03話 『異世界迷宮に来たらしい』
目を開けると、妖魔の姿はどこにもなかった。俺の体は傷ひとつなく無事で、あいつらもいない。長く気を失っていたのか、背中に石が当たってたらしく少し痛い。
というか、ここは一体どこなんだ?
一面草原かと思いきや、中央にどでかい木が一本ある。こんな木見たことないぞ。東京スカイツリーくらいはあるか?
落ちてる木の実もでかいようで、サッカーボールより一回り大きいくらいはある。おおよそ地球にいる種とは思えない。
別の惑星にでも来たのか? でもどうやって?
俺の能力はテレポートだが、物の周りの空間を歪ませる程度の実力。惑星と惑星の距離を移動できるとは思えない。
というか、そこまでの距離をテレポートできた人物は歴史上存在せず、歴代最長距離でさえ400キロメートルほど。因みに、その人はその直後に能力の反動で死んだらしい。
ましてや、俺は空間を歪ませる程度。別の惑星に行けるはずがなく、仮に行けても反動がやばいはずだ。
まさかとは思うが、能力が覚醒した……?
超能力には発現の他に『覚醒』という段階がある。簡単に言えば、能力者に超能力が再び発現するということだ。
覚醒した者は、以前の数倍から数百倍まで基礎能力があがり、新たな固有能力が使えるらしい。理由は不明だが、身体機能も向上したそうな。
というのも、今までで覚醒した人数は14人と極めて少なく、その詳しい情報は一部の人間にしか開示されていない。なので、このようにざっくりとしかわからないのだ。
覚醒したかどうか、自分で確かめた方が良さそうだ。
地面に落ちてる石を持つ。いつものように能力を行使すると、その石は右手から左手へと瞬間移動した。
なるほど……どうやら、この俺が史上15人目の覚醒者になってしまったようだ。確信はないが、なんとなく感覚的にそう感じた。
だが、特に嬉しいとかはない。誘拐されたのも相まってそれどころじゃなく、無事帰れるか未だわからない状況。
能力が覚醒したなら学校までテレポートで一発だと思ったのだが、何故か能力が発動しないのだ。大きな結界でも張っているのだろう。そうするとここは誰かの手中、一瞬の油断も命取りになるかもしれん。やはり他の惑星に飛んだ説は薄いな。せいぜいどこかの島にでもいるんだろう。
ここに居続けても餓死するだけ。仕方ない、この草原を歩くしかないか。何かしらあるだろう。
しばらく周りを見渡しながら木の周辺を歩くと、大きな人工物を発見した。それは、パルテノン神殿のような大きな柱がある神殿だった。作られて間もないのか、大理石にまだ艶がある。
階段を上がり中に入ると、目の前に石造りの祭壇ぽいのがあり、それ以外は何もなくそこはがらんどうだった。ふと祭壇の上を見やると、文字が彫られているのに気づく。
「手を翳せ……?」
翳せって言ったって、どこに翳せばいいんだ? それらしい指定されている物がないが。取り敢えず、祭壇の上に手を置いてみるか。
『神々の試練へようこそ。あなたが最初の挑戦者です』
おい、突然脳内に声が響いて心臓飛び出るかと思ったぞ。耳で聴くというより、脳に情報をねじ込まれる感じがして不快なんだよな。
声色は落ち着く女性の声。遠くの場所から念話できるところ相当な能力者と見た。にしても、神々の試練なんて突拍子もないことを言って何がしたいんだ。訳がわからん。
『ダンジョンへの挑戦特典としてユニークスキル【鑑定Ex】とミシックスキル【言語理解Ex】をステータスに付与します。最後に、ルールは次のようになっていますので、熟読するようお願いします」
女はそう言い終えると、目の前にある祭壇に透明な板が現れた。触ろうとしたが実体がなく、ホログラムのようだ。そこには次のように記されてあった。
ルール1──このダンジョンをクリアするまで外に出られない。
ルール2──ダンジョン挑戦者はほぼ歳を取ることはない。
ルール3──ダンジョン内は時の流れが遅く、外界は殆ど時間が進まない。
ルール4──自我維持システムがあり、ダンジョンに入る前の記憶を忘れることはない。
ルール5──一度クリアした者はこのダンジョンに再び挑戦することはできない。
では、準備が整いましたらこのボタンを押してください。ご健闘を。
以上がそこに記されていた。
うーん、一気に情報が入りすぎて訳がわからん。一旦情報整理をしよう。
まず、ここは『神々の試練』というダンジョン。ダンジョンってあのゲームに出てくるやつか?
で、次にスキルとステータスがなんちゃらって言ってたな。異世界じゃあるまいし、ステータスなんて存在するわけ……。
「は、嘘だろ?」
そこには紛れもなくステータスボードが存在していた。まるでRPGゲームに出てくる透明なステータスボード。そこには俺の情報? が記されていた。
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《ステータス》
【名 前】神無月 柚留
【種 族】人間
【レベル】1
【魔力量】5200/5200
《スキル》
【鑑定Ex】【言語理解Ex】
《呪い》
【ほぼ年齢進行停止】
スキルポイント0
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ふっなるほど、どうやら俺は異世界に来たらしい。どう考えてもいま目の前で起きている現象は、地球じゃ説明がつかないことばかりだ。認めるしかないだろう。
で、俺が手に入れたスキルとやらは【鑑定Ex】【言語理解Ex】の二つか。やはり鑑定というとファンタジー小説のように念じれば使えるのか? ま、物は試しだ。
(鑑定!)
