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29 元、冒険者

 近くの街の中にあるその建物では、ネロの古い知人が働いている。

 そこは、冒険者に、仕事を斡旋する、冒険者組合の建物だった。


「ネロじゃないか!元気にしてたか?」


 快活な、制服のようなものを着た女性が、受付へ来たネロに声をかけた。


「久しぶりだな、セベイン」


「もう騎士団を飛び出して来たのかい?だから言ったろう?あんたにゃ向いてないって」


「存外向いているみたいだよ。今は暇をもらっていてね」


「それってクビってことじゃないかい!」


 セベインと呼ばれた女性は、腹を抱えて笑った。


「実は情報が欲しい。このマークを知っているか?」


 ネロは、手に入れたボタンをセベインに見せた。


「”結社”だね」


「結社?」


「正式な名前は誰も知らない。本当に存在するのかもわからない。だけど、大きな事件があると、大体裏に何かがいる」


「何か?」


「近頃凶悪事件が起こるところでは、黒い衣服に身を包んだ奴らの目撃証言があるんだ……もちろん、何かを実行しているのを見たものがいるわけじゃない。その一部で、キメラの紋章があしらわれた印章などが見つかっている」


「キメラは……確か旧教団が生み出した化け物だったな」


「そうさ。街を二つ壊滅させて、山一つを吹き飛ばし、ようやく殺された、旧教団の化け物だ」


「つまり、教団の生き残りということか?」


「安直にいけばそうだろうが、全ては闇に包まれてる。誰も結社のやつらに、接触した者はないんだ」


「最近の目撃証言を教えてくれないか」


 セベインは顔を近づけ、声を潜める。


「ったく……私から聞いたって、言うんじゃないよ?……実は、森の魔女からのタレコミだ」


「森の魔女……」


「自由都市国家連合の南の森、誰にも見つけられない小屋に、万能の魔女が住んでる。そいつから、なんと冒険者組合へ連絡があったんだ。塔で人が死んでいる、やったのは黒装束の男だとね」


「ありがとう……セベイン。森に向かってみるよ」


「聞いてたか?ネロ。魔女の小屋は見つからないよ!」


「他に手立てがない!」


 すでに出口に向かって歩を進めるネロは、笑顔でセベインにそう返事した。

 話の内容は不穏だが、少なくとも、何も手掛かりがないよりはよっぽどよかった。


 魔女を探し、話を聞こう。


 ネロは急ぎ、目的地へと向かった。





 旧教団の塔のてっぺん、その部屋の中、ミストはうんざりした顔で、血だらけの男の亡骸を見ていた。

 アイはその場で男を死に至らしめることはなかったが、その後、誰にも助けられることなく、男は死を迎えてしまっていた。


 ミストの傍らにはもう一人、長い黒髪の男がいた。独特の黒装束を身に着けた男は、ミストよりも長身で、すらっとしていた。

 髪は背中まで伸びており、女性のようにさらさらと流れているが、手入れされているのか、不潔な印章を与えるものではなかった。

 そして何より特徴的なのは、切れ長の目の奥の、赤い瞳だった。それは怪しく暗闇の中で、光っていた。


「あーあーあー……きったねぇなぁ。こんなことなら俺がとっとと女を殺しておくべきだった」


「ミスト。過去のことはいい。場所を特定できるのか?」


 長身の男が尋ねる。


「いいや、さっぱりだ。しかしこの森を無事に抜けられるんなら、最南端の都市国家に辿り着くだろうよ」


「そこで張っているのが早いということか」


「ああ。そうしてくれるか?」


「女の……話をしよう」


「あーあーあぁ……ルカ、勘弁してくれ!お前らはそればっかりだ。それで寝首を掻かれるから、ああなるんだよ」


 血だらけの遺体を指さし、ミストはルカと呼ばれた長身の男に、言った。

 しかし、表情を変えずに答えを待つルカに、ため息を一つついてから、答えた。


「艶のある黒髪、紫の瞳、色白、背は女にしちゃ高めだが、俺よりゃ低い。美人だが、まだガキだ」


「美しいか?」


「知るかよ。俺にはどうでもいいんだ。自分で見て決めてくれ」


 ミストは呆れかえっていたが、ルカは満足そうに微笑んだ。


「そうだな。楽しみだ」


 美しい顔立ちということもあり、文脈を無視すれば、不思議と人を引き付けるような微笑みだった。

 しかし、ミストは顔をしかめる。


「気持ちわりぃ……いいか?見つけたらせいぜい、目立つよう暴れさせてやれ。必ず、その後に、殺すんだ。いいか?必ず、だ。」


「わかっている」


 ルカはそう答えた。


「しかし……元からその女は殺す計画だったのだろう?なぜ、貴様は騎士団長に、どちらの女を選ぶか問いかけたんだ?」


「ほう……女以外に興味があったとは意外だな」


「貴様の行動原理は、まともな人間には、まるで想像がつかないからな」


「お前にゃ言われたくないんだよ!全く……。わかるか?俺はあの表情が見たかったんだ……俺が選ばせておいて、もう片方死んでると告げた時の、情けない顔!」


「その表情が見たかったのは、お前の上司の方じゃないのか?」


 ルカは、ミスト以外の人間が、カラムに何かしらの恨みがあることを知っている様子で、そう言う。


「くだらねぇ、私怨なんて!そんなのはまるで、つまらないね。無関係の俺がやるからこそ、楽しいんだろ。俺がやってなきゃ、あの表情は見られてないね!」


「理解しかねるな……」


 ルカはお手上げのポーズをして、呆れた。


 ミストもルカも、どちらも異常者だったが、異常者同士が必ずしも、分かり合えるわけではないようだった。


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