで思考が働いてはいなかったが、本能的に、子供が大人を心配するかのように、そう言い、アキナスの頭を撫でた。


「あぁッ……」


 アキナスはベッドのシーツを強く握りしめ、頭をベッドにうずめた。

 少し経つと落ち着き、アキナスは顔を上げた。


「そうだよなぁ……まだ終わってないよなぁ……」


「うん?」


 アイは首を傾げた。


「いいか?グレイス。お前は俺の味方だ。そうだろ?」


「あはは……」


「ダメだ、効きすぎてんな。ほら、これを飲め」


 アキナスは、スティルに渡したものとは別の薬品を、アイに飲ませた。


「あ゛ッ……!」


 アイは身体を抱えると、苦しみ始めた。


「どうだ、少しは目が覚めたか?」


「う……わたしは……」


 それでもまだぼんやりとした様子で、アイは頭を抱えた。


「お前は俺のいうことは何でも聞く。だろ?なぜなら幸せだからだ。ほら、この手を握ってみろ」


 アキナスは、アイに一度試した行為を、再び行った。

 アイは頭痛に顔をしかめながらも、アキナスの手を握った。


「ほら、今、身体で、脳で、幸せを感じているだろ?俺に従ったからだ。覚えたか?返事は?」


「うん……」


「よし、返事できたな。そうしたら今、幸せだろ?」


「うん……しあわせ……」


「はは、いい子だ。ジェネティックが一人いれば、俺も少しは安全だ……ついてこい」


「はい」


 アイは、まだ確固とした足取りではなかったが、それでも自分の足で立つと、アキナスの後をついて、部屋を出て行った。


 アキナスはどんどんと迷いなく、地下墓所を進む。

 アイはその少し後ろを、身体を辛そうにしてついてくる。


「おい、グレイス!遅いぞ、何をやっているんだ!」


 立ち止まり、アキナスはアイの頬をひっぱたく。


「うっ!」


「急げ、あの金髪のロン毛に殺されちまう……」


 そう言い、すぐに再び歩き始める。


「なぁグレイス、ふざけていると思わないか?俺は親も仲間も友達も、みぃーんなこの街のやつらに殺された。弾・圧でだ!!!」


 アキナスは壁を叩く。


「ユーフォリア教を信じていただけで、殺された。そんなことがあってたまるか?」


 振り向いたアキナスに、アイは首を横に振る。


「ついに復讐に漕ぎ着けたんだ。研究の成果だ!なのになぜ、こんなことをした。答えろグレイス!」


 再び立ち止まったアキナスはアイの頬を両側から潰すように、片手で引っ掴む。

 乱暴に顔をつかまれたアイは、不安そうな表情を浮かべたが……


「あれ?お前……」


 そこでアキナスは、あることに気づいた。


 その瞬間、アイの表情が、怒りを灯した笑顔に変わる。

 ほぼ同時に、氷の刃が、アイの指先からアキナスの首元に突きつけられていた。


「やっと気づいた?瞳孔、確認しなかったの?」


 アキナスの手が離れると、アイは顔を近づけ、にやりと笑った。


「お前……お前ぇ……!」


「ダメじゃん、人と話す時は、ちゃんと目を見て話さなきゃ」


 アイはじっと、強気に、アキナスの目を覗き込む。


「あの薬は苦かったけど、結構効いたよ。でもちょっと効きすぎだったんじゃない?」


 アキナスが部屋を見つけて、少しアイを覚醒させるために薬を使ったとき、アイは何とか自我を取り戻していた。

 そしてここまで何をされても、薬が効いている風を装ってチャンスを待っていたのだった。


「お前には散々やられたな、アキナス。蹴られて、踏まれて、叩かれて……」


 アイがそのことを思い出すと、氷がぐっとアキナスの首に強く押し付けられた。


「痛い痛い!!」


 思わずアキナスは悲鳴を上げる。


「まぁいいさ。話の途中だったな。冥途の土産に聞いてやる。復讐の為に研究して、何を生み出したんだ?」


「いや……」


「あはは、勘違いしないでね。これは質問じゃないよ。君の大好きな、”命令”だから」


 アキナスは苦しそうな顔で何か言おうとしたが、何も言葉が出てこず、諦め、俯き、壁に背を預けてずるずると力なく座り込むと、話し始めた。


「俺は……俺は魔物の巣を研究した……砕いて、調合して、特殊な処理をして人間に飲ませると、魔物のように人を襲うようになる……同じように、巣の近くをさまようようになってな……」


「悪趣味ぃー……それで?」


 あの黒い宝石を食わせるなんて、どう考えたって人体に悪影響しかない。


「でもそれは……魔物の劣化版にしかならない。知能は低下し、意思の疎通もできなくなるからだ。俺は今度は巣ではなく、魔物に着目した。魔物は6000種以上いると言われている。魔物を愛しているだけあって、教団のライブラリは豊富だ……」


