51 宗教都市 グリサリア
アイたちの旅は、順調に進んでいた。
アイは、すっかりシードル達、冒険者仲間と馴染んで、打ち解け、チームワークも抜群になっていたので、離れるのは寂しかった。
四人は街の冒険者組合の、依頼の一覧を、ボードの前で確認していた。
しかし、妙なことに、次の街周辺の依頼が、一つも見つからなかった。
これでは仕事を受けずに次の街へ移動するだけになってしまう。
困ったアイ達は、受付に、新しくまだ貼られていない依頼がないか、聞きに行くことにした。
「隣の街、グリサリアの依頼が無いみたいなんだけど……」
シェリーが受付の女性へと尋ねた。
「ああ、グリサリアの依頼ですか……実は妙なことに、二、三日前に突然、全ての依頼が取り下げられたんです」
「街からの依頼が?」
「いえ、住民からの簡単なものまで、全て取り下げられています」
「ええっ?それって、何かあったんじゃないの?」
「連絡はつくのか?」
シードルが尋ねる。
「それが……手紙の類はいたって普通に届くのです。依頼取り下げに関しても、全て丁寧にお断りが来ているんですよ」
「なんだかきな臭いなぁ」
スティルが怪訝そうに尋ねる。
「もし、グリサリアに行かれるのであれば、ぜひ冒険者組合の様子を見てきて頂きたいです……。まぁ、こういう話をしたのも、あなた達が初めてではないんですけど」
「そいつらからも特に連絡はナシ、と。ちょっとヤバいことになっていそうだな」
「グリサリアを通らないと王都にはいけないの?」
アイが口を開いた。
「いや、迂回すれば辿り着くことはできるが……」
「ははーん。行きたいんでしょぉ、シードル」
歯切れの悪いシードルを、シェリーが小突きながらそう言った。
「きっと何か、まずいことになっているに違いない。俺たちで調べよう」
「へいへい。全く。これで何度目かね、余計なことに首を突っ込むのは」
そうは言うものの、スティルも心から嫌そうな様子ではなかった。
「アイもそれでいいか?」
「もちろん!」
アイも、王都へ急ぐ身ではあったが、それ以上に今は、シードルたちの一員だった。
正義感の強いリーダー、シードルがそう言うのであれば、アイも従うだけだ。
「よし、決まりだな」
冒険者組合を去る四人組の背中は、既に駆け出し冒険者のものではなく、いくつかの戦いを潜り抜けて来た、経験豊富な冒険者のものだった。
それを証明するように、彼らのピカピカだった装備は、いくつもの傷や汚れで、くすんでいっていたのだった。
アイたちは、依頼を受けずに、グリサリアに進んだため、その旅路は戦いもなく、順調なものだった。
グリサリアにたどり着くと、意外にも、そこはいたって普通の街だった。
人々は行き交い、にぎやかに声が響く。
しかし、異常が無いように見えたのは、遠くから見ていた時だけだった。
次第に、アイたちはその異常に気づき始める。
「宗教都市、グリサリアにようこそ!」
満面の笑みで、ビラを配りながら、女性は旅人たちを迎え入れる。
アイがそれを一つ受け取ると、そこにはこう書いてある。
「宗教都市、グリサリアにようこそ!ここは、住民の全員が、ユーフォリアの教義を信仰している、宗教都市です。ユーフォリア教団は、魔物を含む全ての生き物を愛し、また隣人を愛し、分け隔てなく接します。街の施設をご利用になりたい場合は、まず役所で登録を済ませてください。我々は皆様を歓迎いたします!」
そしてビラには、役所の位置が地図で記されている。
覗き込んだスティルが、顔をしかめる。
「うわぁ、おいおい、胡散臭いことになっているぜ」
「宗教都市?そんな噂聞いたことある?」
シェリーはそんな噂は聞いたことが無いという。
「ああ。俺も初めて聞いた」
「ということは……まさか冒険者組合で言っていた、二、三日とか数日の間に、宗教都市に様変わりしたってこと?」
アイがそう言うと、三人はそれぞれが頭を巡らせ始めた。
「この紙には、まず登録をすませろって書いてあるけど……」
「行ってみるか」
シードルについて、アイたちは街を進んだ。
