56 突入
「そろそろだ、暴れるぞ」
シードルは剣と盾を構えると、ずんずんと役所の方へ歩いて向かった。
スティルは弓は背負ったまま、ダガーを取り出し、シードルの後に続いた。
列を作って並ぶ人々は、物珍しそうに、シードルのほうを見ている。
「俺は男たちが連れていかれている正面に向かう。スティルは地下へ」
「オッケー。いい判断だ。いつだって俺は女の子に囲まれていたいからね。敵だとしても」
スティルはうれしそうに言った。
二人は役所の玄関をくぐった直後に、素早く二手に分かれた。
「ちょ、ちょっと!お待ちください!こら、あなたたち!!!」
信者が数人、シードルとスティルを追いかけたが、二人は追いつかれないようにスピードをあげた。
シードルが前に進むと、男たちは講演場のようなところへ案内されているようだった。
信者と、連れられている男が、驚いたような顔で、シードルを見ている。
講演場の中に、男たちは座って順番を待たされていた。そして、一人ずつ舞台袖に連れていかれているようだった。
今しがた、また一人がそちらに連れていかれるところだった。
舞台袖にたどり着くと、なんと、そこにも地下へ降りる階段があるのを、シードルは見つけた。
「なんだと、こっちも地下か!」
しかし、シードルは迷わずそこから地下へと侵入した。
地下へ下ると、やはり地下墓所につながっており、入り組んだ通路を、あてもなくシードルは進んだ。
「なんだここは……想像以上に広いぞ」
男たちはどこへ連れていかれているのか。
信者に連れられていく男性といった二人組を見つけては、方向を定めてそちらの方向へぐんぐんと進んで行った。
そうして、シードルがたどり着いたのは、牢屋だった。
「なんだ……ここは……」
「おい、あんた!助けてくれ!」
何十人かの男たちが、ぎゅうぎゅう詰めで牢屋に入れられており、その中から助けを求めている。
「お前たち……街の外から来た奴らか?」
シードルは近づき、そのうちの一人と話をする。
「そうだ!助けてくれ!身体の検査をするといって連れてこられたきり、閉じ込められちまった……」
「カギはどこだ?」
「きっとそこの小部屋の中だ」
「ああ、取ってくる。すまないが、お前たち、逃げると同時に、上にいる男どもにも危険を知らせてやってくれるか?それと、もし戦える奴がいたら、武器を取って戻ってきてほしい」
「ああ、わかった。あんた、ここを進むつもりか?気をつけろ……この牢屋からも何人かが連れていかれ、戻ってきていない。それに……妙な雄たけびが聞こえるんだ」
「雄たけび?」
「ああ、獣?でも魔物でもないようだが……気をつけろよ」
「ああ。待ってろ。すぐに出してやる」
シードルがそれぞれの牢屋から男たちを開放すると、男たちはものすごい勢いで、信者の女性達を跳ね除けながら、出口へ向かって走って行った。
「どうやらあちらの心配はいらなさそうだな」
その様子を見て、シードルはそう言うと、地下墓所のさらに奥深くに、進んだ。
囚われていた男が言っていたように、確かに雄たけびが聞こえる。
オォォォォ……
まだ遠いからか、小さく響くその雄たけびは、確かにシードルが今まで聞いたどの生物の物でもなかった。
シェリーは信者、それも、他の信者とは違う、少し高級そうな装束を着た信者の後ろで、杖を突きつけながら、地下墓所の中を進んでいた。
「時間稼ぎならすぐに魔法を撃つよ?ほらもっと、てきぱき歩きな」
「わかったから、撃たないでぇ……」
信者の女性はある部屋の前で立ち止まり、不安げに中を確認して人がいないとわかると、その部屋に入った。
中にはさらにいくつもの小さな扉が並んでおり、小部屋がいくつもあるようだった。
いくつかの小部屋は扉が開いていたので、シェリーがその中を覗くと、人一人しか入れないほどの狭い個室で、窓も何も無いところだった。
そのうちの一つを指して、信者の女性は言った。
「こ、ここです……」
そう言われただけで、シェリーはぞっとした。
まさか、こんな狭いところにアイ一人だけが閉じ込められているのか?
「アンタ……マジで言ってる?」
震える声でシェリーがそう言うが、女性はおびえるばかりだった。
シェリーが恐る恐る扉を開けると、勢いよく例のピンク色のガスが、足元へと流れ出てきた。
「うっ……」
シェリーは思わず口を覆った。
薄暗い個室の中はピンク色のガスが充満しており、その地べたにアイが力なく横たわっていた。
そしてその上の空間を埋めるように、クラゲの魔物が五匹、ふわふわとひしめき合っていた。
「酷い……」
シェリーはすぐに杖を構えた。
「早く!そこを!どけぇ!!!」
シェリーは何度も杖を振るい、無抵抗のクラゲの魔物を風の刃で切り裂いた。
真っ黒なクラゲは引き裂かれ、アイのすぐ近くにボタボタと落ちていった。
「うわぁぁぁあ!!!!」
ヒステリックに叫びながら、クラゲを殺すシェリーの様子に、信者は怯え切ってその場を走り去ってしまった。
「アイ、大丈夫?!アイ!!!」
ガスを風で散らすと、シェリーは横たわっているアイを助け起こした。
アイは高濃度のガスに長時間晒されていたようで、まったく身体に力が入っておらず、シェリーはアイの上体を起こすだけでもかなりの力を要した。
「アイ、しっかりして!アイ!」
シェリーがアイをぐらぐらと揺らしても、まるで人形のように揺れるだけだった。
「アイ!!!」
ようやく目を覚ましたアイは、焦点の合わない瞳でシェリーの方を見た。
「はれ?しぇりー?」
気の抜けた声でそう言ったアイを、シェリーは強く抱きしめた。
「うぉん……どぉしたのぉ……」
まるで寝ぼけたようにそう言うアイは、頭の働きが制限されたかのように、舌足らずに喋る。
しかしその表情は緩み切っており、頬は上気し、身体は火照っている。
「むぅ……なんじゃこりゃぁ……」
自分に何が起きたかもわからないようで、ただシェリーに抱きしめられ、アイは幸せそうにしていた。
「あはは……しぇりー……大好きぃ……」
アイはいつもの姿からは想像がつかないほど、素直にシェリーを抱き返した。
やはり、あのガス、何らかの精神作用がある。
他の女性たちが浴びせられたのは、クラゲ一匹から、少しの時間のようだった。
しかし、アイはおそらく、この狭い部屋に五匹ものクラゲとしばらく閉じ込められていたに違いない。
果たして、アイはもとに戻るのだろうか?
精神が壊されてしまっていないだろうか。
シェリーは不安に思った。
「起きて……身体を起こして!ここでも大きな音を立てたから……きっと人が来る……」
シェリーがアイを起こそうとするが、アイは酩酊しているかのように上手く立てない。
力づくでアイを起こして、シェリーは肩を貸し、半ば引きずるように歩き始めた。
「しぇりぃ……熱いぃ……」
「アイ……すぐにもとに戻してあげるからね……」
シェリーはアイを引きずりながら、再び地下墓所の通路を進んだ。