 教団は魔物に詳しいのか。

 愛とかいっているが、実は研究対象にもしていることに、アイは少し驚いた。


墨海月(すみくらげ)……あの魔物は、人間を骨抜きにするガスを放出する。冒険者にも最優先で狩るよう指示される魔物だ。ガスの特徴は多幸感。墨海月自体は攻撃を行えないので、幸せに打ち震える人間は他の魔物が狩る」


「最悪だね……」


「俺はそれを研究した。ガスを吸った後、命令を聞かせるのに必要な通過儀礼を編み出した。更にもう一種の魔物でそれを強化する方法も確率した。アタマ幸せな操り人形の出来上がりだ。そして、そのそれぞれを、実験としてこの街の男女に使った」


「女性がクラゲで、男性が巣のスープってわけね」


「そうだ。特に女性の方は完璧に近かった。お前も所詮は女だ。最後のご褒美を味わえばきっと」


 アキナスがそう言いかけたところで、アイはアキナスの足を踏みにじった。


「ぐあぁぁぁッ!!」


「おっと失礼。余計なおしゃべりが聞こえたからつい。それで?どうやって治療するの?もう一生そのままなの?」


「殺せ……」


「はい?」


「いいから殺せ。どうせ、教団に殺される運命だ」


「まぁまぁ、諦めるなよ」


「は、はぁ?お前がこんなこと!」


 アキナスの計画を潰した張本人にそう言われ、アキナスは動揺した。


「それはそれとして。もうちょっとこの世界で足掻いてみなよ。見逃してあげるから。その代わり、治療方法を教えて」


「なんなんだ、おまえは……」


 気の抜けた上擦った声で、アキナスは言った。

 自分を殺したいほど恨んでいると思っていたアイに、予想外の提案をされ、アキナスはさっぱりアイの気持ちが理解できなかった。


「そんなに変かな?私は君と違って、何かの復讐をしたいわけじゃないし。今いる人たちが元に戻ればそるなら、それが一番じゃん?」


「ふ……」


「ふ?」


「ふふ……ふははははは!!」


 アキナスは突然、不気味に笑い始めた。


「俺は……俺はこんな頭のおかしいお嬢様に、全部台無しにされたのか。ダメだ、笑えて来た。くっく……あははははあは!」


「でしょー?あははははは!!」


 突然狂ったように笑いだしたアキナスに、アイも合わせるようにして笑った。


 少しこの世界から感覚がズレた二人の笑い声が、不気味に地下墓所に響いていた。



「男たちには、魔物で言うところの巣……つまり活動範囲の中心がある。居住区層の奥の、この階層の、さらに下。二股に分かれた道の、右側へ進め。それを壊せば……時間はかかるだろうが、少しずつ人間に戻るだろう」


「まさか!本当に元に戻るの?」


 アキナスの説明に、アイは驚いた。


「信じないならそれでもいい」


「信じてみるしかないけど。クラゲのほうは?」


「女たちは……解毒剤がある。居住区の手前を右に曲がって、奥の研究所の中だ。精製の仕方も全て書いてある。自分達で作って量を増やして与えるんだな」


「思ったより素直」


 アイは、ぺらぺらと全て話したアキナスに、少し驚いた。

 その話し方から、あまり嘘をついているようには見えなかった。


「もういい。疲れた……どうでもいい。復讐は、街の連中を全員操ったところで、いったん終わったんだ。始めは男どもに女全員を殺させようかと思った。それが最高のアイデアだと思ったんだ。でも女に愛着が湧いちまった……そのせいでこのざまだ」


「うわぁ俗っぽい理由。でも、誰も殺さずに、いつでも戻せる状態で操っていただけって、思ったより甘いんだね」


「何とでも言え、俺は疲れた」


「アキナス君の人生だから、好きにすればいいけどさ。チャンスがあるなら、逃げて生きてみたらいいと思うけどね。でも、もう悪いことはしちゃだめだぞ」


 そう言って、アイは、アキナスを放って、その場を去ろうとする。

 約束通りに自分を見逃すアイを、アキナスはまったく理解できなかった。


「なぁ……」


 アキナスは呼び止めるように声を出した。

 本当に力が抜けきったように、弱弱しい目を向けて、アキナスは尋ねた。


「最後に教えてくれ。お前は一体何者なんだ?疫病神……」


「私?私は……」


 アイはしばし考えてから、答えた。



「婚約者に嫌われて、恋のライバルに婚約者を取られて、婚約者に殺されそうになってる、悪役令嬢の……男、かな……?」


 アイはいたって真面目に正直に、事実をありのまま答えた。



 アキナスはそれ以上何も言わなかった。

 というより、意味が分からなくて何も言えなかった。

 アイは今度こそ歩き去り、アキナスの視界から消えていった。




「もう疲れたな……ほんと」


 理解を超えた存在に、全てをぶち壊されたアキナスの乾いた言葉だけが、暗い地下墓所に響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。