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【ダンジョン名】神々の試練
【等級】神話級
《説明》
このダンジョンは八番宇宙の別次元にあり、神々が人間へと試練を与える為に創られたダンジョン。上位の魔物から神話級の魔物まで数多くいる。
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このダンジョンに向けて鑑定を使ったのだが、結構情報が書かれているようだ。ツッコミ所満載な説明文は今は置いといて、思った通り鑑定は念じれば使えるっぽい。
全く何も情報がない自分にとってこれほど役に立つスキルはないだろう。しばらくこの鑑定で出来ることと、この広い草原の探索をすることにする。
ボタンを押すと何が起こるかわからない以上、ある程度の準備は必要だ。既にボタンは鑑定してみたが、何度やってもエラーが出た。恐らく、この先のネタバレを防ぐ為に少し制約がかけられているのだろうと思う。
なんたって、このダンジョンは上位の魔物が出るらしい。強さはわからないが、出会って即死なんて十分あり得そうだ。
それから、2日間この草原を探索した。
結果わかったことがある。
ここは太陽もあって明るいが、これらは全て創られた背景であり、この空間は箱のような感じになっていた。
と言うのも、テレポートを使ったのだが、透明な壁にあたりそれ以上進めないようになっていたのだ。
どうやら、完全にこの【神々の試練】とやらのダンジョンに閉じ込められたらしい。
で、この空間はダンジョンの一階層目であり、セーフゾーンのような役割を担っている。東京ドームが何百個も入るくらい広く、中央に巨大な木が生えており、外周は森で覆われている階層。
木は【ユグドラシル】という名であり、どうやら世界樹らしい。落ちてる実は【ユグドラシルの果実】で、どんな怪我や病気でも治る効果がある。
後々、魔物とやらと戦うときに役立つに違いない。ふと思ったのだが、もしこれを地球に持って帰ったら一攫千金間違いなんじゃないか? どこぞの大統領とか挙って欲しがるだろう。
そして一番驚きだったのが、この空間にも夜があるということだ。地球と同じ1日のサイクルが24時間であり、日中は太陽、夜中は月がでる。
とまぁ、これくらいが2日掛けて得られた周辺の情報だ。
俺は呪いのおかげで歳をとることはないが、やはり歳を取らないだけで不死身ではない。腹は減るし、喉は乾く、関係ないが性欲だってある。
だが、幸運なことにここはユグドラシルの実が地面に腐るほど落ちている。味はほぼマンゴーで、水分もたっぷり含んである。当分の間はこれだけで食い繋ぐことができるだろう。
しかしながら、鑑定によるとユグドラシルの木は1ヶ月に1個か2個しか実を成さないらしい。この実は、知っての通り治癒能力があるので出来れば手元にストックしておきたく、近いうちに別の食料を探す必要がある。
最後に神殿についてなのだが、祭壇の後ろに宝箱があった。まるでドラ○エのそれを彷彿させるようなやつだ。中には剣と盾が入ってるだけで、鑑定してみると何やら興味深いことが書いてあった。
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【名称】魔剣グラム
【等級】S
【材質】銀、ミスリル
【推奨レベル】400
【付与効果】研磨lv4、耐久lv3、軽量化lv6、腐食耐性lv2、保存lv2
《説明》
かつて、勇者グラムが魔王を倒したとされる剣。348年に勃発した対魔族大戦で勇者グラムが死んでから、行方知らずとなっていた。
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【名称】装飾用の盾
【等級】A
【材質】金、銀
【推奨レベル】100
【付与効果】耐久lv1、腐食耐性lv4、衝撃吸収lv2、保存lv1
《説明》
家の装飾に使われる盾。観賞用。しかし、この盾はなかなかやるようだ。
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鑑定によると、この装備はチートレベルとまではいかないが、それに匹敵するほどの力を持っているらしい。
それを示すのが、E級から神話級まである【等級】というやつで、この剣と盾の評価はS、Bと共に高いランクを叩き出している。
この世界の人間界ではCからが高ランクであり、SSSまで行くと国家戦力となる化け物級らしく、それ以上になると古代のアーティファクト級の代物らしい。
こんな細かいことまでわかるなんて、鑑定スキル様様だな。それより、鑑定によればここは異世界の別次元空間らしく、人間界は別にあるらしいじゃないか。
やっぱ美人エルフとか。くっ殺騎士がいたりするのかな。それは、このダンジョンを出てからのお楽しみということで。
さて、丸2日何もしてなかったが、そろそろ例のボタンを押してもいい頃だろう。どうせクリアできるまでここから出られないんだから、今開けなくともいずれ開けることになる。ならば今開けよう。
祭壇にあったボタンを押すと、俺は固唾を呑んだ。
そして、いつか伝説になる男の最初の物語が今、動き出す──