■番外5 親バカ王子の企み
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「お帰りなさい、兄さん、姉さん。お疲れ様です」
城の一角。複数の魔術師が見守る中、部屋の中央に浮き出た魔方陣から現れたのは、ラディとシエネだった。葬儀の参列のほか、いくつかの『私事』を片付けたためか、ラディの表情はうれしそうだ。
「ただいまー。いやー、南の長旅って楽しいね!」
「観光に行ったわけじゃないでしょ。公務よ、公務」
「いいじゃん。そうだ! 今度はクロエも一緒に行こう!」
「ねえ? お兄様、私の話聞いてた?」
隣で、呆れたというよりは、疲れた様子で言うシエネを見て、クロエは笑う。どうやら旅先でも、兄の様子は変わらなかったらしい。まあ、向こうにいたうちの半分ほどは、従兄弟のキリエのところだったが。
ラディとはまた違う、人のよさそうな柔和な表情を浮かべて、クロエは二人を部屋の外へと促す。この我の強い兄と姉は、非常に困ったことに私生活ではマイペースも追加される。このままほっとけば、そのうち口げんか……というか、シエネの苦情をのらりくらりとかわすラディの、いつもの光景が始まるはずだ。
部屋の片付けもしなければならないのだから、管理者たちのためにも早々に退出させるべきだ。テイラーズ王家、末の王子クロエは、猛獣使いとあだ名されていた。その猛獣が兄と姉なのは言うまでもない。
三兄妹が揃って廊下を歩いていると、見事に同じ色合いが並ぶが、こうも顔つきが違うのだから面白い光景になる。後は髪の長さか。クロエだけが動きやすいからと短くしている白銀の髪が、実は手入れをするのが面倒だから切ったという、どっかの従兄弟と同じ理由なのを知っているものはいない。
「それで、向こうはどうでしたか?」
「人を舐めまわすように見てきたわ」
「前にシエネが言ってた、雪市行ってきたよ」
てんでバラバラな回答を頂いた。にこやかに笑いながらも、内心で「なんでお二人はこうもズレた返答をするんですかね?」などと思っているが、顔には出さない。
「大丈夫。葬礼の儀の報告は父上にするよ。クロエも立ち会ってね」
「それは構いませんけど、オレはあまり外交に首を突っ込めませんよ」
「知ってる。耳には入れておきなってこと。どうせそのうち、嫌というほど向こうに行くことになるんだから」
「……やっぱりですか」
「そうそう。僕らはあんまり国内から動けないからね、クロエ、頼んだよ」
あまり社交は得意ではないから、正直滅入る。おべっかを言ったり、腹の内を探り合うようなのはご遠慮願いたい。
「今しがた、外交に首を突っ込めない、ってオレ言いましたよね?」
「外交じゃないから、安心なさいな。クロエ」
鋭い目元をほんの少し和らげて、シエネが言った。
外交ではない……ということは。
「キリエですか? いよいよ王家に引き上げるんですか?」
「たぶん、ハウゼン家になるわ」
あっさりとした一言に、クロエは納得したように頷く。彼とイーゼルの関係を見れば、それもおかしくはない。キリエとイーゼルは、何も知らない人が見たら親子に見えるほどの仲だ。あの世でアガサ叔父さんが不貞腐れていそうな気がする程には。
「初めて弟子のエリノアを見たよ。可愛かったよー、お師匠様お師匠様って、キリエの後を付いて歩いててね! キリエもまんざらでもなさそうだったのが笑えた。本人には黙っていたけど。きっと僕の娘も可愛くなるよ。ああ! 早く大きくなって欲しいけど、反抗期が怖い!!」
キリエの弟子は雛鳥だろうか? ラディの例えは、たまに言葉どおりではないから考えてしまう。
「反抗期とか、むしろ呆れられて近寄られないだけかと」
「クロエ。僕の娘が可愛くならないって言うのかい!?」
「言っていません。反抗期以前の問題になると思っただけです」
親バカを体現したような姿に、クロエは静かに一歩引く。その可愛くなるだろう娘は、次の指切り姫候補だ。姉のシエネと同じように、まともな姫としての生活は望めない。
……だからこそ、今の内に思いっきり甘やかしているのだろう。後数年で、干渉など出来なくなるのだから。姉を見ているがゆえに、それが容易に分かる。
「クロエ、教会から呼び出しはあった?」
「いえ。禁忌の発現連絡は来ていません。今日はゆっくりできると思いますよ」
「そう、よかった。さすがに帰宅早々に呼び出しはされたくないわ」
