53 潜入
「ようこそ、宗教都市グリサリアへ!」
お決まりの出迎えを受けて、アイは初めて受け取るかのように案内の紙を受け取ると、役所の方へと進んだ。
周りに何人かの、旅の人たちがいる。
女性もいれば、男性もいる。
その人たちに、今すぐ逃げろ、と言いたくなるのを抑えて、アイはその人混みに紛れて、役所に向かった。
ボロを出してはいけない。
アイは、少し自信があった。
なぜなら、自分自身、全く別の人生を歩んできたはずなのに、今やアイとして過ごしているのだから。
意外なことに、自分には演技の才能があるのかもしれない。
嘘つきの才能と言ってもいい。
褒められたものではないが。
そわそわとしながら、列に並び順番を待つ。
周りの人々も、どこか落ち着かない様子で、順番を待っている。
「この街は女ばっかりだ。最高だなぁ」
「ぎゃはは。違いねぇ。はやく登録を済ませて、店に入りてぇぜ」
男どもの能天気な会話に、アイは妙にいら立つ。
こんなやつでも助けてやりたいのに、今ここに一緒に並んでいるような人々は、全てが上手くいっても、その時には手遅れになっているかもしれない。
落ち着け、考えるな。
あくまで私は何も知らない冒険者です、という顔をしなくては。
順番が来ると、アイは外にあった机で簡単に自分の名前や、職業を書かされた。
冒険者組合に提出している、グレイスという偽名を使う。
その後、武器を預ける場所があったが、アイには預けるものはなかったので、素通りした。
冒険者らしき人々数人は、ここではさすがに不審に思うのか、信者と言い合いをしていた。
信者たちは、身体検査のためだと、熱心に説得しているようだった。
アイは信者の一人に案内され、役所の中に入った。
「こちらです」
「えっ?」
アイが驚いたことに、その立派な入り口を抜けたすぐ脇に、なんと地下へ降りる階段があった。
「ああ。女性の方はこちらですよ。男性は真っすぐですが。驚きますよね」
信者の女性はなぜか、妖艶な雰囲気でそう説明した。
アイの後ろに並んでいた男性は、その言葉の通り、そのまま真っすぐ役所の中へと進んで行った。
アイが信者に続いて階段を降りると、足音が大きく響いた。
地下通路は先が見えないほど長く続いており、いくつにも枝分かれして、迷宮のようになっていた。
アイはその中をひたすら、案内される通りに進んで行く。
地下通路には当然窓もなく、一定間隔で置いてあるランタンの赤い光によってのみ、明かりがつけられていた。
「あの……この地下はなんなんですか?」
「あぁ。ここですか?こちらは、地下墓所でございます。かつてこの都市では、ユーフォリアの教えが広まり始めた時、それはそれは、ひどい迫害を受けたのです……」
「迫害……?」
「ええ。ユーフォリア教団とみなされれば、焼かれ、殺され、家族までむごい殺され方をしていたようです。それでも、一部の熱心な信者は、決して諦めませんでした。このように地下墓所を作り、自らの正しい信仰を守ったのです。それらの地下墓所はそれぞれが延長され、結合することで、グリサリアの地下に広大な迷路のように広がっているのです」
「へぇ……」
ロイズが言っていたのは、そういうことか。
アイが想像していた、地下一階レベルの広さとは、全く違っていた。
すでに、連れられてから、しばらく歩いてしまったアイは、ここから逃げ出したとしても、地上に戻るルートがさっぱり分からなくなっていた。
「わっ?!」
アイは先ほどまで何も聞こえなかったのに、突然耳元で何かが聞こえたように思え、飛び上がった。
横を見ると、扉があり、その奥から、高い声、女性の悲鳴が聞こえた。あるいはそれは、アイには嬌声にも聞こえた。
いくつか同じような扉の前を通り、決まって、同じように女性の声が扉の前からのみ漏れ聞こえて来た。アイはビクビクしながらも、信者の後をついていく。
「気になりますか?」
信者は振り向かずに、そう言う。
「えっと、まぁ……気になりますね」
「大丈夫。あなたにもちゃんと入ってもらいます。ただ、それはしばらく後になります。物事には手順がありますので」
「はい……」
アイは、どこかでこの女性を倒してでも、抜け出し、この教団の闇を暴かなければいけなかったが、まだ未知なところが多すぎて、どこで反旗を翻したらよいのか、タイミングを掴みかねていた。
シードルたちと話した、いくつもの疑問点、その多くに、まだ答えは出ていなかった。
こうした地下通路が広がっていることや、男性は地上に残っていることなども、貴重な情報ではあったのだが。
しばらく進むと、同じように連れてこられた、旅の女性たちが、開けた場所に集まっていた。
女性たちは、五列の小さな列に別れて並んでおり、その正面にはそれぞれ扉がついていた。
「こちらへ並んでお待ちください」
アイはそう言われ、人数が少なかった列に並ばされた。
案内した信者の女性は元の道を帰って行ったが、この場所にも何人かの信者がいて、それぞれが列を外れないように見張っていた。
列の先の扉が開くと、一人が薄暗い部屋に入っていき、しばらくすると扉が開き、また次の女性が入っていく。
おかしなことに先に入って行った女性は出てくることがなく、出ていくための別の扉があることがアイには予想できた。
見張りがいなければ、ここで列を離れてもよかったのだが。
まずは部屋の向こうで何をするのか確認するべきか……。
アイが迷っているうちに、意外にも早く、順番は回ってきてしまった。




