39 天然ボケの賞味期限
「ううう……このゲーム、良いシナリオだわ……」
リコ、59!
「バレットちゃんは健気だし、助けにきたサリーはかっこいいし……うっうっ……」
「堰が切れたみたいに涙脆くなったな……いいことだけど……あーほら鼻水拭け、泣き慣れてないから……」
貧民街の身無し子出身であったマリはよく年下の子達の面倒をみていたため、泣くという行為に慣れていなくて鼻水その他が垂れ流しのリコにもテキパキと対応する。リコはマリの二歳年上なのだが……
今はその貧民街そのものが、革命以前の時点でマリの主導により大規模な露天市場にまで発展していたため、面倒を見なければいけないという事は無くなっていたのだが……世話焼き好きのマリはかわいがる対象がいなくなった事に不満げだった。
「うう、ありがとうマリ……」
「オイラがいない時だってあるんだから、鼻のかみ方ぐらいは覚えて帰ろうな。ほら口から息吸って、片方ずつゆっくり」
パスン。
「ティッシュからハミ出たわ」
「予想通り過ぎて楽しくなってきた!」
大きな赤ん坊のリコと、根っからの保護者気質のマリ。なかなかの漫才コンビであった。
「しかし、このパンジーって子も可哀想な子よねえ……」
今、まさにイヴァンとパンジーの企みが露見し、国を救った戦乙女を害せんとした事で怒れる群衆に城を取り囲まれ、バレットを救出したサリーの光り輝く魔力の剣によって断罪されるその瞬間のスチルを映し出したテレビの画面の前で、リコはそう呟いた。
「ん?」
「田舎の屋敷に放り出されて、貴族だというのに親の庇護も受けられないまま育って。元々は悪戯っ子だったのに、屋敷を襲われたトラウマのせいで保身に走るようになっちゃって……。最後はどのルートでも死んじゃうんでしょ?前に無印の話をハナにちょっと聞いてただけだけど」
以前ハナから多少のネタバレを受けていたため、部分的には彼女の顛末を聞いていた。追加されたこのシナリオでもこうなのだから、リバースでも粗方同じなのであろう。
「……リコは、本当に優しいな」
「ほえ?」
亡き敵司令官に似ていて腹が立つとか言っていた癖に、それでも悪役であるパンジーをリコは憎みきれず、それどころかその孤独な生涯を思いやっていた。
優しいリコのことだ、司令が罪を被った事を知っている彼女は、実のところ司令本人の事もそこまで憎みきれていないのだろう。今までで一番憎んだ相手すら、それでも心底憎悪する事は出来ない。相手の立場に立って、思いやってしまうから。
リコは、そういう人間だった。今までも、そしておそらくはこれからも。
あまりに優しく、報われないあり方。でも、そんな彼女だからこそ国を変えられたという部分も、確かにあるのだろう。
「実は、リバースのパンジーは……いやこれ以上はやめとくか……」
「……追加シナリオで何かあるの?」
「……ひみつ!」
「むう……」
★★★★★★★★★★★
「ローズぅぅ!!!」
「ほぎゃっ!」
飛びついたパンジーの怪力ベアハッグに悶絶するローズ。もう身体が魔力量に慣れきっているため、かつての顔面幼女パンチとは比べ物にならない怪力だ。疲れた身体に効果抜群。
「痛い痛い!ギブギブ!」
ローズが悲鳴をあげて制止する。
「あっごめん!えっと、えーっと……」
「【クイックヒール】!それと、【サイコキネシス】、【パワーヒール】!」
四人の負傷を手早くバレットが治療した。腹に銃弾を受けたウォルはそれを取り出した後に治癒力の補強だが、その他の三人は疲労こそ酷いものの軽傷なので跡も残らない。疲労の少し抜けたサリーがウォルの応急処置をする。
バレットの傷は?……爆破ついでに、全快されていた。
座ったローズに、今度は力加減して抱きつく。
「私、山火事の時に言ってくれた事、まだ信用出来てなかったの……でも、本当に、本当に助けに来てくれた……」
パンジーは泣いていた。実の父に脅され顔を蹴られ怖い思いをした事、バレットが無事に戻ってきてくれた事、己を犠牲をしようとしたら殺してでも止めにいくと言われた事、それが今まさに証明された事、色んな事がない混ぜの涙だった。ローズの体温を感じて、温かい。
「言ったじゃないですか。殺してでも止めにいくって」
「うん、本当に来てくれた……私、本当に、生きてていいんだ……」
その当たり前の幸福を掴むまで、あまりにも長かった。それこそ、前世では結局死ぬまで掴めなかったほどに。
「そうですよ。ちゃんと覚えててくださいね」
「うん……」
ローズに優しく頭を撫でられる。パンジーは嬉しくて嬉しくて、今までうじうじしていたのが嘘みたいにその一言をはっきりと口にした。
「ローズ、」
「はい?」
「──だいすき!」
(パンジー選手行ったァァァーー!!!)
(復活早いなバレット!?救出直後だぞ!?)