肩がこったという様に腕を回すシエネ。移転の術は、そう頻繁に使えるものじゃない。術師の負担の大きさで、北でも少ない。そこに正確性と回数を考えると僅かなものだ。それをこの姉は肩がこった程度の表現で済ませてしまうのだから、恐ろしい。
自分でさえ、移転の直後は呼吸を整えるだけで精一杯だというのに。けろりとした顔で歩かれると、姉がいかに高位の魔術師なのかを見せ付けられる。
「父上。お帰りなさい!」
甲高い子供の声に、ラディの表情がパッと明るくなった。
「ただいまー、ベル。いい子にしてたかい?」
両手を広げ抱きしめた子供は、ラディの長子ベルドリード。次次代の跡継ぎは、笑うとラディに似ている。こうやってニコニコと笑っていた子供が、成長し二面性を持つのかと思うと、王族というのも世知辛い。
「はい、父上と違って真面目に勉強していました」
「ベルは手厳しい。シェルはお残りかな?」
「シェルは先生と庭で剣技の練習中です。リンは今、お昼寝中です」
「実技の時間だったか。教えてくれてありがとう、ベル」
ふと、親子のスキンシップを楽しんでいたラディが、にんまりと笑う。これはよからぬ事を企む表情だ。……なんだかとばっちりが、自分に来そうな気がしてきた。
「そうだ! ベル、一番に父様を迎えに来たから、先にベルにはお土産を渡そう」
「いいのですか?」
「はい。今回のお土産は、ちょっと違うぞ」
「違う? キリエおじ様からではないのですか?」
「ふふふ。キリエおじさんのは別にあるぞ」
もったいぶった様子でラディがベルに渡したものは、小さな箱だった。綺麗に包装されたそれは、確かに、キリエらしくないものだ。そう、女の子が選びそうな包装紙。
「可愛い包装ですね?」
「だろう。今のお土産は、キリエおじさんの弟子の女の子からだよ」
「おっ、女の子!? キリエおじ様のお弟子さんは女の子だったのですか!?」
貰ったお土産よりも、キリエの弟子に驚いている。まあ、ベルの驚きも分からなくはない。最初は自分だって、弟子は男だと思っていた。
「は、初めて、女の子から普通にお土産を貰いました」
今度は何故か、感動をし始めた。きらきらとした瞳で、宝箱でもみるようにお土産を見る。まだ箱すら開けていないのに、こういうところは兄に良く似ている。
普段ベルが貰うのは、点数稼ぎという名のお土産だ。そこに利害の絡まないお土産のやりとりは数少ない。まして女子だ。下手に繋がりを深くすれば、それから縁談に発展しかねない分、やりとりは非常に慎重になる。
親戚キリエの弟子ならば、その点を不安視する必要がない。兄も考えたな。
「あ、開けてもいいですか?」
「ベルのお土産だから、開けても平気だよ」
急いで開けたお土産は、これまた可愛らしい外箱が出てきた。パカリと箱を開けたベルは、何度も瞬きをして、やがて、
「飾りピン、でしょうか?」
「正解」
「あ、あの、ちょっと可愛らしくて恥ずかしいのですが……」
なんて言いながら、頬を赤くする。なるほど、完全にその彼女が選んだものか。
ひょいっとベルの箱をシエネが覗く。そしてしたり顔で頷いた。
「なるほど。お兄様、考えたわね」
「選んだのはエリノアだよ。一生懸命探してくれたんだから」
「ベル、どんなものなんだい?」
「は、はい。叔父上、こちらです」
そうクロエが聞けば、恥ずかしそうにベルは箱の中を見せた。クッションの上に留められたそれは、銀の台座に、丸い飾り。透明度の高いガラスで作られた丸い飾りの中、青く光る底に、三日月に猫が座っている形の銀細工が入っていた。目と首もとのリボンに色石が入っているのか、金色っぽく見える。
ああ、確かに、猫がいると可愛いかもしれない。夜空をイメージしているのか、星の形の銀細工もいくつか見える。しかもドーム状のガラスに模様が入っているばかりか、そろりとガラスを留める台座の部分は雲の模様に加工されていた。かなり小さいのによくこの細工を入れられたな。別方向で感心する。
「ちなみに、キリエは月だったわ」
こっそりと耳元で言われたシエネの言葉に、一瞬クロエは首を捻った。
「ダニエラは太陽、エリノアは星」
「……あちらは揃いで着けていたと?」
「そういうこと。弟子のお小遣いか稼ぎでも買える、超が付くほどお手軽な装飾品よ」
「それを量産している……」
「正解。怖いわねー、スピカヴィル。魔術を使ってない完全手作業だから、ウチじゃ値段が違うわよ、あれ」
「いっそ技術交流まで持って行きたい気分になります」
技術屋国家恐るべしだ。
「後でお礼を書かないとね。そうだベル! 一つお願いがあるんだが聞いてくれないかい」
来た! 嫌な予感!
