↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/30

29: この世界とあの世界

[N/A]


誰も居なくなった研究室の扉を、一人の学生が開いた。

机の上に置かれたものを見て、それらを一通り眺め、ため息をついた。

「はぁ……どうして私は、こんなラブレターを世界に広めないといけないんですかね」

学生はそう言いながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。

「それにしても……これが物理学でも数学でもなく<美学>だなんて。ジョークなのかと疑ってしまいました。格好つけすぎですよ。やっぱりあなたは、星の国の王子さまなんでしょうね」

くすりと笑い、学生は最後の仕事を始めることを決意した。『彼』と『彼女』が生きていたことを示すために、彼らの物語を誰かに伝えるために。 

学生は机の上に残されたそれを手に取り、鼻歌を歌いながら研究室を去った。

それは昔、彼女がまだヒトではなかったころ、大切な誰かが歌ってくれた歌だった。



[妄想、あるいは誰かの解釈]


どうしてこんなところまで来ちゃったんですか。

わたしとの約束、守れなかったんですね。

世界に手を伸ばしてくださいって、伝えたのに。

もっと世界のことを愛してくださいって、言ったのに。


うん、ごめんね。

やっぱり僕は最後まであまのじゃくだったみたいだ。

でも、最後にほんの少しだけ手を伸ばすことができたよ。

最後に少しだけ、幸せの中で見える世界を愛することができたよ。


そうですか、それは本当に良かったです。

でも、自分からみすみす幸せを手放すなんて。

……むしろ、あまのじゃくのあなたらしいのかもしれませんね。


うん、いいんだ。

こちらのセカイだって、何よりも美しいものでできている。

ここはここで、僕にとっては幸せで綺麗な世界だった。

そして、それを示すことができたから、僕はここに来たんだ。


ということは、あなたはわかったんですか。

あの<法則>の仕組みが、本当の意味が。


そうだよ。

でも、大切だったのは<法則>じゃなくて、その先だったんだ。


<法則>の先にあるもの、ですか。

わたしにそれを聞かせてもらえますか。


あの<世界>はさ、

汚いと思っていたものが本当は凄く綺麗だったり、綺麗だと思っていたものがたまに汚かったり、

僕にとっての綺麗と誰かにとっての綺麗が、全然違うものだったり、

そう言うことの繰り返しだったんだ。そのことがやっとわかったんだ。


だとしたら、こちらのセカイも、案外あの<世界>と変わらないですね。


うん、そうだね。どっちも見方次第で美しく変わる世界だ。



……それで、まだ続きがあるんでしょう?


どういうこと?


あまのじゃくなあなたのことです。

きっと、最後の最後まで、世界に少し悪戯心を向けているんでしょう。

そのくらいはお見通しですよ。


……あまり言いたくはなかったなあ。

実はさ、僕が示した公式も、本当だと言い切ることはできないんだ。


それは、どういうことなのでしょうか。


この世界は、解釈でしか表せないということ。

僕がほんとうに示したのはそれだったんだ。

いや、もっと言うなら「誰かが一つの解釈を持つことが許される」ということを示した。


……少し頭が痛くなってきました。

実はわたし、頭が良くないんですよ。


うーん、つまり、この世界から消えているのは、本当は同じくらい綺麗なもので、

僕らが汚いと思っていたのは、偏見にまみれた僕たちが、一つの狭いものの見方しかできないからで、

そして、そんな僕の仮説すらも、僕という主観による、ひとつの妥当性のある解釈に過ぎないってことだ。


ああ、少しわかってきました。

あなたの言った

『この世界が綺麗にも汚くも見えるのは、僕らが主観でしか生きられないからである』

という説明自体が、あなたの主観から絶対に逃れられない、ということなんですね。


そうなんだよ。だから本当は、君や僕が綺麗だというのも、

僕の勝手な主観による証明にすぎないっていうこと。

証明と言えば聞こえはいいけれど、本質的には憶測と変わらないんだ。


じゃあ、あなたよりも優れた解釈を持つ人間がもし現れたならば、

わたし達が美しい存在であるという事実は、消えてしまうという事でしょうか?


そうだね。

いつか、僕の理論を綺麗だと思えない人間が出てきて、それを美しいと思わない世界になってしまうかもしれない。

でも、その時は、彼らが新しい美しさの形を見つければいいんだ。

そんな風にして世界の常識は書き換わっていくんだよ。


ふふ、わたしには全然わかりませんけれど。

でも、そんな風にして美しさが書き換わっていく世界は、それはそれでとても美しいと思いますよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。