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11/30

11: 遊園地だった場所に行った

[N/A]


夢を見たのは久しぶりだった。

なにか寂しさを覚えるような、それでいてなにか一縷の懐かしさを感じさせるような、そんな不思議な夢だ。


起きた時にはもうほとんど覚えていないんだろうな、そんなことを僕はぼんやりと考えながら、意識を彼方に沈めていった。




[8/2]


夢から気持ちが戻ってこないまま、ぼんやり朝食を食べていると、僕の前に目玉焼きを差し出しながら母が尋ねてきた。

「そういえば……写真、知らない? 玄関の前に飾ってたやつ。フォトフレームの中がからっぽなのよね」

何となく予感していたことが、やはり確かであったと示される。知らないよ、と返すと、母はそうよねと頷いた。

「折れとか結構あったし、別にいいんだけどね。また現像すればいいし」

朝食を食べた後、玄関のフォトフレームを確認する。やっぱり消えたんだな、ということを自覚させられた。


<法則>が起こった夜に夢を見るのは二度目だ。

つまり、これらはきっと無関係ではない。




[8/6]


数日後、再び本浄に出掛けないかと誘われた。


再び僕等は東公園で待ち合わせた。到着しても本浄の姿は見当たらず、どこにいるのかと辺りを見渡すと、またもや公園の風景やいつもの猫の写真を撮っていた。彼女が無邪気な姿を見せる瞬間は非常に少なく、その中の一つが写真を撮る瞬間だ。だから、彼女が写真を撮っているのを見るのは少し微笑ましい。


本浄は外に出た時の連絡手段を持っていない。「わざわざ連絡を取るような人がいませんから」と言っていた。その気持ちは僕にもわかるが、それでも今の世の中ではかなり珍しい話だと思う。しかし彼女にはそんな文明の利器が何となく似合わないような気がする。小型の便利な端末ではなく、大きくて時代遅れな受話器を持って電話を掛ける本浄の姿が簡単に思い浮かび、何となく面白かった。

「本当は、固定電話もあまり好きではないんです」と本浄が呟く。

「どうして」と僕は尋ねてみる。

「だって、わたしが口から発する言葉なんて、きっと行き当たりばったりのその場しのぎでしかないからです」と本浄が返した。

「わたしはそれほどよくできた人間ではないですから。だから正しくない言葉を吐くごとに後悔してしまうんです。

言葉なんてゆっくりと時間をかけて、何度も書いては消して、それでやっと最低限の形になるものなのだと思っています」

少しでもましな自分を届けるためには、それぐらいの時間の余裕があったほうがいい。不出来な僕等だからこそ、その思いは切実なものとなる。


「それに、どこか素敵だと思うんです。デジタルなものよりも、アナログなものの方がわたしは好きです」

「それはどうして」

「デジタルなものって、入力と出力があって、その間に変換が行われていますよね」

「うん」なんだか勉強みたいな話が始まった。

「例えば手紙をデジタルに置き換えたものって、何でしょうか?」

それはおそらく電子メールだろう。容易に想像できた。

「そうです。けれども電子メールには手紙とは明らかに違う部分があります。失われる部分とでも言えばいいのでしょうか」

僕はその部分について考える。相手の字の大きさだったり、筆圧だったり、訂正した後だったり。そう言った「直接的なアプローチ」であるゆえの要素だ。そしてそれは、手紙から相手自身を思い浮かべる、大切な要素の一つである。

「電子メールの場合、一度信号に変換されているんです。その過程で、内容以外の要素は排斥されてしまう。だから、コミュニケーションにおいてとても大切なぬくもりも失われてしまう。わたしはそんな風に思えてしまうんです」

「つまり、デジタルって直接的な『わたし』と『あなた』のコミュニケーションではない、と言えるのかな」

僕たちは関節的なコミュニケーションであるそれになんとなく冷たく感じる。だから、他人のあたたかさを求めている人間は、アナログなものを求めるのかもしれない。僕がそのように解釈すると「そうかもしれませんね」と彼女が笑い、その後、「そもそも、誰かに手紙を送ることなんてめったにないわたしたちには、縁の無い話なのかもしれませんが」と付け加えた。

「相手がいないと対話はできないけれど、相手がいなくても手紙は書けるよ」そう僕が言うと、本浄は「詩的ですね」と笑った。


今日はどこに連れていくの、と本浄に訊く。彼女は「遊園地ですよ、この辺りのみんながよく知っている遊園地」と言う。

その発言に対して違和感を覚えた。この辺りの皆が良く行く遊園地に検討がつかなかったのだ。思い当たるものがあると言えばあるが、三、四年ほど前に閉園になってしまったと聞いていた。もう一つ思いつくのは県外にあるそれなりに大きな遊園地だ。とはいってもそれは高校生の僕らが一日で行くには距離も金額も大きすぎる。

「前者ですよ」と本浄は言った。それはつまり、閉園になったほうの遊園地だという事らしい。そんなところに行って何をするのだろう。

「思い出の場所なんです。とはいっても、一度も行ったことはないんですけれど」

「行きたいけど行けなかった、って言う意味での思い出?」

本浄しばらく黙った。少し寂しげな目をしていた。

「そうですね、大体そんな感じです」

本浄はどこか遠くを見ていた。薄幸そうなのはいつものことだけれど、今の彼女は特に幸せを逃してしまったような表情を浮かべていた。

この時、僕は閉園になった遊園地に対して勝手なイメージを浮かべていた。動かなくなった遊具がいくつか置いてあって、そこからかつての栄華を想起させて浸る、そんな写真を彼女が撮りたいのだと、勝手に推測していた。


