教訓、ダラダラ喋ってるといろんな意味でロクな事がない
「ヨ、ヨォ、ヨヨヨ…?」
霧の中を歩きながら、ヴァールさんが何やら珍妙な事を口走っている。そして俺はそれを耳にして、必死に笑いをこらえていた。
いや、自分の名前の事を珍妙だなんて言うのはおかしいけどさ。それでもおかしい物はおかしい。
「ヨ、ヨォミ、コェスケ…コ、スケ…うぅむ、やはり呼びづらいぞ、お主の名は」
「クプッ…そこはまぁ、文化とかの差って事にして妥協しましょうや」
「…主、今笑って」
「滅相もございません」
あの後、ヴァールさんの愛称を決めてから自分の名前を教えたのはいいが、どうもあちらさんには俺の名前の方が呼びにくいらしく、未だに苦戦していた。
そして俺はと言えば―
「にしても、なんなんスかここ。霧でなんも見えないや」
「…噂には聞いていたが、ここまで瘴霧が酷いとは…」
「ショウム?この霧の事?」
ショウム、とかいう霧のせいで、森の中がどうなっているのか、まともに視認できず弱っていた。駄目だ、どれだけ歩いても、木以外に一向に何も見えてこねぇ。
てか今、噂には聞いていたって言った?それってつまり…一度もここに来た事ないのか?
「うむ。この霧は魔の者共の気配を掻き消し、人の持つ認識の力を衰えさせる。それどころか、大いなる『光の主』の力すら、この地を覆う邪悪なる霧の前では、力を十二分に発揮できぬという」
『光の主』という単語を口にすると、ヴァールさんは天を仰いだ。釣られて俺も空を見上げるが、空にも広がる霧しか分からない。太陽の光の暖かみさえ感じないが、確か霧に光を当てると、乱反射してどうたらこうたらって聞いた事があるな。つまり、ここにもそれなりに光が届いてるって事だ。現に、霧は濃いけど、森の木々が視認できる程度にはやや明るいし。
と、そこまで考えて、ヴァールさんの言う『光の主』が何の事なのかを理解する。
「…もしかして、太陽の事なのかな…」
「ん?なんぞ言ったか?」
「あ、いえ、何も…」
とりあえず呟くだけに留めておいた。どうも彼女の口振りからにして、太陽は神様みたいな扱いらしい。それで馬鹿の一つ覚えみたいに「あれは太陽だ」だなんて言うのは、二流、いや、三下のやる事だ。郷に入ってはなんちゃらって言うしな。友達も誰もいないところなら尚更、マトモな現地人ってのは非常に貴重だ。仲は良好な物にした方がいいに決まってる。
…マトモじゃない奴?とりあえず、ぶん殴ればいいんじゃないかな。
けどまぁ、別に不思議に思う事でもないな。歴史の本で書かれてた事だが、昔の人々はありとあらゆる事象―天気だとか、昼と夜とか―が、神様や精霊の仕業だと思ってたって言うし。ヴァールさんの国も、銃は存在するけど、そこまで文化的に発展してないって事なんじゃなかろうか。
「それで、俺…僕らは、一体何処を目指してるんです?」
「そうさな。出来れば早急に此処を脱出できれば苦労はしないのだが、ここでは方位石も使えぬときた」
そういうと、ヴァールさんは懐から、見覚えのある円形の物を取り出した。方位磁石だ。どうやらこの世界にも、磁石はあるようだ。名前は若干違うが。てか、滅茶苦茶ガタガタ動いてる。
方位石と呼ばれたそれを覗き見てみれば、中に入っている尖った石が、中で大暴れしている。
「石の精霊も、何かに怯えているようでな」
「へぇ…」
顔は欧米系?西洋系?まぁとにかく、ヨーロッパ辺りにいそうな顔つきなのに、考え方は妙に日本臭いんだな。どんな物にでも精霊だとかが宿ってるって考え方は、日本特有のものって聞いたような気がするぞ。
いや、昔のヨーロッパの人の考え方知らないから、何とも言えないけどサ。つかここ、そもそも日本でもヨーロッパでもないから、全く異なるアレかもしれないし。
そこまで言って、ふと当たり前の事に気付く。
「…ん?てことは、その方位石とやらは使い物にならないって事でしょ?」
「まぁ、な」
「つまり僕ら、何処に向かってるのかも分からないって事なんじゃ…」
なんてこった。今の俺達はまさしく、山の中の遭難者じゃないか。もしくは目が覚めたら森の中にいた、みたいな。しかも、いつまたあのオーク(仮)が襲ってくるかも分からない。
天国の父方の爺ちゃん。どうやら僕は異世界に来ても、相変わらずこういう事に巻き込まれるみたいです。慣れたけど。悲しい事に慣れちゃったけど。
「恥ずかしながら、この瘴霧で自由に行動する手段は、未だ確立出来ておらぬ…む?手で目元を隠しているが、もしや泣いておるのか?齢は分からぬが、お主もまだまだ子供なのだな。悲しくなるのは分かるぞ…」
また誤解されてる…いいや、悲しくなるって意味じゃ間違いじゃないし。何度も何度も巻き込まれて、遂にはたまたまやってきた異世界でも同じような事に巻き込まれるとか、悲しくならない奴いるの?せめて異世界ぐらい…夢見たって…あ、やべ。マジで涙出てきた。
「ぐずっ…と、とにかく、今後の方針とか、そういうの考えましょうよ…」
「そうさなぁ…せめて光の主の力が及ばなくなるまでに、何としても一晩過ごせる所を探さねば…」
「…ちなみにそれ、何時間後なんです?」
「何…ジカァン?」
え、この世界って時間の概念無いの?それとも言葉を知らないだけ?
