57 戦法
スティルが地下に降りると、既に中は混乱していた。
女性信者が駆けまわり、ある者は出口へと走り、ある者は奥へと向かった。
「なぁ、おい、お姉さん……!どこで何があったんだ?」
「し、知りません!信徒じゃないなら近づかないで!」
女性信者は一瞬立ち止まったが、直ぐにスティルから逃げていった。
「ちっ……入信も考えてみるか……」
皮肉を言いながらスティルは進んだ。
すでに混乱していた地下で、道が分からず、スティルは女性たちが案内されていたルートとは、全く違う方へと進んで来ていた。
「おい、おいお前……お前なぁ~……」
突然、女性しかいないはずの場所で、男に呼び止められ、スティルは驚き、立ち止まった。
扉から出てきた男……アキナスは、アイと会った時とは違い、ラフなシャツに、細身のパンツを穿いていた。
「お前かぁー?乗り込んで来やがったのは。いけすかねぇ野郎だ。」
「よう、お兄さん。そうそう。女性を操って独り占めしているクズ野郎がいると聞いて、取り返しに来たんだよ。なぜなら、世の女性はみんな俺を愛するべきだからね」
「あ゛ぁ?!おめー……俺が一番嫌いな種類の人間だな。今すぐぶっ殺してやる」
スティルはダガーを構えた。
強がっては見せたが、スティルの得意分野はあくまで、弓での正確な狙撃だ。
ダガーは自衛の為に身に着けてはいるが、積極的に使うほどのものではない。
しかし、アキナスも自分が戦うわけではなく、部屋の中に呼びかけた。
「おい!女ども!やーれ!」
すると、信者の装束を少しアレンジしたような、露出の激しい服装をした女性が、四人出てきた。
「いいねぇ……美女四人がお相手とは……」
スティルの言葉に反応もせず、女性の一人が腕を振るった瞬間、スティルの横の壁が突然、盛り上がり、巨大な握り拳となって殴りかかってきた。
「うぉっ?!」
それを避けると、正面から濁流が突然現れ、スティルを吹き飛ばした。
「ぐあぁぁっ?!」
かなり距離を離され、水浸しになったスティルは、立ち上がりながら、考える。
おそらく、女たちは冒険者……それもジェネティック、遺伝の魔法使いだ。
経歴を知った上で、先ほどのいけ好かない男が、何らかの方法で仲間にしているに違いない。
羨まし……許せねぇ。
アキナスは、既に女性の後方から、そのまま通路の奥へと逃げてしまっていた。
もしかすると、あいつ自身はそれほど戦闘能力は高くないのかもしれない。
「くそ……しかしジェネティック四人は無理だぜ……」
単純計算すれば、四人のアイを同時に相手するようなものだ。
羨まし……勝てるわけがねぇ。
スティルは頭を巡らせて考えるが、やはり戦略的撤退の上、別の道からあの男にアプローチするしかなさそうだ。
しかし、女性たちを睨んでいたスティルは、自分のすぐ隣の扉から、叫び声が聞こえるのに気づいた。
「なんだ?いやらしい声が聞こえる……」
そのいやらしい声はいくつかの扉から響いて来ており、スティルはその中が気になって仕方が無かった。
くそ。ダメだ。考えるんだ。
この窮地を脱して、アイを助ける方法を。
ちょっと可愛い信者の女性が何だ?
大切なのはアイだろ!
ちょっとエッチな声がなんだ?
いや、今まさに、命の危機に瀕している女性かもしれない……!
俺が助けないで、誰が助けるんだ?
