22 簡単な選択
廃村の周りを静かに騎士団員たちが取り囲み、位置に着いたのを確認すると、カラムはゆっくりと村の中心に向けて、一人で足を踏み入れた。
その廃村、中心部の広場には、今は動いていない噴水を取り囲むように、広場が広がっていた。
外から確認したとき、人の気配は無かったが、カラムが近づいたのを見てか、ボロボロの民家の一つから、男が一人出てきた。
黒く長いローブを着ているが、顔は隠しておらず、軽薄そうな笑みを浮かべた男だった。
青い波打った髪を長く伸ばしており、腰には剣を差している。
「約束通り一人で来たな」
「ああ」
「村の外はどうだか。まぁ、一人でここまで来たことは褒めてやるよ」
「御託はいい。要求は何だ?」
「つれないねぇ……まずは自己紹介だ。俺は、最近じゃあミストと呼ばれてる。よろしく頼むよ」
「名前を呼ぶ機会など来ない。どうせ偽名だろう」
「もちろんだぁ……紅蓮騎士団に手配されるのは御免だからな」
ミストと名乗った男は、ゆったりとカラムから距離を取りながら、歩く。
「さて、要求を聞きたいんだったか?じゃあ教えてやろう」
ミストは両手を握って、上に上げた。
「選択肢は二つだ。片方は、お前と婚約している、性格の汚い黒髪の女。そしてもう一方は、薄汚い平民の血が流れる、金髪の、お前の命の恩人だ」
「無事を確認させろ」
「必要ないね。どちらかを選べ。片方は無事に帰し、片方は殺す」
「なんだと……!」
「交渉の余地があると思ったか?金を出せば、政略に協力すれば、あるいは騎士団長を降りれば、二人が無事に帰って来るって、そう思ってここへ来たんだろう?ぎゃはははは!!!!!」
ミストは腹を抱えて大笑いした。
「あはははははは!!!!!おい最高だな!お前のその鳩が豆鉄砲を食ったような顔!想像と違ったか?鏡があれば見せてやりたいぜ!」
「意味が分からん……狂ってる。要求があるんじゃないのか?」
カラムは目を見開いてそう問うた。
「要求なんかねぇよ。あるのは選択肢だけだ」
「貴様……!!!!」
ドゴオォン!と大きな音がして、ミストの後ろにある噴水の一部が弾け飛び、燃え盛った。
カラムが怒りのあまり、魔法を発動したのだ。
「じゃあこういう選択肢はどうだ?お前の命と引き換えに、二人を解放しろ」
低い声でそう告げるカラムだったが、ミストは炎を背に、微動だにしていなかった。
「白けさせんなよ、お坊ちゃん。二度目はねぇぞ。次に妙な真似したら、この場にいない、かわいこちゃん達二人共の首が、飛ぶぞ」
「ふざけるな……ふざけるな!!」
カラムは狼狽した。
「悪いな、人質がこの場にいないから、現実感が足りなかったよなぁ。なら、もっと、よく、想像してみてくれ。お前の愛人たちは、別々の場所で、首に、ナイフを、突きつけられている。俺が二通りの合図、そのどちらを出すかで、ナイフが片方の女の、か細く綺麗な首に、素早く真横に切り傷を入れる……」
ミストはゆったりと歩きながら、わざとらしく身振り手振りを加えながら、説明する。
「するとどうなると思う?心臓から送り出された綺麗な血飛沫が、勢いよく吹きだし、美しく舞って、辺りを染めるんだ。人間が最後に割かせる真っ赤な花だよ。想像したか?ゾクゾクしたか?」
カラムは、どんな相手に脅されても、自分の命が対象なら、物怖じしない自信があった。
しかし、大切な人の命がかかっている状況は、彼を初めて恐怖に駆り立てた。
「待て……。俺を脅迫しているということは、俺が邪魔なんだろう。違うか?」
「ああ。邪魔だ」
「だったら俺を殺せばいい。違うか?簡単だ。そうしたら、二人を解放しろ。これが交換条件だ」
「ダメダメ、全然だめだね。それじゃあ面白くない。全然面白くないね。お前が仮に死ぬとしたら、お前の恋人を殺して、その死に顔を見せた後だ。それなら面白い。いつでも殺してやる」
「くそっ……イカレてる……お前!!!どうかしてるぞ!」
カラムは、自身の潔癖な思考からは到底生み出されない、ミストの思考に振り回されていた。
カラムは頭が真っ白になりかけていた。
考えろ、考えろ、二人とも救う方法を。
それ以外の、どんな犠牲を払ってもいい。
カラムが最も大事にしているもの、どちらが大事かすら選べないもの。
それを選べなかったから、今、こんな目に合わされているのだろうか?
カラムは頭を振って、その考えを振るい落す。
弱気になってはいけない。
廃村の周りには、騎士団員たちが待機している。
合図一つで、突入し、ミスト以外の相手が潜んでいても、皆殺しにできるだろう。
しかし、それと引き換えに、アイとマドレーヌは命を失う。
騎士団長としてはそうすべきかもしれないが、カラムはそんな選択をする気は全くなかった。