街は賑やかだったが、住人のほとんど全てが白を基調とした、教徒用と思しき装束を身に着けており、奇妙な微笑みを浮かべている。
それになぜか、出歩いているのは全て女性だった。
そんな女性たちは、誰に呼びかけているのか、そこかしこでユーフォリア教団の理念や教義が謳われている。
「魔物を愛しましょう!みなと同じように生きているのです!我々が理解し合えるように、まずは全ての生物を愛しましょう!」
「冒険者の方々、どうか悔い改めましょう。魔物は悪ではありません。魔物を憎む、その心こそが悪なのです。憎しみに憎しみで返してはいけません。どうかまずは愛してください」
そんな言葉がいたるところから聞こえてくる。
「女性ばっかりだな。それだけなら嬉しいんだが、どいつもこいつも目が虚ろに見える」
スティルは残念そうに言った。
「ユーフォリア教団って、有名なの?信者は女性だけ?」
アイはスティルに尋ねた。
「俺たち冒険者の間では特にな。奴らは魔物を愛することを信仰しているから、魔物を狩って生きている冒険者とは、よく対立になるんだ。女性だけとは聞いたことが無い。この街だけかもな」
「魔物を愛するって……でも襲われるんでしょ?」
「それが……噂では、教団の上の方の人間は、魔物に襲われないって噂だ」
「そんなことが可能なの?」
「さぁな。あくまで噂だ。博愛をうたってはいるが、冒険者が襲撃する事件を幾度も引き起こしている。危ない連中だ」
スティルは声を潜めて言った。
役所に辿り着くと、旅の者らしき人たちが、立派な建物の前で列を作っていた。
順番が来ると、それぞれが建物の中に入っていく。
この列には、男性も並んでいるようだった。
「どうする?登録とやらをするか?」
スティルが尋ねると、シードルは首を横に振った。
「いや、慎重に行こう。まずは他を調査だ」
四人はその場を離れると、冒険者組合を探し出し、その建物に入ろうとした。
すると、入り口の前に立っていた女性二人が立ちふさがり、四人を止めた。
「お待ちください、あなたたち、登録がお済みではありませんね?」
「いや、さっき済ませた……」
そう嘘を吐こうとしたスティルを遮って、シードルは喋った。
「済ませていないが、冒険者組合は独立した組織だ。教団にあれこれ言われる筋合いはないはずだぞ」
「そういうわけにはいきません。この街の施設を利用するには、まずは登録していただかないと」
「何故だ。何を登録するというんだ?」
シードルは珍しく強い口調で尋ねたが、信者らしき女性たちは一歩も退かなかった。
「それは役所に行っていただければわかります。ほら早く!」
無理やり押し出され、女性に手を上げることもできず、シードルはその場を離れた。
「どういうこと?冒険者組合まで、みんな信者になっちゃったってこと?」
シェリーは少しイライラしながらそう言う。
「他も見てみよう」
アイたちは手分けして、街の他の施設、宿屋や、食事処、武具屋などをそれぞれ回ったが、そのすべてで、門前払いを食らうことになった。
四人は再び集合し、人気のない路地で会議を始めた。
「ダメみたいだね……話も聞いてくれない。そもそも、なんで私たちが登録を済ませてないってわかるんだろう?」
アイが疑問を口にすると、スティルがすぐに答える。
「簡単だ。まず出歩いている男は、俺たちだけ。そこで俺とシードルはアウトだ。お前たち二人は、あの気持ちの悪い白い服を着ていない。出歩いてる女どもは、みんなあれを着てる。つまり登録っていうのは、入信ってことじゃないのか?」
言われてみれば、登録がもし、本当に滞在を申請するだけのものなら、アイたちのように普通の服を着た女性や、男性がうろついていてもおかしくないはずだ。
しかし、どこを見ても、出歩いているのは信者の装束を着た女性だけだ。
「登録イコール入信、というのは、まあある意味わかりやすい無茶苦茶な勧誘だが……男性がいないのはどうしたことだろう?」
シードルは疑問を口にした。
「登録に向かう列の中には男もいる。つまりそのあとどうなってるか、調べる必要があるな」




