恥じることなき己の本心
瑠璃と隆宏と真璃、親子三人の再会は感動的なもの……になるわけもなく。騒々しくどこか気まずい空気が漂っていて、夜からしてみれば居心地の悪い、というか場違いが半端なかった。
部屋の中はまるで極寒零度のように冷え切っていて。瑠璃たちも言葉を一言ずつ交わしたきり無言のままなのでそれも相まって静まり返っていた。
だからこそ、気まずくて仕方がない。しかし、かといって部外者に等しい夜がこの静寂をぶち壊す一言を言えるわけがない。
故に、慣れない、というか痛くて痛くて仕方がない正座で足をぷるぷるとさせることしか出来ないでいた。
そんな静寂な空間をぶち壊したのは。
「ふふ、足を崩していいですよ夜月君。慣れない正座は辛いでしょう?」
瑠璃でもなく、隆宏でもなく。意外にも真璃だった。
「え、い、いや、でも……」
突然名前を呼ばれた夜は咄嗟のことにしどろもども。
足を崩していい、というのは素直に嬉しい。だが、はいわかりましたありがとうございますと受け入れられるわけがない。
夜が対峙しているのは誰あろう瑠璃の父親――隆宏と母親――真璃なのだ。そんな二人の前で、足を崩して座るわけにはいかないのだ。
「そういうわけにはいかないので……」
「そんな遠慮しなくていいですよ? 瑠璃の彼氏さんなのだし、そんな辛そうな顔をされていたら会話だって弾みませんもの」
「うっ……で、では、お言葉に甘えさせてもらいます……」
どうやら、辛い痛い苦しいという感情がモロに顔に出てしまっていたようで、真璃は苦笑を浮かべる。
顔に出していたことに、気を遣わせてしまったことに、気まずいやら気恥ずかしいやら。
流石に真璃の厚意を無碍になど出来るわけもないしするつもりもないので、夜は足を崩して座り直す。一人だけ足を崩しているから申し訳ないし居た堪れないけど。
「それじゃあ、まずは自己紹介からしましょう。星城真璃と申します。瑠璃の母親です」
「は、はじめまして。瑠璃せん……瑠璃さんとその……お付き合いしている夜月夜と言います。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますね。……ほら、隆宏さんも」
「……星城隆宏だ」
好意的に接してくれる真璃とは正反対で、隆宏は心底嫌そうな表情を浮かべながら嫌々名前を述べる。
そんな二人の対応の違いに、否、真璃が好意的なことに、夜は内心戸惑っていた。
真璃の真意はわからなかったが、少なくとも夜は隆宏と同じでお見合いを強行しようとしているのだと思っていた。
だから、瑠璃の両親相手に超絶不利な戦いを挑む心構えでいたのだが……。
敵対心剥き出しだった隆宏とは打って変わって、真璃は親し気に話しかけてきた。そのことが、ただただ不思議でならない。
瑠璃がお見合いをすることを、そのために帰ってきたことを真璃が知らないはずがない。
お見合いを強行したいなら夜に好意的に接する意味など皆無。さっさと追い出すなりなんなりするはず。なのに、そうしないということは……。
「……まさか、君とこうして面向かって話すことになるとは思っていなかったよ」
「――俺もです……」
「大体察しは付くが……一応ここまで瑠璃に付いて来た理由を聞こうか」
「もちろん、お見合いを阻止するためです」
「別れろと言ったはずなんだがな……」
「昨日も言いましたが、別れろと言われて別れる恋人なんていないと思いますよ?」
夜のわかりきっていた返答に、ため息を零す隆宏。
何度言われようと、何度聞かれようと。夜の返答は一言一句変わらない。
瑠璃に頼まれたからというのも少なからずあるが、そうではない。
先輩の、友達の辛そうな、苦しそうな姿なんて見たくない。だから、今、夜はこの場にいるのだ。
隆宏はこれ以上夜に何を言っても無駄だろうと判断し、瑠璃を諭す方向へシフトチェンジ。
「瑠璃、この男と別れる気はないのか?」
「――ない。夜クンと別れるなんて絶対に嫌」
これもまたわかりきっていたことではある。そもそも、あれほどお見合いを拒絶し続けてきたのだ。
その理由が夜という恋人がいるからかどうかはこの際置いておいて。瑠璃にも夜と別れる気はさらさらないようだ。
隆宏は再び大きなため息を吐いたその時。
先程の豪華な襖が開けられ、案内してくれた侍女が立っていた。
「お話のところ、申し訳ございません」
