47 討伐依頼
街道の脇に、木の生い茂った林が見えた。
しばらく進んだところで、シードルが立ち止まり、剣と盾を構えた。
「よし。依頼があったのはこのあたりだ。林に入るぞ」
「了解」
シェリーは腰から木の枝のような小さな杖を、一本出した。
スティルも背負っていた弓を、左手に持った。
「アイ、私の後ろに。離れないでね」
シェリーにそう言われ、アイは後ろについて行った。
夕暮れになった林の中は、薄暗い。
アイには、どこに魔物がいるのか見当もつかなかった。
しばらく進むと、ガサガサ、と音が聞こえる。
「いるぞ」
シードルが低い声で注意を促す。
突然左側の茂みが強く揺れたと思うと、黒い物体が飛び出してきた。
「くっ!俺の後ろに!」
シードルは盾を構えて、攻撃を受け止める。
三人は、急いでその背後へと隠れた。
キシャアァァ!!!
虫の羽音をそのまま大きな音にしたような不快な叫びが、響いた。
体当たりして、シードルの盾に弾かれたそれは、最初アイには真っ黒な犬のように見えた。
しかし、その頭部があるはずの場所には、いくつにも分かれた、黒いタコの触手のようなものが生えて、うねうねと蠢いている。
あるべき場所に顔がないどころか、触手が生えているというグロテスクな見た目に、アイは鳥肌が立った。
「ひぃっ……」
魔物というからわくわくしていたのに、実際に見るととてつもなくおぞましいものだった。
「おらぁっ!」
シードルが、弾かれて一瞬地面に止まり、こちらを威嚇していた魔物を、剣の一薙ぎで斬りつけた。
再び耳をつんざくような悲鳴が響き、魔物はしばらくのたうち回ると、茂みへと飛び込んだ。
「”ハウンド”で、間違いない。数匹いるぞ!」
シードルの後ろで、スティルは矢を放つ。
揺れる茂みに一直線に飛んだ矢は、ドシュッと音を立てて、何かに刺さった。
悲鳴と共にハウンドと呼ばれた魔物は茂みを飛び出し、しばらく軟体動物のような気持ち悪い動きでジタバタした後、絶命した。
「そこ!」
シェリーが遠くに同じ魔物を見つけ、杖を振るうと、周りに強風を振りまきながら、緑色の風の刃が向かって行った。
それはハウンドに直撃すると、身体を真っ二つに切り裂いた。
「あと何匹だぁ?」
スティルは矢をつがえながら、辺りを警戒する。
シードルが少し離れて、怪しい草影を調べると、そこから黒い影が、二つ、飛び出してきた。
その瞬間に、シードルは剣を突き出し、勢いよく自分から飛び込んできたハウンドは、自らその腹を剣に突き刺された。
「まかせな」
シードルを通り越して後方に着地した、もう一匹のハウンドは、着地の瞬間に生じた衝撃を足が吸収しているところを、正確に、スティルの矢が撃ちぬいた。
脚に矢が刺さったハウンドは、地面をすべりながら、のたうちまわった。
シードルは、突き刺さった剣を、先ほど倒したハウンドから抜いている。
スティルは未だ息絶えていない、足を射られたハウンドが、シードルに襲い掛からない内に近づき、持っていたダガーで首を何度か突き、とどめを刺した。
「ふー……ハードだぜ」
汗をぬぐってそう言ったスティルだったが、三人の連携は取れており、危なげなかった。
アイは、どこかで氷魔法で役に立てるかもと思っていた甘い考えを打ち砕かれた。
あまりにグロテスクな魔物の見た目で動揺し、魔物の素早い動きもあって、少しも動けなかった。
「みんな、すごいんですね……」
アイは素直に関心して、そう言った。
そんな時、突然、背後の茂みで何かが動いた音がした。
「へっ……」
気づいた時にはアイは服を掴まれて、シェリーと位置を入れ替えられていた。
「食らえ!」
シェリーが杖を振って、かまいたちのような風で茂みを切り裂いた。
その瞬間、シェリーの魔法が当たる直前に、黒い影が茂みから飛び出し、一気に距離を詰めてくる。
「うっそ……」
撃つまでに時間がかかる、シェリーの二撃目は、間に合わない。
「シェリー!!!」
シードルが叫び、駆けつけるが、それも間に合わない。
「くっ!」
言葉も出せないほど焦りながらも、アイはようやく氷魔法を放った。
先のとがった鋭く太い氷柱が、シェリーの足元から伸び、正確にハウンドを突き刺す。
突き刺さってからも勢いを殺しきれず、ハウンドはより深く氷柱に刺さった。
キシャァアァ!と叫びながら、ハウンドは触手を色々な方向へとうねらせ、突き刺さったままぶら下がりながら暴れた。
「きゃあぁぁあぁ!!!」
「ひいぃぃぃ!!!!」
それを間近で見た、シェリーは悲鳴を上げ、直ぐ後ろにくっついているアイも大声で叫ぶ。
シードルが暴れるハウンドを驚いて見ながらも、再度その身体を刺し、絶命させた。
「氷……?つららか……?」
驚きながらアイの魔法を見ていたシードルだったが、アイはそれどころではなかった。
無理、無理無理!!!
気持ち悪すぎる!
アイが憧れていた冒険者と魔物の戦いではなかった。
敵が気持ち悪すぎる。まるで家の中で黒い虫を見つけてしまったようなパニックにアイは陥っていた。
「戦えるとはいってたけど、こんなことまでできたのか?」
スティルに言われ、ようやくアイは返事をした。
「ええ……でも今、極力戦いたくないなって思ってます……」
「ふ、あはは!ありがとう、アイ!助かったよ」
呆然としていたシェリーが、それを聞いて笑い、アイを抱きしめた。
「アンタすごいじゃん!見直したよ!」
ぐらぐらと揺らされながら、アイは褒められて喜ぶより、魔物への恐怖が勝っており、ずっと魔物の死体が動き出さないか、目が離せなかった。




