すたーと
「う、あ。 あぁ。」
彼女の声が聞こえる。年代物のオルゴールのように、綺麗な声が。
「あ、うあ、あぁ。」
彼女の首筋に注射器が刺さる。美術書の中の彫刻のように、美しい首筋に。
「あ、が、あが、うぁ。」
彼女の体の中に透明な液体が注ぎこまれる。雲に隠された月のように、愛しい体に。
「さあ、神の誕生だ。」
そういって、注射器の中の液体をすべて注入した白衣の男は、彼女から手を離した。
「君も神にしてあげよう。」
男が近づいてくる。スタンガンをあてられた体は動くことはない。彼女の方を見る。彼女は本当に美術品になってしまったかのように動かない。
男が僕の首をつかむ。
苦しい。怖い。彼女もこんなことを感じていたのだろうか。もう一度 彼女の方に目をやる。ついさっきまでこのワンピースかわいいでしょだとか、初デートだとか、はしゃいでいた彼女は、そんなこともすべてなかったかのように、静かに横たわっている。
注射器の針はもう目の前にあった。
痛い。気がつくと、僕の背中は地面についていた。
首も苦しくなくなっている。
白衣の男はいつのまにかいなくなっていた。
唯一、彼女だけが、なにも変わっていないかのように、アスファルトの上にいた。
手を伸ばす。届かない。思うように体が動かない。
誰かの足音が聞こえる。足早に近づいてくる。きっと路地裏で寝っ転がっている二人の若者を見つけた人がいたのだろう。
もう大丈夫だ。見つけた人がどんな人かはわからないが、少なくとも背後から急に人を襲うような人物ではないだろう。
なぜだかまぶたが重くなってきた。彼女を見る。僕が守れなかった彼女を。
視界がぼやけていく。もっと彼女を見ていたいのに。
もっと見ていたいのに。もっと見ていたいのに。
もっと、もっと、見ていたかったのに。
こうして彼女は神になった。
ほんわかした話をめざしたい。