「大丈夫よ。それで、どうしたの?」
「はい。葛城様方がお見えになりましたので、ご報告に上がりました」
「あら? お見合いは明日のはずでしょう? なのに、何故……」
「え、俺は今日だって聞いてましたけど……」
「う、うん……」
瑠璃からは今日がお見合いと聞いていたのに、真璃はお見合いは明日だと言う。そのことに小首を傾げる夜と瑠璃。
「そうでも言わないと来ないと思ったから一日早い日程を知らせたのだ。当日ギリギリなど相手に迷惑をかけてしまうからな。だが、今日来られるなんて聞いていないが……。私が対応しよう」
そう言って、隆宏は玄関へと向かった。言葉通り、来客対応のためだろう。
「あの、星城さん。一つお聞きしてもいいですか?」
「瑠璃も星城ですし真璃で構いませんよ。隆宏さんのことも名前で問題ないでしょう。それで、何をお聞きになりたいんですか?」
「わ、わかりました。それで、今の隆宏さんの口振りから察するに、瑠璃せ……瑠璃さんのお見合いの相手の親って、もしかして隆宏さんよりも目上の人なんですか?」
「わざわざ言い直さなくても、そのままでいいですよ。それと、質問の答えですが……私にはわからないとしか言いようがありません。何せ、お見合いのことを知らされたのは今日のことですから」
「え、そうなの?」
「えぇ。きっと、私に言ったらお見合いの話がなくなると思ったのでしょう。事実、そんなことを聞いていたらやめさせていました」
「ということは、真璃さんはお見合いには反対なんですか……?」
「えぇ。瑠璃には自分の決めた人と幸せになってもらいたいですから」
どうやら、真璃はお見合い相手の素性どころかお見合いがあること自体今日の今日まで知らなかったらしい。
きっと、嘘ではないのだろう。わざわざそんな嘘を言う意味などどこにもないのだし。
でも、お見合いの話がなかったことになるかもしれないと言って、何も言わずにお見合いを強行しようとするだろうか。
それとも、お見合いを強行したい理由。もしくは、真璃に言ったら都合の悪い理由でもあるのだろうか……。
「それでは、次は私から夜月君に質問をしても?」
「は、はい……」
「瑠璃とはどういう関係なのでしょう……」
「そ、それは先程も言った通り恋人……」
「嘘、ですよね?」
真璃の断言に、夜と瑠璃はどきりと心臓が跳ねる。
「きっと、お見合いを断るために瑠璃に頼まれたのでしょう?」
「なんでそれを……」
「瑠璃ならそうしてもおかしくはないと思っただけですよ……」
娘のしそうなことなどお見通しと言わんばかりの真璃。流石は母親、と言うべきだろうか。
一方で考え事を見透かされていた瑠璃は顔を手で覆い隠している。耳まで真っ赤に染まっていることから、羞恥に悶えているのだろう。
「瑠璃にそのようなことを頼まれるのですから、親しくしてくれているのだと思います。だからこそ、あなたたちの本当の関係を、夜月君が瑠璃のことをどう思っているのか知りたいのです」
「……俺が、瑠璃先輩のことをどう思っているか……」
そんなの、もう決まっている。
「幸せになってほしいと思う、大切な先輩で……友達です」
夜の、心からの言葉に。
真璃は満足そうに微笑み、瑠璃は唸りながら悶えている。
夜も、恥ずかしいことを言った自覚はある。
だが、恥ずかしがる必要なんてどこにもない。
だって、自分の本心に恥じることなど一切ないのだから。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。一日休みをいただいてしまいすみません。
ツッコまれても仕方ないと思っています。えぇ、仕方ないでしょう。滅茶苦茶なのはお許しください。俺の執筆スキルじゃこれが限界なんです……。
次、またはその次辺りに三章は終わりを迎えるでしょう。四章は三章の暗い雰囲気とは打って変わって滅茶苦茶やりますのでお楽しみに。(毎回滅茶苦茶じゃというツッコミは受け付けておりません)
それでは今回はこの辺で。
次回、またお会いしましょう。ではまた。
この場でも感謝を。展ラブのPVが20,000を達成しました。これも皆様方のお陰です。本当に有難うございます!
これからも詩和と展ラブ、ついでににどきみをよろしくお願いいたします。
※2020/11/02にちょっと改稿しました。