「えぇっと、つまりあとどれぐらいしたら、夜…というか、暗くなるのかな、と」
「…あぁ、刻の事か?参ったな…我々は基本的に、光の主が今どこにおられるかで判断しておるのだ」
よかった。時間って概念はあるらしい。ただし日時計らしいけど。日時計しかないんじゃ、後どれぐらいで日が沈むか分かんねぇよなぁ…俺も腕時計は持ってきてるけど、こっちに来る直前の元の世界じゃ夜中だったから、時計のデジタル表示も夜中のそれになってるからアテにならないし。
「見ての通り、瘴霧は光の主より放たれる光を弱める。ある程度までは明るく保たれるが、光の主が力を蓄えるべく天より去れば、全てが闇に包まれるのだ」
「…にしたって、火を使えばそれなりに明るくしたりできるでしょうし、それに月明かりとか星の光とか、そういう目印ぐらい…」
星が見えるなら、現在地が分からない時に役に立つっていうのは小学生の時に習った事だ。特に北極星が一番わかりやすい道標だろう。
「ホォシ?なんだそれは。夜になれば邪なる『原初の黒』が、全てを喰らい尽くすではないか」
オー、マイゴッド。そもそも星という概念すらないと来たぜ。しかも聞く限りじゃ、夜になればなーんにも見えなくなるって事じゃね?マジで?
そりゃ、何も見えない所をあっちこっちに歩き回った経験ぐらいありますがね。それだって屋内みたいなもんだったし、まさか何もなさそうな外でそうなるとは、俺も予想外としか言い様が無いよ!畜生、どうせ使い物にならないからって、懐中電灯持ってきてないのは痛すぎるぞ。これは流石に焦るわ…。
「まぁいざという時の為に、灯りになる炎や光の召喚符は持ってきてはいるが、長続きはせぬ。それに灯りを灯せば、逆に周りが見えなくなって危険だ。もっとも、奴らが接近するのは容易く察知できるがな」
「奴ら?」
あのオーク(仮)の事か?
「決まっておるであろう。オルク。先ほど我らに襲い掛かってきた者共の事だ」
「オルク…」
ニアピン、かな。確かオークって、英語でOrkって書くって記憶してるけど、読み方が違うのか、それとももっと別の何かがあるのか。
…やめよう。さっきから一々気になってたんじゃキリがないし、後回しだ。大体、俺の脳ミソじゃ、流石に限界がある。
見ろ、思考の海に潜ってたら、ヴァールさんが心配そうにこっち見てる。
「い、いやぁ、俺、あんなの見た事がないんで。それになんでアイツら、人間の服っぽいの身に着けてるんですかねぇ…」
そんな事を言うと、だ。不意に、ヴァールさんの表情が暗くなった、ような気がした。いや、気のせいじゃない。しくったな…地雷だったか?
流石に地雷踏み抜くのはまずいし、何か話題は…あ。
「こうやってダラダラと…もとい長々と会話しながら歩いてますけど、一向になんも見えてこないッスね!それに心なしか、暗くなってきたような気がするんですケド…」
「む…まずいな。こうしてはおれん。急ぎ、一晩を過ごせそうなところを探さねば…」
うわ、今更気づいたけど、べらべらとお喋りしてたら辺りがどんどん暗くなっていくじゃないの。うぐぐ、俺としたことが、なんでこんな冗長な会話しちまったんだ…バカ!ウカツ!
「えっと、オルクって奴ら、夜目が効くんです?それとも夜になると五感が鋭くなるとか?」
「知らぬ割には、勘がいいのだな。そうだ。オルクは基本的に愚鈍で、接近を察するのはさっきも言った通り容易だ。だが、原初の黒が支配している間は、完全に奴らの刻だ。お主の言う通り夜目が効くし、動きもそれなりにだが機敏になり、凶暴さも増す。…唯一救いなのは、酷い臭いも増すという事か」
…どんな臭いかはあえて聞かないでおくとして、それなら更に接近に気づけるってわけだ。できれば匂いたくはないけどさ。
「それと、これは先遣隊の生き残りが話していた事だが…奴ら、強い光には弱いらしい。いざとなれば、光の召喚符を使って逃げられるというわけだ」
「…ま、あの調子だと倒す事もできなさそうですしね」
倒せないのは、別に問題じゃない。倒せない奴を相手にするなんて、よくある事だったし。逃げるが勝ちとはよく言ったもんだ。しかし、ただ逃げてるだけじゃ駄目だ。生憎と、ゲームの主人公みたいに無限に歩き続けられたりできる程の体力は持ち合わせてない。
とにもかくにも、どこか一晩やり過ごせて、少しでも休めるところを探さないと…。
まぁそんな風にやってるから、どんどん真っ暗になっていくんだけどな!
