20 奇襲
再び、騎士団の訓練に参加するために、アイとマドレーヌ、付き人のミルフィーユは、馬車に揺られて向かっていた。
グレイも参加したそうだったが、許可を得ていないのに連れていくわけにもいかず、アイが今日、カラムに頼んでみることになっていた。
他愛もない話をしながら、道の半分ほど来た、森の中。
少し道が悪いので、アイはここを通るのが嫌いだった。
日差しもあまり無く、じめじめとしている。
そんな狭い森の道の中、少し開けた場所に来た時、馬車が突然その足を止めた。
「あれ、止まりましたね。どうしたんでしょうか」
ミルフィーユが不思議そうにそう言った時、ガタガタと、御者の座る方から激しい音がする。
「ぎゃぁッ!」
短い、男性の悲鳴が聞こえた。
瞬時に、ピリッとした空気が漂い、アイは席から腰を浮かせた。
カーテンをかけていた馬車の窓を少し開けようとした瞬間、バリン!と窓が割れ、コロコロとした丸い石が馬車のなかに転がり込んできた。
そしてその石から、すごい勢いで煙が吹きあがってくる。
「口を塞いで!」
ミルフィーユが叫ぶ。
そして、割れた窓から、カーテンを押しのけて、誰かが入ってこようとしていた。
アイは瞬時に判断し、魔法を放った。
馬車の床から氷柱を突き出すと、扉ごと相手を吹き飛ばす。
「何なに?!襲われてるってことでいいんだよね?!」
アイはパニックになりながらも、応戦してもいいならする、と、ミルフィーユを見た。
「逃げてください!アイ様だけなら逃げられます!」
ミルフィーユはそう言ったが、今回はミルフィーユも何の武器も持っていない、丸腰だ。
アイが壊れた扉から慎重に外へ出ると、顔を布で隠した、黒い装束に身を包んだ男たちに、馬車が取り囲まれていた。
アイから見えるだけでも、七、八人はいた。
多勢に無勢だったが、自分の魔法に自信のあったアイは戦う気でいた。
間近にいた一人が、剣を掲げて近づいてくると、アイは氷の弾を自分の周りに展開し、戦闘準備をした。
そして近づいてくる相手に、散弾のように幾つもの氷弾を飛ばし、そのいくつかが相手に当たる。
「ぎゃぁっ!!」
バキッと痛そうな音とともに、相手が倒れた。
鎧は身に着けていない。軽装だ。野盗だろうか。
遊んでいる余裕は無い。
アイは自分の周りに漂わせていた氷の全弾を、馬車以外の全方向へと、一気に撃ちだした。
「ぎゃぁぁぁっ!!」
いくつかの悲鳴が重なり、大きく響いた。
三人ほどは倒れたが、数人は木陰に隠れた。
「目的はなんだ!!」
アイが叫ぶが、答えはない。
マドレーヌとミルフィーユの二人は、煙にげほげほと咳き込みながら、馬車から降りて来た。
アイは手で制し、そこから動かないように示した。
馬車を背に守る方が、戦いやすい。
襲撃者たちは氷の雨で撃たれないよう、アイのほうを見ながら、ゆっくりと再び姿を表した。
そして、刃に油のようなものを垂らすと、そこに火をつけた。
刃に火を纏ったのを見ると、カラムが炎の剣を使っていたのを思い出す。
「対策してるって言いたいわけ?」
アイがそう言うが、襲撃者たちは答えない。
「きゃあっ!」
後ろから声が聞こえ、アイが振り向くと、馬車の裏に潜んでいた一人が、ミルフィーユに襲い掛かっているのが見えた。
一瞬にして氷柱を生やし、二人の間を遮るようにすると、アイは氷剣を宙に生み出し、それを掴んで相手に斬りかかる。
「くっ!」
バキイィン!と燃えた剣と氷剣がぶつかる音が響く。
カラムと戦ってから、アイは研究を続けていた。
より低温で作った氷の方が、強度を増す。
そして、薄い氷を何層も重ねるように生成した氷の剣は、ただ剣の形にした氷の数倍硬く、鋭く、切れ味がある。
「カラムの炎は、こんなものじゃないよ!」
ただ油を塗っただけの剣、それに対抗するだけなら、アイ特製の氷剣は何度か打ち合えるほどに強度を増していた。
もちろん、それだけで戦えば弱いが、更にアイは氷柱を地面から生やし、相手の腹へとぶち込んだ。
「ぐぁっ!!!」
男は、吹っ飛び、腹を抱えて動かなくなる。
その間にじりじりと近づいてくる残りの襲撃者たちへ、氷弾をばら撒くと、少ないこともあり、何人かは躱し、防いだ。
数人は手練れもいそうだな……アイは近い相手から氷柱で追い詰め、打撃で倒して行った。
そして、相手は残る一人になった。
アイは消耗していたが、強気に言ってのける。
「ハァハァ……もうあきらめたら?最後の一人だよ?」
最後に近づいて来た相手は、氷弾をかわし、氷柱も防ぎながら、じりじりと距離を詰めて来ていた。
「あくまでだんまり?まぁいいさ。ブッ倒して、それから聞けばいい」
アイが氷弾を、一斉に放つ。
男は燃える剣で数発を叩き落とし、残りを避ける。
避ける所を先読みし、アイは氷柱を生やすが、男もそれを読んでおり、無茶に身体を捻って躱す。
「へぇ……やるじゃん」
アイは少し高揚して笑いながら、木々からも氷柱を水晶のように生やし、動けるスペースを減らしていく。
「手加減してあげる義理はないよね」
アイは、自分を中心として、相手の方へと水晶のような氷柱を、地面を覆う様に一面に生やした。
それぞれが一メートル以上ある氷柱が相手の方へと殺到し、幾つもの氷柱が男を殴りつける。
その切っ先を尖らせれば串刺しにすることもできるだろうが、人を殺すとまで考えられないアイは、そうして氷柱で殴りつけるようにして相手を無力化した。
最後の一人が、ようやく地面に倒れ、動かなくなった。
「ふぅ……あー怖かった!!!」
誰も立ち上がってこないことを確認すると、アイは叫んだ。
普通に考えて、いきなり襲い掛かられて怖くないはずがない。
強がってはいたが、足の震えが未だに収まっていなかった。
「大丈夫?ミルフィーユ、マドレーヌ!」
振り向いた瞬間、馬車の上に一人、少し背の低い、黒装束が立っていることに気付いた。
「ッ……!」
まずい、あの距離では、二人を助けるのが間に合わないかもしれない……!
そう思った瞬間、アイは自分の首にトスッ、と何かが当たるのを感じた。
「え……?」
反射的にアイがそれを掴むと、綿の突いた針のようなものが、首の下の方、鎖骨の近くに刺さっていたようだった。
「なん……」
抜いたその針を見た瞬間、それがぐにゃり、とゆがんだ。
いや、視界に映るすべての景色が、歪んでいる。
手がしびれ、足にも力が入らない。
すぐに完全に手足から力が抜け、アイは地面に倒れ込んだ。
何とか首を上げ、霞む目をこらすと、黒装束が口元に、筒のようなものを当てているのが見える。
吹き矢……毒か?
くそ、全員倒したのに。
油断した……
悔しさと焦りの中、アイは意識を失った。




