8『もののあはれなきんのとび』2
何十年経ったでしょうか。金の鳶は普通の鳶よりもとても長く生きました。
金の鳶は大人になっていき、他の鳶と比べて異質さを自覚していくようになります。気持ちの器に空いた多くの穴はふさがってゆきますが、無数のヒビが入っていくのです。
仲間の前以外では、普通の鳶と変わらない姿になっています。
金の鳶から普通の鳶と偽って彼は空を飛び、お使命として世を乱す悪を倒してゆきます。例え、自身と同じ姿をしたものでも、悪いものならば倒していかなければなりません。何度何度倒していくたび、気持ちの器にはいるヒビは多くなります。
雨の日。今日も金の鳶は使命を終えました。雨に濡れぬように近くの木の枝に止まります。雨の音がぽつぽつ。さあさあと振っても、金の鳶は静かなまま。
仲間の前に出る言葉はありますが、仲間の前では出ない言葉もありました。
幼い頃に、故郷を滅ぼしたのをいつまでも覚えている。好きだった鳶も、かつての家族も手にかけて。思い出す度に金の鳶の心はすり減って、気持ちの器が壊れて、虚ろになりそうでした。
もののあはれな金の鳶。雨の音に何も感じなくなりそうなとき、一羽の雌の鳶が近くの木の枝にとまりました。
その鳶は、どこにでもいる普通の雌の鳶です。雌の鳶は羽を繕いながら、金の鳶に気付いて声をかけます。
「あの、すみません。一緒の木に居てもよろしいですか?」
恐る恐る声をかけられました。金の鳶は何も言わず頷いて、一緒にいるのを許します。
ぽつぽつ、さあさあと降る雨。金の鳶は静かに立ち続けていると、彼女は不思議そうに声をかけます。
「見ない鳶ですね。どこから来ました?」
「遠くから来ました」
金の鳶は答えました。
「遠くとは?」
「遥か、遠く」
「それは、雪のあるところ? 暑いところ?」
「どちらもありました」
雌の鳶は不思議そうに聞いて、金の鳶は答えます。
遥か遠く、それは普通の鳶にとっては昔のことです。雪のあるところと暑いところは、金の鳶が味わった過ぎゆく季節のことです。嘘は言ってない言葉ですが、本当のことでもなかったのです。
雌の鳶は空を見ます。
「雨、やみませんね」
「そうですね」
話を振れば、金の鳶は淡々と答えます。雌の鳶は金の鳶をみ続けて、それ以上話すをやめました。
しばらくして雨が上がったあと、空には雲の合間に光が入ります。
雌の鳶は雨がやむのを見ると、金の鳶に頭を下げしました。
「話をしてくれて、ありがとうございます」
「──いえ、大したことはしておりません」
話という話をした気はありませんでした。金の鳶が雌の鳶に向けた話し方も良いものではありませんでした。
ですが、その雌の鳶は何も知らず明るく言うのです。
「こうしていつか会えたらいいですね」
「……いつかきっと」
そう答えて、金の鳶は木の枝から降りて空へと舞います。また会えるかどうかという言葉は何度か聞いたことありますが、金の鳶は会えたことはありません。金の鳶と普通の鳶は生きる時間が違います。
いつか、きっとという言葉は曖昧ではありますが、金の鳶にとって別れ際に言うに便利な言葉でした。
金の鳶が使命を終えた日。いつものように姿を普通の鳶にして、空を飛んで木に止まりました。金の鳶がとまった場所は前に雨宿りをした木です。
雨の日のことを思い出していると。
「あ」
驚いたような声が聞こえたのです。金の鳶が声のした方に向くと、雨の日に出会った雌の鳶がいました。雌の鳶は金の鳶と少し離れた場所におり立ち、嬉しそうに声をかけます。
「お久しぶりです。また会えましたね」
「ええ、はい」
金の鳶はまた会うとは思ってませんでした。驚く金の鳶に、雌の鳶は無邪気に笑います。
「鳶さん。お話しませんか?」
「ええ、はい」
金の鳶は拒まず、雌の鳶と話をしました。雌の鳶にとってはお喋りですが、金の鳶は質問に答えるだけでした。
お喋りと言えなくても雌の鳶は楽しそうに聞き、金の鳶にペコリと頭を下げました。
「たくさん聞いてすみません。でも、お話してくれてありがとうございます」
「いえ、大したことはしておりません」
「そんな事ありませんよ」
「大したことはありません」
雌の鳶は金の鳶に対して首を横に振り、金の鳶の目を見て話します。
「いいえ、質問ばかりの私に貴方は答えてくれている。それはとてもすごいことですよ」
「それは、私が変わり者だからです」
「私も鳶の皆から変わり者って言われますよ」
「それは、目立てば言われるものです」
幼い頃、目立っていたからこそわかります。ですが、金の鳶のことを何も知らない雌の鳶は嬉しそうに微笑みます。
「同じですね」
変わり者だから同じと言ったのでしょう。ですが、他の鳶と異質であることを知っている金の鳶は言われて、腹が立ったのです。
「──同じじゃない!」
声高に怒って叫びました。金の鳶の怒りに雌の鳶は驚いております。金の鳶は我に返って、黙ったまますぐに空へ飛びました。
もののあはれな金の鳶。もう二度とあそこに寄らぬようにしようと、誓ったのです。