「…なんていうか、すいません」
「?何故謝るのだ?むしろ私の方こそ、頼りなくてすまないと思っているというに」
「アレですよ。自分なりのケジメ、みたいな…」
謝っておかないと、こっちもやってらんねぇわい。主に精神的に。
とにかく前に進むしかない…と、俺達は足を早め――
それから僅か十分程。
「…暗く、なってしまった、な」
「…そうッスね」
1mどころか、1cm先すらも分からない程に真っ暗になりましたとさ。…参ったな、予想以上の暗さだ。自分がどっちを向いてるのかすらも分からないし、そもそも自分が存在しているのかすらも怪しくなってくる。それに加えて、酷く静かだ。滅茶苦茶叫びたくなるけど、オーク、もといオルクを引き寄せない為にも我慢するとしよう。
つか、あれ?ヴァールさん何処行った?隣にいたと思ったんだけど、気配すらないぞ?
「ええい…噂には聞いていたが、気配が一切感じられぬとは…」
すると、近くから何か紙が擦れるような音がする。あの時使っていた、召喚符とやらだろうな。そして、俺には到底理解出来ない言語で、ヴァールさんが何かを呟く。
なんでそこは吹き替えられないんだ…?
そんな風に疑問に思いつつ、音の聞こえる方を向いているつもりで、暗闇の中で視線を巡らせていると、ふと妙なものが見えた、気がした。
「ん?今なんか青いのが…」
まさか、とは思った。気のせいかもしれないが、確かに何か…ぼんやりとした、青いものが見えた。光だとか、そんな明るいもんじゃない。
その青い何かを探し、もう一度見渡す。
意外にもそれは、あっさりと見つかった。やや離れた所にぼんやりと、いつぞやの番組で見たようなオーラめいたものが見える。薄暗い青のオーラ。
黒色に青色だとすげぇ分かりづらいもんだけど、どういうわけか俺には、際立って見える。ぼんやりとしてるのに際立ってるってなんだか矛盾してるような気もするが、実際そうなんだから仕方がない。
そう、例えるなら、黒の背景に、関係のないものをペタリと貼り付けたような感じだ。
と、その青いオーラが見えたところで、いきなり背後が明るくなった。
振り向いてみれば、ヴァールさんが掌に眩く光る何かを乗せている。あれが光の召喚符とやらだな。
警戒するように少しきょろきょろと見回すと、こっちの方に歩み寄ってくる…ん?なんでちょっと顔が強張ったのさ?まさか俺が一瞬オルクに見えちゃったとか?
それはそれで傷つくぞ…って、それどころじゃない。
もう一度、さっきの青いオーラが見えた方を振り向くが、そこにはただ闇が広がるだけ。見間違い?それとも気のせい?いや、そんなハズはない。「気のせいだな」とか思っちゃう時は、大抵何かあるんだ。
「ヴァールさん、さっき向こうの方に何か、青いのが見えましたよ。何か心当たりあります?」
「青い?馬鹿な。光を発する物があっても、まともに物が見えぬと言うに」
「そう言われても、見えたもんは見えたんですって。あっちの方」
どうやらヴァールさんには見えなかったらしい。まぁ、それならそれで怪しく思うよな。見えないハズの物が見えるって、俺ならともかく、誰だって怪しがるだろ。
でも、こんな常に命の危機に晒されるような所で、延々と駄弁りながら右往左往してるより、何かありそうな方に希望を持って進む方が良いに決まってらぁ。少なくとも、俺の経験上では、だけど。
「とにかく、行ってみましょうや。こんなトコにいたって、オルクに襲われるだけですって」
「っておい!無闇に動くものでは―」
いやいや、さっさと行った方がいいでしょうよ。明かりもあるんだし、それに方角も分かってるから大丈―
「ゴベッ!」
「…だから、言わんこっちゃない。この辺りは木が生い茂っておるから、光で逐一確認せねば、ぶつかってしまうぞ。今のお主のようにな」
…前言撤回。ええ、そうですね。無闇に動くもんじゃないッスね。俺とした事が、基礎中の基礎を忘れてた。そりゃ真っ暗なんだから、何があるか分かんねぇもんな。じゃなきゃ、こんな風にマヌケにも木にぶつかる事もねぇもん。
あ゛ー、鼻が痛ェ…。