遊園地があった場所は、ただの更地になっていた。

テレビで見た時は解体途中という感じがして、もう少し遊園地の跡地らしい姿だった。しかし、目の前に映る光景からは、絶対に元の形を思い出すことなどできない。

「なんにもないですね」と彼女が呟く。

「そんなこと、わかってたんじゃないの」

「もちろんです。でも、実際に見ると、本当になんにもないんだなあ、としみじみ思います」

そういうものなのかなあ、と僕は無理やり納得させた。

「閉園した後の、この景色を撮りたかったの? 祭りの後の静けさみたいなのを」

違うんです、と本浄が薄い笑みを浮かべた。違うというのは一体どの部分の話なんだろう。

「この遊園地、面白いんですよ。閉鎖ではなく移転なんです。移転先は何処だと思います?」

「さあ、ここよりももっと人が多い場所?」僕は適当に答えてみる。

「違います、宇宙なんです」と彼女は薄く微笑んで言った。

彼女が何を言っているのか、あまりわからなかった。

「この遊園地を経営していた会社が、閉店前に星の命名権を買ったんです。遠い星にこの遊園地と同じ名前を付けました。だから宇宙への移転なんです」

「不思議なことをする人がいるものだね」僕は素直に驚いた。

そもそも、星の命名権を買うことができる、なんてことも初めて知ったのだ。それはある程度お金がかかることなのだろうということは想像がつく。その上、何か価値を生み出せるかと言われたら限りなく怪しい。おそらく一時的なニュースになるのが関の山だ。それでもそんなことを行うことに、どのような意義があるのだろうか。

「ここから417光年離れた場所できっと、メリーゴーランドは楽しそうに回っていますし、ジェットコースターは元気よく走っているんです」

ほとんど僕達が認識できない星に名前を残す。そうすることでこの遊園地は永遠になろうとしたのだ。それが面白いか面白くないかはわからないけれど、きっとどこかの誰かにとって、とても価値のある行為だったのだと思う。

「じゃあ、ここが更地で、コーヒーカップやボートや観覧車が一つも残っていないのは、その星に運ばれてしまったということなの」

「そうです、あの頃は飾り物だと思っていたスペースシャトルが運んでくれたんです。417光年離れた場所に」

そんなはずがないことを、さも本当であるように告げる。


僕は再び星の命名権について考えた。命名権があり、それを買うという事は、誰かがもともとその星の命名権を所有しているということだろう。けれどもきっと、実際にその星に行ったわけではない。旗を立てたわけでもない。なのにどうして、彼らはその星の名前を決める権利を持っていたのだろうか。

「星は誰のものなんだろう」と僕はつぶやく。

「わかりませんよ。誰のものでもありません」と彼女は返す。

「じゃあ、見えない嘘の星を思いつけば、それを所有していると言い張れば、沢山の星の命名権が得られるんじゃないの」

もちろん現実でそんなことはできっこないんだろうけど。

「そうかもしれませんね。たくさんの星をでっちあげて、その数を小さな紙に書いて、それから引き出しの中に入れて、鍵をかけておきましょう」

四番目の星の実業家と同じですね、そう言って彼女が笑った。どうやらまた、星の王子さまの話らしい。


そして僕らは東公園に戻ってきた。結局、本浄は納得のいく写真を撮れなかったようだ。けれどもそれほど寂しそうではなく、むしろ穏やかな表情で猫にカメラを向けていた。まえと同じように、小さな声で鼻歌を歌っていた。

「たぶん、わたしは他の人よりも世界に嫉妬しているんです」

片目をカメラに残したまま、本浄がふいにそんなことを言い始める。

「世界はとても綺麗で、それと対照的にわたしは汚いですから」

本浄は何度も何度もこんな言い方をする。自分は汚く、世界は綺麗だ。こんな話を何度も聞いてきたし、最近はその頻度も増えてきたような気がする。きっと僕が彼女と関わったせいだ。それはもちろん、<世界>から見れば良い事ではないのだろうけど、それでも僕は構わないんじゃないかと思う。僕達は<世界>から切り離され傷つけられている分、その傷を見せ合って、そして舐め合って生きていくことを選んだ。あの日、そういう約束を彼女としたのだから、今はこれで構わない。

これってなんだか共依存みたいだな、と思った。


「世界を羨めば羨むほど、皮肉にもその美しさに気付けるんです」

彼女が穏やかに、けれどもわずかに自嘲気味な表情で呟く。

「だから、少しだけ写真を撮るのが得意なのは、わたしが醜くて、世界の全てが羨ましく感じるから、なんです、きっと」

そう言ってからシャッターを押す。一瞬彼女の表情が固まった後、僕にカメラを手渡した。液晶に映った写真を見る。猫が可愛らしく欠伸をしていた。

「ほら、撮れました」

彼女は猫を撫でながら、僕に向かって小さく微笑んだ。


地元に昔あった遊園地の話です。

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