46 魔物
「それで、名前を聞いていいかな?」
アイたちは、直ぐに街を発ち、街道を進んで行った。
そう問われ、自己紹介もまだだったことを、アイは思い出した。
「アイです」
苗字を名乗れば、直ぐに家がバレてしまうかもしれない。
アイはそう思い、名前だけを名乗った。
シードルたちも、訳アリだということをわかっているからか、あえて詳しくは聞いてこなかった。
「アイさん、よろしく。差し当って今後の予定だが……」
シードルはスティルの方を見た。
「はい、はい。おしゃべりは俺に任せなって。俺たちは既にさっきの街で、依頼を一つ受けている。次の街に着くまでの間に、小規模な魔物の群れを排除、巣を壊す」
「魔物……巣……」
「はは、本当に、世間知らずのお嬢様って感じだな。じゃあ、一からね、一から」
「すみません……」
アイはこの世界の知識がさっぱりなかったが、家から出ることも少なかったので知らずに過ごせていたところもある。
こうして、箱入り娘だから何も知らないと思ってもらえたのは、ある意味幸運だった。
スティルは丁寧に、説明を続ける。
「魔物と動物の違いはわかるかい?」
「いえ……」
「いいよ。動物は俺たちと同じだ。子は卵や腹から生まれ、育ったら繁殖し、また子を産む。ところが魔物は生まれない。”発生”する。災害と同じようにね」
「発生……」
「そして、何も食べない。捕食しない。動物は腹を空かせて他の動物や植物を食べるが、魔物は何も食べない」
「何も?」
「ああ。奴らは何も食べなくても、活動し続ける。しかし、食べないにも関わらず、人間……その一種類の生物だけを必ず襲う。まぁ、攻撃されれば他の動物も襲うけどな」
「兵器みたい」
アイは率直に感想を述べた。
「そういう陰謀論もあるくらいだ。とにかく、他の生物を食べないから、生態系にそれほど影響はない。だけど、人間にとっては、とっても危険なやつってことだ」
「魔物は何もないところから発生するの?」
少しわくわくしだしたアイは、興味津々になり、尋ねる。
「いい質問だ。さっき、巣といっただろう。正確には、動物が作るような巣とは逆で、巣が生まれてから魔物が発生する」
「巣が先に……?」
「まぁ、巣は実際に見てもらった方が早いかもな。重要なのは、巣が生まれてから、その周りに魔物が発生するってこと。そして、巣を壊したら魔物は発生しないが、しばらくしたら近いどこかに巣が生まれる。いたちごっこってやつだな」
「なるほど。それで、魔物に人類が勝利することはないんだ」
「いわば人を襲う雑草だな。世界中から駆除するのは難しい……まぁそのおかげで、そいつらを退治してまわる俺たちのような職業が成り立つってことでもある」
「冒険者、ですか」
この世界では冒険者といえば、職業の名前らしい。
それぞれが何らかの魔物に対する対抗手段を持ち、魔物を倒して生計を立てているというのは、アイもネロから以前聞いていた。
「俺たちみたいなのは、巣を壊したらしばらくその周辺では用済みになっちまう。だからこうして移動しながら、依頼をこなすんだ。でも依頼を受けて毎度同じところに戻るのは大変だって冒険者たちが作り出したのが、冒険者組合っていうやつだ」
「組合、ですか。以前聞いたことがあります」
アイは、以前にネロからその説明を聞いていた。
「そりゃそうだ。どんな街にだってあるんだから。見たことないやつの方が少ないさ」
アイは、唯一知っていたことが、誰でも知っていることだったので、少ししょんぼりとした。
「まぁ、こんなとこか?アイさんは、戦っている間は、俺たちの傍を離れないでくれればいい」
「そのことなんですけど、少しはお力になれるかもしれません」
アイは自分がどの程度力になれるかは、正直わからなかった。
エスが戦った魔物は明らかに強そうで、エスは一瞬で倒していたが、自分ではどうか自信がなかった。
「あはは、それは心強いね。でも、無茶はダメだぜ」
スティルはアイの発言を冗談だと思ったのか、そう言ってやんわりと断った。
実際、敵から逃げている貴族のお嬢様が、戦えると思う方が、おかしい人物だろう。