あの時に同じと言われたのが、癪に障ったのでしょう。金の鳶は自身のせいであることを自覚しながら、使命をこなしてゆきます。
雌の鳶の言葉を忘れようとするために、いつものようにたくさん使命をこなしました。
たくさんざくっとして、たくさんすぱっとして、たくさんごりっとして、たくさんどすっとして、たくさんやってゆきました。
それは、決して良い事ではありません。けれど、他からすれば悪い事ではないというでしょう。ですが、金の鳶は自分が悪いととても強く自覚しております。生きているから、悪なのだと。
ある日。金の鳶はいつものように自身の姿を茶色に染めることを忘れておりました。
疲れて果てていたのでしょうか。ボロボロで金の鳶はトボトボと一人で森を歩いていたのです。それとも、もう気持ちの器が壊れる寸前なのでしょうか。金の鳶の目に生きる力はありませんでした。仲間との日々を支えにしても、癒やされない気持ちもあったのです。トボトボと歩いている際は、道のない場所。崖でした。
もののあはれな金の鳶。何もしないまま歩いていると、声がかかります。
「あの!」
金の鳶が声のした方に向くとあの時以来の雌の鳶がおりました。金の鳶は驚いていますが、雌の鳶は気づいておりませんでした。
「……大丈夫ですか?」
雌の鳶は震えながら近付いております。金の鳶は自身が普段と違い、雰囲気も違うものと分かっておりました。金の鳶は何も答えず、崖へと向かおうとしました。
その時です。
「……もし、かして、あの時の鳶さん?」
雌の鳶は恐る恐る聞きます。金の鳶は驚いて、足を止めてしまいました。その行動で分かったのでしょう。雌の鳶は心配したように声をかけてきたのです。
「やっぱり、あの時の鳶さんなんですか!? その姿はともかく貴方は……一体」
何を言おうとしたのか、何を言えばいいのか。金の鳶は雌の鳶に振り返る前に、もう限界だったのでしょう。金の鳶はゆっくりと倒れていきます。道のない、崖の方へ。動かぬ翼は羽ばたくことなく、重りとなって下へと向かおうとします。
何かの声が聞こえました。ですが、金の鳶はもうどうでもよかったのです。
金の鳶が目覚めた時は、木の下でした。外は日は沈みかかっておりました。金の鳶はこの葉の上に寝ています。
怪我をしていた場所には薬が塗られております。雌の鳶は食べ物を持ってきておりました。
「ああ、目覚めたのですね! よかった」
無事であることにも驚きますが、助けられたことに金の鳶は驚いておりました。食べ物を金の鳶の近くに持ってくると、まじまじと雌の鳶は金の鳶を見つめて嬉しそうに話します。
「ああ、やっぱり、あの時の鳶さんですね」
「……」
「おはようございます」
「……おはよう、ございます」
嬉しそうな鳶に、金の鳶はたずねてしまいまきた。
「なんで、助けてくれたのですか。私を助ける理由が、わかりません」
本当にわからなかったのです。雌の鳶としたのは、いい加減な会話をしただけの大したことのない時間。嫌な別れ方をしたからこそです。金の鳶の質問に雌の鳶は真剣に答えます。
「あのときから、貴方を探していたからです」
「探していた?」
金の鳶は驚くばかりでした。とても悪い別れ方をしたからこそ、なぜ探すのか、助けるのかわからないのです。雌の鳶は頭を下げました。
「ごめんなさい。貴方を、不快にさせてしまったようです。今の貴方を見てわかります。私と同じではありません……」
雌の鳶の謝りに金の鳶はびっくりしました。謝りたくて、ずっと探していたようです。逆に謝らなくてはならないのは自分のほうであると、金の鳶はゆっくりと頭を下げました。
「謝るべきは、私の方です。私は貴女を傷付けた」
金の鳶も動ける限り、頭を下げました。
「申し訳、ございません。怪我が治り次第、ここを去ります。お礼の品は用意をします」
「お礼の品はいりません」
「ものでないと困ります」
「ものを受け取れるほどのくらいではないのです」
金の鳶は自分が目的であること考えて、暗い目をしました。
「……私の何が目的ですか」
自身が目的であることは過去に何度かあったからです。雌の鳶は聞かれて、申し訳なさそうに聞きます。
「……また、あの木の場所でお話をしてもいいですか?」
金の鳶はまたびっくりします。お願いがとても小さなものだからです。ですが、その願いはとても壊れかけた気持ちの器に入っていくようで、ヒビに金が埋められていく。そんなとても温かくなるものでした。
「だめですか?」
「……いえ、そんなことはありません」
謝りたくて探したい。嫌な気持ちにならずに自分を探し続ける諦めの悪さに、金の鳶は感服したくなりました。金の鳶は雌の鳶の顔をちゃんと見ました。
初めて見る目はとても眩しく見えたのです。
「……前に、同じではないと言いましたよね」
笑って言いました。
「撤回します。同じです。私と同じ変わり者です」
初めて見た金の鳶の優しい顔に、雌の鳶は惚けるように見たあと笑います。
「仲間、ですね」
眩い光のように、とても嬉しそうでした。




