表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錆色の鎌  作者: 左藤
14/14

エピローグ

「ねえ、ヴァルさん」

「ん? なんだよ」


 ようやく掃除の終わった家の前に、二人は並んで立っている。ヴァルが前の仕事から足を洗って、この街に引っ越しすことになった。ヴァルは一緒に暮らしたがったが、「そこはちゃんと段階を踏んで」とランに言われ、渋々彼女とは別に構えることになった新居である。ヴァルはむすくれたが、それでも、二人が誰にもはばかることなく並んで立てるようになった、記念すべき日でもある。


「やっと、ですね」

「ああ、そうだなあ」


 実際に共にいた時間はそれほど長くない二人だが、端から見たら、その様子は最初からそうあるべきだったというように、自然だった。


「…ラン」

「はい?」

「本当に、いいのか?」

「何がですか?」

「ああ、なんつーか、その…」


 どうにも煮え切らない。


「その、俺なんかが、そばに…」

「またそれですか。良いって言ってるでしょうに」


 どうにもヴァルは、まだ現実に戻れていない気分のようで、暇さえあればまとわりついてくる割りに、こうして何度も聞いてくる。鬱陶しいが、このガタイで捨てられた子犬のような目をされれば、ランも強くは言えない。どういうわけか髭も復活していて、少々むさ苦しい。


「ねえヴァルさん」


 ランは、ヴァルの目を見据えた。


「ヴァルさんは、確かに悪いことをしてきたんだと思います。でも、私だって、地位に甘んじて、楽な道を選ぼうとしていた。子供みたいに甘えていた…」


 お互いがお互いに悪いところがあったのだ。


「だからもう、忘れましょう。私も、ぬくぬく生きていた恥ずかしい過去の自分は忘れます。だからヴァルさんも、“鎌”の旦那なんていう似合わない名前、さっさと忘れちゃって良いんですから」

「ラン…」

「だから、もう、そんなこと言わないでください」

「…ああ、そうだな」


 ランの優しさにヴァルは救われ、ヴァルの暖かさに、ランは安らぐ。


「錆び付いた名前なんか、さっさと忘れちまうにこしたこたあ無えか」


 今はそんなものより、ずっと大切なものがある。


「だがな」

「はい?」

「自分がしてきたことを忘れるつもりは無えぞ」


 それは、忘れてはいけないことだ。忘れずに生きねばならない。忘れたら、今度こそ自分が憎んだような人間と、同じになってしまうから。


「ええ。逃げちゃダメですよ」

「誰が逃げるかよ」


 にこりと笑ったランに、まぶしそうに目を細めるヴァル。


「と言うかもう、ウォン隊長にも話をつけちゃったんですから」

「あー、そうだったな」


 ランの伝で、ヴァルはこの街の警備隊に入ることが決まっている。


「あのおっさん、苦手なんだよな」

「ヴァルさんに似てますよね」

「全然似てねえよ」

「似てますよ。顔が怖いところとか」

「余計なお世話だ!」


 ちなみに前の職場からどういう経路でか話が行っているらしく、ヴァルは早々に隊の一つを任されることになっていた。ヴァルが緊張の面持ちで前の上司に会いに行ったら、案外簡単に辞める事が出来たのだが、抜かりなく先回りしているところを見ると、要するに『必要になったら容赦なく駆り出す』ということらしかった。


 それでも精一杯の譲歩なのだろう。そこは感謝するしかない。


 ケタケタ笑うランは、今日もこの時間を満喫する。そんなランに、やがてヴァルも笑う。


 二人とも話すこともやることもある。離れていた時間を埋め合わせたり、もう少し先に歩を進めたり、せっせと日々を生きたり。ともすれば生涯逢う事も無いはずだった二人は、こうして並んで立っている。


 まだまだ始まったばかりだが、前のように、何かに迫られるような、終わりを予感する時間ではない。おずおずと、怯えて傷つけ合うようなことも無い。


 二人には、まっさらな未来がある。


「いよいよ今日から、ですね」


 新しい生活。新しい人生。


「覚悟は良いですか?」


 ヴァルにとってこれからの日々、知らないことばかりなのは当然で、不安が無いといえばそれは嘘だろう。ランもそうだったように。


「望むところだ」


 それでも、頼もしく堂々と胸を張っている。


「…今まで出来なかったこと、沢山しましょうね」

「…そうだな」


 相変わらず強面のヴァルだったが、ランに向けた眼差しは、やはり優しい。


「お前の方こそ」

「何ですか」


 ニヤリと笑う、その男。


「楽しみにしとけよ」


 ともすれば震え上がりそうな迫力のある表情でも、ランには関係ない。ただ何となく、ずっとこの隣にこうして在るのも悪くないと、不思議なことを思うだけだ。


「当然です」


 やること、やりたいことは沢山ある。でも、そう焦ることもない。ゆったり構えていればいい。何事もなければ、出来るときに出来ることをして、進めるときに前に進んで。


 別に急ぐ必要も無いのだ。


「では、行きましょうか」

「おう」


 何しろ時間は、これからいくらでも、山ほどあるのだから。

読了ありがとうございました。後書きは活動報告にて!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