三年、未来の約束(完結)
目を閉じると思い出す。春の約束。
何度も何度も思い出しては、それを支えに想ってきた。
卒業式の前から当日にかけて告白ラッシュがある。
別に卒業式じゃなくてもイベントごとで告白は多く見られるのだけれど、この学校にはジンクスがあるので卒業式が好まれた。
桜の木の下で告白が成功すると、長く結ばれる。
どこかでありそうなジンクス。でも、学生としては最後のチャンスに賭けたいのだと思う。
「最後……」
いつもより口数が少ない歴史準備室で私の呟きは寂しそうに響いた。
カフェオレにも口を付けず机の上に置いたままだ。
色んな人の告白が耳に届き、私も先生も疲れていたんだと思う。
一年後の卒業を思うと少し悲しくなった。
「どうした?」
羽ケ崎先生が聞き返してくれたことで僅かに心があたたかくなる。
「ここからは桜が見えないな、って思っただけです。ここは静かですね」
「そうだな。桜の木の下は賑やかだろうな」
「知ってるんですか?」
「え」
「いえ、なんでもないです」
「んー、なにかな。里衣ちゃん、言いたいことがあれば言えって、いつも言ってるよな?」
うわぁ。気付いていて意地悪な声を出してきてる。
「先生ってそんな可愛らしい喋り方できたんですね」
「お前は年々可愛くなくなっていくな」
「可愛くなくて結構です」
言葉を吐き捨てて、カフェオレを一口飲む。
先生の笑い声が耳に届く。
「約束しようか」
え、と聞き返す声は私の口から出なかった。
「そうだな。じゃあ、あの日にしようか」
――誕生日。
すっと小指を差し出された。
「なんですか、これ」
「ゆびきり」
先生は少年のような笑顔でそう答えた。
私も可笑しくなって声を出してくすくすと笑う。
「せんせい、可愛いですね」
「お前は――」
また可愛くないと言われるのかと思い身構えていると、先生の目が細められた。
「里衣は可愛いよ」
どきん、と心が飛び上がる。なにも言えなくなった私をよそに先生は楽しそうに笑う。
私は悔しくなって口を閉じたまま、小指を絡めた。
*
卒業式を終えた足で私は歴史準備室に行く。
いつものように招き入れてくれると羽ケ崎先生は話した。
「待ち合わせをしよう」
脳裏に蘇る、あの時の言葉。
――誕生日に待ち合わせをしよう。ジンクスを試そう。
頭の中の言葉と重なるように先生は口を動かす。
「三月末に桜の下で待ち合わせをしよう」
覚えていてくれた。あれから一度も聞き返すことはしなかったのに。
じわりじわりと指先が熱くなって、後ろ手に持っていた手紙に力を込めた。
「先に、言われちゃいました」
「そうか。俺たち気が合うな」
「そうですね」
「里衣、」
相槌をするも返事を促すように名前を呼ばれる。
頬を緩ませながら胸を張る。
「もちろんイエスですよ。ノーはありえないです。待ち合わせしましょう」
先生の満足そうな笑みを見て、手紙を隠すのを止めた。
「手紙で呼び出して告白、ってやってみたかったんですけどね」
「じゃあ、約束の日に貰う。生徒じゃないから問題ないだろ」
「それ手紙の意味ないですよね?」
「手紙を貰うことには変わらないだろ」
「そうですけど、……日時と場所しか書いてないですよ」
「里衣から貰えることが嬉しいんだ。ずっと、我慢してきただろ?」
想いを告げるイベントは学校生活の中で多すぎた。できていく恋人たちを見ながら羨ましいと思ったこともあった。でも、私は想いを告げる言葉を飲み込んだ。
我慢して、思い出だけをつくることにしていた。
それも、もう終わる。今日校舎を出て門を潜ったら終わり。最後。
「羽ケ崎先生、三年間有難うございました」
悲しくて寂しい。もうここで言葉を交わすことはないけれど、私には春の約束がある。