「お願い、ですか? お礼は自分で書きますよ?」
「うんうん、自分で書くのはいいことだ。実はね、キリエおじさんの弟子の女の子、エリノアと言うのだけれどね、今、飾り文字の勉強をしているんだ」
「職人のお弟子さんなのに、飾り文字の勉強をしているのですか?」
「そう。それでね、南の飾り文字のほかに、北の飾り文字の勉強も始めるらしい。そこで、ベルにお手伝いをお願いしたいんだ」
「父上……も、もしかして、そのエリノアさんの、勉強のお手伝い、ではないですよね?」
「そう。ベル、君も南の飾り文字の勉強をそのうち始めないとだろう。だから、エリノアと飾り文字で文通しよう」
「へ!? ぶ、文通!? む、無理です! 父上! そんな! 女の子と文通とか! ボク無理です!!」
顔を真っ赤にしてそんな事を言うあたりに、初々しさを感じる。いっそ微笑ましい光景だ、本人は全力で拒否したいのだろうけれど。
ラディはそんな息子の肩に手を置くと、真面目くさった表情で口を開いた。この表情の兄の考えに、ろくなことはない。
「飾り文字は、実践で覚えるのが一番早い。だからベル、エリノアには君の力が必要だ。僕ではダメなんだ」
「ち、父上ではダメなのですか?」
うむ。そう言うように、ラディは神妙な顔で頷く。この兄の言葉、どこまでが本当のことなのか。すでに絆されかけている、何も知らぬ甥を不憫に感じてしまうのは不可抗力だ。
「でも、ボク、本当に女の子と手紙なんて、何を書いたら……」
「難しいことじゃない。エリノアは民間人だ、そしてなにより南大陸の人だ。ここでの天気や、季節によって咲いている花、食文化だって違う。そういった事を書けばいい」
「ほ、本当に、そんなことでいいのでしょうか?」
「大丈夫。エリノアは手紙を書くのが好きだそうだ。だから普通のことでいい。ちょっと遠いお友達へ、テイラーズの良い所を教えるだけだ」
「……わ、分かりました。ボク、エリノアさんのために頑張ってみます!」
「よく言った! それでこそ僕の息子だ!」
……甥よ、兄さんの無理やり論で絆されたな。まあ、政治がらみの手紙じゃないなら大丈夫か。
さっそく何を書くか考えると、廊下を走って部屋に戻ってしまったベル。……南の飾り文字で書く、ということを忘れてやいないだろうか?