気が付けば、スティルは扉を開き、中を確認していた。
「ん?」
しかし、部屋は暗く、中はよく見えない。
耳を澄ますと、女性の喘ぎ声に加え、何かが引きずられるような音が聞こえる。
それも、部屋の四方八方から。
何かが蠢いている。
おそらく、スティルが想像していたよりも、よっぽど大規模なものが。
「やべっ……!」
スティルが扉の前から素早く立ち退いた瞬間、爆発的といってもいいような勢いで、巨大な黒い触手が何本も殺到した。
その勢いで扉は弾き飛ばされ、木片がばらばらに飛び散った。
「うへぇ?!」
それは巨大なタコの脚から、吸盤を失くして、黒く染め上げたようなもので、うねうねと蠢いて、何かを探しているようだった。
想像以上にやばい魔物の登場で、スティルは腰を抜かしたが、すぐに立ちあがり、深く息を吸った。
あの変態野郎。
こんなえっちな魔物を使い、女性たちにえっちなことをしていたえっちな奴に違いない。
「絶対に許せねぇ……!」
触手はスティルの近くまでうねうねと近づいてきたが、まるで障害物を避けるかのようにスティルを避けて伸びていった。
しかし、反対側に伸びた触手が、ジェネティックの女性信者たちを感じ取ると、全ての触手がそちらに殺到した。
女性信者たちは、無言で魔法を発動しまくり、落盤するのを心配するほどの激戦を、巨大な触手と繰り広げ始めた。
「おいおいおい!手加減ってものを知らねぇのかよ!」
スティルは焦ったが、ある意味チャンスだった。
「よし……そんならこうだ!」
スティルは壁についている扉を次々と開けながら、ジェネティック信者の方へと走って向かった。
ほかの触手も同じように、スティルを無視して女性たちの方へと向かう。
女性たちがそれらを撃退しているなか、スティルは激戦の横をすり抜け、地下墓所の奥へと走り去っていった。
「よし……切り抜けた!あの野郎はどこだ?天誅を下してやる……!」
スティルがしばらく全力で走ると、すぐにアキナスの後ろ姿は見つかった。
「とーまーれっ!!!」
言葉と共に飛びつくと、スティルはアキナスの首にしがみつき、ダガーを首元に当てた。
「ぐっ?!なんだと!!!」
「へへん、お前のお気に入りのお嬢ちゃんたちは、俺の魅力に取り付かれて、もうお前には従えねぇってさ!」
「馬鹿な……!貴様、精神操作系の魔法使いか?あるいは薬学者か!」
「バレたらしょうがねぇな。彼女たちは、他の女を助けながら、ここに向かってる。ほら聞こえるか?あの子たちが暴れている音が」
「くっ……!」
アキナスはスティルのハッタリを信じ切って、後方を気にしながら焦った。
「黒髪の女の子を知ってるか?どこへやった」
「グレイスのことか?」
「そう、グレイスだ」
冒険者組合に登録しているのと同じ名前を聞き、スティルはアイが偽名を名乗ったのだと理解した。
「取引だ……」
「はは。交渉はナシだぜ。今すぐ死ぬか、アイの居場所を言うか」
「この先を行ったところ……特別懲罰室に入れてある……」
「よし、じゃあ死ね」
「待て、待て待て待て!!!」
スティルがナイフを少し皮膚にめり込ませ、アキナスの首には血が一筋こぼれ落ちた。
「今殺したら、彼女は治らないぞ!」
「あぁー?どういう意味だ?」
普段の余裕ある声色を失くし、低い声でスティルはアキナスに聞いた。
アイに何をした?
「さっきのはただの脅しだったが、事と次第によっては今すぐ殺す。あまり俺を刺激しないように話してくれ」
「解毒剤がある……!渡すから見逃してくれ……!」
「頭がいいな。それで?どこにある」
「今出す。少し離してくれ」
「俺は弓の名手でもある。走って逃げようったって無駄だぜ」
「わかってる……頼む……」
スティルがアキナスを離すと、アキナスはベルトについたポーチを開けると、小さなアンプルを取り出した。
そしてそれを人差し指と親指で持ち、ぶら下げて見せた。
「こ、これだ。渡す。間違いなく。だが命だけは助けて欲しい」
「見上げた根性だな」
「このまま後ろへ下がる……あそこの……脇道の角までだ。それまで動くな。動いたら、これを地面に落とす……」
「なるほど?」
スティルは男を睨みつけながら、先の言葉を促した。
「角に着いたら、俺はこのアンプルを置き、すぐに消える。単純だろぉー?それまでに不審な動きをしたら、弓でもなんでも撃てばいい……どうだ?悪くないだろ。真っっっ当な交渉だ」
「はは、真っ当ね。俺の怒りを勘定に入れてないみたいだが……まぁいい。手を滑らせてお前を殺しちまうまえに、尻尾巻いて逃げやがれ」
スティルは弓を構えると、いつでも殺せるように、アキナスを狙った。
アキナスはスティルから目を離さずに、じりじりと距離を取り、約束通りアンプルを置くと、脇道の通路へと駆け出して行った。
スティルは、追いかけることはせず、ゆっくりと近づき、アンプルを拾った。
すでに、アキナスの姿は見当たらなかった。
「死ぬかもしれない状況だったんだ、あいつも嘘は言ってないだろ」
スティルは深くため息を吐いた。
「アイの為だ。変態野郎はまた追えばいいさ」
アンプルを大事にしまい込むと、スティルは通路を進んだ。




