19 水魔法の必殺技
屋敷に帰り、アイの母親はグレイの服が汚れていたのを問い詰めたが、転んだということにして、その場を乗り切った。
アイは男、しかも少年の、グレイからもらった指輪を付けていることが気恥ずかしくて、すぐに外そうとした。
しかし、ミルフィーユからグレイがいる間くらいは付けていてやれと言われ、外すタイミングを失った。
しかし見るほど不思議な宝石が気にいり、気が付けば右手を眺めるようになっていた。
どうにも、吸い付けられるような魔力がある様に感じられた。
グレイの修行は順調だった。水泡は、アイが無茶に標的の氷を動かしても、正確に後をつけ、纏わりついてくる。
いつでもどこでも、人を溺死させられる、窒息兵器の誕生だ。
アイはグレイのこの魔法がいずれ人に向けられることがないよう祈った。
魔物には効果があるのだろうかと思ったが、アイが先日屋敷の外で見た、エスが退治した魔物には、呼吸器官らしきものが見当たらなかった。
この世界には他に、どういう魔物がいるのだろうか。
「グレイ。ちょっと休憩しよう」
アイは、そもそもベンチに腰掛けながら氷を操っていたが、立っていたグレイを横に呼んだ。
アイはグレイと出かけた時に起こった、泥棒、ひったくりを捕まえた時のことを、あれからしばらく考えていた。
グレイは、正しい方向に社会を導くために、騎士団に入りたいのだと言った。
騎士団に入ることは、ゴールではなかった。それはあくまで手段だったのだ。
それを聞いて、アイはグレイが幼いにも関わらず、深く物事を考えていることに少し驚いた。
「私はグレイが、ただかっこいいから騎士団に入りたいのだと思ってたよ」
「もちろん、そういう憧れもないわけじゃないですけどね」
「それを聞いて少し安心したよ」
そう言ってアイは笑った。自分だったらそれくらいの考えで騎士団に入りたいと言ってしまうだろう。
「そんな君に、少し提案がある……どうしようか迷っていたんだけど」
実はアイは、グレイの魔法の特徴を聞いた時から、もっと強くなれるのでは、とは思っていた。
しかし、水泡の魔法でも十分危険なのに、危ない使い方をこんな子供に教えてもいいものか迷っていた。
「グレイの魔法は、水を自分の近くであれば、自由に生み出し、操ることができる、ってものだよね」
それはつまり、アイの魔法の水魔法版とでも言えるものだった。
「そうです」
「だったら、指先から、細い水を勢いよく出せる?」
「いいですけど……基礎中の基礎だし、よくじょうろとかいって馬鹿にされるやつですよ」
少し恥ずかしがりながら、グレイは指を構えると、少し締めたホースから出した水と同じように、水がプシューッと前方に飛び散った。
「これがどうかしました?」
「もっと、細く、小さな入り口から出すみたいにできる?」
「できますけど……」
収束して撃ちだされた水は、先ほどよりは散らばらず、遠くへ届いたが、あくまで水鉄砲のようなものだった。
アイは立ち上がって、グレイを連れて、一本の樹の近くに立った。
「もっと、もっと、もーっと細い入り口から、めっちゃくちゃ強い勢いで、水を出すイメージでやってみて。ここに」
指を樹の方に向けたグレイを、アイは呼び止めた。
「待って!もっと近くで!」
指がほとんど当たるくらい近くで、グレイは気に向けて指を構えた。
「えっと……いいですけど、びちょびちょになりますよ?離れていてください」
そして、グレイは意識を集中すると、ぐっ!と一気に力を入れて、言われた通りにイメージし、一点集中で、水を勢いよく出した。
バキッ!
「うわっ!!」
水が勢いよく吹きだし、飛び散り、あたりに漂った。
それと同時に、自分でも想像していた以上の反動に、グレイは尻餅をついた。
それにしても、予想もしていなかった、割れるような音は、何だ?
グレイが驚いて見ると、樹の表面が削れて、外側の皮の一部が吹き飛んでいた。
「割れてる……」
「ほぇ~……できるもんだねえ」
濡れないようにちゃっかり避難していたアイも、割れた木の肌を見て驚いた。
割れやすいボロボロの木ではなく、健康的で頑丈な木肌だ。
「これが、提案、ですか?」
「うん。ウォータージェットって言ってね……水を一点集中して物凄い勢いで出し続ければ、金属だって切れるんだよ」
「そんな馬鹿な」
「本当だってば!でも、音速を超える速さで、出し続けないといけないし、こうやって動かない相手に押し付けるようにしていないといけないけど……」
「なるほど……」
グレイは思案した。
「切れないにしても、爆発的な威力で、至近距離に、小さく、勢いよく出せば、どんなに硬いものでも、えぐれる……?」
「えぐる……」
水泡の時もそうだが、発想が怖いんだよな、とアイは思った。
ウォータージェットのアイデアはぼんやりと思いついてはいたが、戦ううえでどう活かすかまでは、考えていなかった。
「使えそうです……ありがとうございます!」
「え?あ、うん」
もうそこさえ聞いてしまえばいいとでもいうふうに、グレイは指を構えては、宙に撃ちだす練習を始めた。
アイが少し外して、次に戻ってきた頃には、グレイは小さく、短い水の束を、数十メートルは遠くまで飛ばすようになっていた。
「わーお……」
あれが遠くから当たったところで何ともないだろうが、指を直接当てて撃ったら……
「風穴あいちゃうよ」
そう呟いたアイの表情は引きつっていた……。