「それで兄さん、本当の所は?」
「んー、エリノアがデビュタントみたいなことをするらしい。そのときにテイラーズの王子と文通するほどの交流があると知ったら、箔が付くと思わない?」
「自分の息子すら利用しますか」
あきれた。
「ついでに弟も利用する予定だ」
「……やっぱりですか。で、本音は」
「キリエは正式に貴族席を得るが、エリノアは民間人のままだ。叩くなら、エリノアを叩くだろう。さて、そこで民間人のエリノアが、テイラーズの王子と交流があると知ったらどうなる?」
「嫌がらせの牽制ですか」
大正解。と拍手をしながら、ラディは言った。どのみち別件の事情でも交流を持たせておくつもりだったし、とも続ける。その別件が非常に気になる。
「エリノア……というかキリエだけど、北の飾り文字の辞典は持ってないって、聞いているから。そこら辺も含めて、ベルのお礼の手紙と一緒に届けに行ってね」
「拒否権を行使してもよろしいでしょうか? 兄さん」
「行使不可。ま、クロエも少し向こうで骨休めしてきな。キリエに会うのも久しぶりなんだし。あ、そーだ、戴冠式の夜会で着るドレス、シエネのだけど、一着、向こうの仕立屋に発注するから。その注文もお願い」
「あら? 仕立ててくださるの? お兄様」
「良好関係を示すのに、相手国の服を着るのはお手軽だろう」
今の会話が向こうの人たちの耳に入らない事を、クロエは祈るばかりだ。
「ついでだ、戴冠式の招待状を一通せしめ取って来い」
「……なんでソーマがここにいるんだい」
突如割り込んできた声に、ラディが嫌そうに振り向いた。そこには、何枚もの布を重ねて巻きつけた、独特な衣装の青年が立っていた。
にっと八重歯を見せた笑みが実に野性味溢れている。飾り紐を結んだ短い髪は、収穫間近の麦のような色、赤みがかった茶色の瞳。体躯のいい青年は、テイラーズと同盟関係にある国、カリエルドの王太子、ソーマだ。
「ちゃんと感動の親子再会の邪魔は避けたぞ?」
「それは感謝するけどさ。もー。戴冠式の招待状とか、せしめるとか言わないでくれる?」
「そうか? 駄目なら、お前んところの交易協定に一枚かませろ」
どちらもソーマの国にはメリットしかない。どこでラディの帰国を嗅ぎつけてきたのやら。
あれ、でも確か。父さんたちが、ある程度交易に慣れたなら、カリエルドも参加させようとか話していたような気が……。うん、黙っていよう。
「んー、じゃあ、君のところの名産、発泡酒の輸入制限枠を上げて」
「んな!?」
「駄目なら、ウチの輸出分の酒税を下げる」
「おいおい、そいつはねーだろ」
「戴冠式の招待状は、そのくらいの価値がある。違うかい?」
「ぐぬぬぬ。ラディ、手加減しろよ。親父に説明すんの大変なんだぞ」
「ガンバ!」
兄はこれ見よがしにいい笑顔だ。これ、後から交易に参加させる腹積もりがあることは、黙っている気だ。
「ちっ、制限枠の上限を上げる。それと、ついでだ! ラフィガン織りの絨毯、お前のところは安く取引する!」
「乗った!! 任せてよ! ちゃっちゃと招待状貰ってくるから!」
……今、マティアス王子に同情してしまった自分がいる。姿絵でしか見たことのない王子に、クロエは心の中で手を合わせた。
「あ、じゃあさ、手ぶらは拙いから、なんかめぼしい物用意してよ。なんだったら今言ったラフィガン織りの絨毯とか、あとは、そうだな、女性向けの装飾品とか?」
「酒類、あっちはどうだ? 発泡酒は珍しいだろ?」
「あ、そうかも。ワインとかの醗酵酒はあったけど、炭酸みたいなのはなかったね」
「おし。じゃあ、ウチの酒類と……」
すぐ目の前で始まった物凄くラフな、それでいて重要な政治的取引。それをシエネと一緒に、加わることなくクロエは眺める。その手土産と一緒に、自分が招待状を貰ってくる仕事が、この瞬間に確定したことをクロエは悟った。
久しぶりの公務が南大陸の王子への訪問で、そして招待状を一通貰ってくるというとんでもなくハードルの高い物になってしまった。現実逃避をしたくなるが、逃げても事態は変わらない。後で姉に、アンカルジアの外交交渉の話を聞いておこう。
影が薄いことで有名なテイラーズの第二王子、クロエ。彼は出てきた頭痛にこめかみを指で押し揉み、一人盛大なため息をついた。
ちょうど同じ頃、エリノアとマティアスが同時にくしゃみをしていたことを、彼らは知らない。
■□葬礼の儀・裏話編 終了。
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誤字訂正
第三王子→第二王子。
連絡をくださった方、ありがとうございます。
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