横で野次馬(約一名)が興奮して大騒ぎを始めたが、二人は特に気が付かなかった。バレットにとってローズへの嫉妬は変わらないが、ローズに恩ができた事で、それよりも二人を野次……ちょっかい……応援したい気持ちの方が強くなった。好きな人と好きな人が仲が良いのは良い事である、世の人はなかなか思い切る事が出来ないそういう価値観で、バレットは動いていた。ちょっかいを出せるともっと良い。
何故その大騒ぎに二人とも気が付かなかったのか?それは、その一言でローズが何故か予想外にも赤面して、パンジーの方もその反応に驚いて硬直してしまったからだった。
「えっ、えっと、あの、その……」
「ロ、ローズ……?」
「そ、そういう台詞は、む、無闇に言わないで下さい。私、勘違いしてしまいます……」
ローズは何と、より顔を赤らめてそっぽを向いた。
ウォル、唖然。バレット、サリー、爆笑。
パンジー、プッツン!
「勘違いじゃ、ないわよ〜〜ッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
★★★★★★★★★★★
目の前の天然鈍感スケコマシに、長々と「勘違いではないという事」を説明した。お互いに正座の姿勢で。その間に三人は敵の拘束を済ませていた。それほどの時間がかかった。
なんで愛の告白をした側がその意図する所を説明しなきゃいけないのか。極めて滑稽な絵面であった……パンジーの方も気恥ずかしさで赤面しながら、なんとかローズに理解させた。
「え、そ、それじゃあ、お嬢様は本当に私の事を……」
「さっきから、そう言ってるでしょ……ハァ、ハァ……」
あまりのバカバカしさに疲労感で息切れするパンジー。雰囲気も何もあったものじゃない。しかし、そのトンチキ劇場の中にあって、ローズは場違いなほど更に赤面していた。
「じゃ、じゃあタピオカ窒息事件もお風呂の時の事も……うわ、心当たりがいっぱいある……」
上気した頰をしおらしく抑えるローズ。散々鈍感をかまし続けた人物と同一人物とは、とても思えなかった。
ぽそりと、ローズが呟く。
「私達、両思いだったんですね……」
「え」
「私なんかが、って思ってて気付けませんでした……」
「え、ええぇぇえぇ〜〜〜っっっ!?!?!?!?!?!?!?!?はあぁぁああ〜〜〜っっっ!?!?!?!?!?!?!?!?」
息切れしたり叫んだり忙しいパンジーだった。
「りょ、両片思い状態で、あれだけアピールしたのに、それなのに今はっきり言うまで、全然気が付かなかったの……!?」
「すみませんそれに関しては全面的に私が悪いです振り返ってみても鈍感かましすぎでした本当にマジですみませんでした許してください」
「許した」
物凄い早口で弁明された。
「お嬢様のお優しいところが、だんだんすごく好きになっていったんです。でも、私が好かれているとはこれっぽっちも思い浮かばなかったんです」
「改めて言われるの、恥ずかしいわ……でも、どうして思い浮かばなかったの?」
顔を赤らめたままのローズは、ぽつりぽつりと話し出す。
「……私、自分をダメな人間だって思ってきてた事の方が多かったんです。迷っているうちに失敗したり、目標にした人に追いつけなかったりした事ばっかりで」
思い返すように、ポツポツと語る。
「だから早く駆け出そうとして焦ったら、今度はそのせいで失敗したり」
ローズは憑き物が取れたような、自らに呆れているような、照れるような、そんな複雑な表情だった。憑き物が取れたからこそ、客観的に己を省みる事が出来るようになったのだった。
「一度した失恋を、ずーっと引っ張ってきてたんです。だから、私なんかが、誰かの大切な人になれるわけなんかがないって、そういう風にずうっと、ずーっと思い込んじゃってて。それで、気が付けなかったんだと思います」
「……私達、似た者同士だったのね」
自己肯定感の低さという面で、二人は似た者同士であったのだった。
「……でも、もう大丈夫よ!今のローズは、私の大切な人なんだから☆」
確かめるように、愛おしむようにパンジーが抱きつく。
ローズは照れを隠すように頰を掻き、不安そうに迷いながらもそっと遠慮がちにハグを返した。
「え、えへへ……嬉しい、です……」
「ローズ、涙が……」
「う、嬉し過ぎて、止まんないです……誰かの大切な人に、なれたって……」
どうして救出された側のはずの私が、あやす側になっているのか……パンジーは呆れて長い溜息をつきながらも、再びローズを抱きしめ続けていた。
星が、綺麗だった。
「あのー、盛り上がってる所悪いんですが」
「……何?バレット」
「通信機、止めてませんよね?」
あっ。
「……ローお〜ズ〜ぅ?☆」
「と、止めてないです……」
「「ぎ……」」
「ぎ?」
「「ギィャアアアアァァァァアアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
惚気の大後悔、もとい大航海……じゃないや、大公開生放送という名の公開処刑に、二人は通信機の音が割れるほどの大音量で絶叫したのちに気絶した。





