第72話 殴る志成
「こんなことして意味あったのかな」
志成が自問自答のように僕に問いかける。夕涼みの風が流れる、ホテルの前の大通りをぶらぶら歩きながら答えた。
「少なくとも、2度と関わりたくない、と思ったろうね」
「これで可奈梨ちゃんへのいじめはやめるかな?」
「分からない。でも、こっちは弁護士の名刺も手に入れたんだから、やめるまで続けようよ」
「立場が逆転したってことだね。相手の方が逃げる側になったんだ」
「結局、小鳥の足は誰のペットのかな?」
志成は僕のこの問いには熟慮してこう答える。
「多分、ユウの手下の子のでしょ。それでも十分恐ろしいけど、ユウ自身のペットであってほしくない。そこまで異常だと救いようがないから」
路面電車がカーブでごとっ、という音を立てて通り過ぎて行った。
「でも、志成は迫真の演技だったね。お疲れ様」
「・・・ほんとはすごく恥ずかしかった。ユウが・・・その・・・SEX、なんて言葉を出した途端、逃げ出したくなった。でも、ここで負けちゃ駄目だって、頑張ったの」
「そっか」
「うん・・・」
がたっ、と今度は反対の方面へ向かう路面電車が走って行く。
「全くの別人を演じて辛かったでしょ」
「・・・最初は演技だったけど、途中から分からなくなった」
「え?」
「やっぱりわたしは、”いじめ”っていうキーワードにどうしても反応してしまうみたい。攻め込んでる時は結構痛快だったかな」
「ほんと?」
「うん・・・大志」
「ん?」
「わたし、今日、生まれて初めて人を殴ったよ」
そうだ。
僕はまだなのに、志成は人を殴った。
「ごめん」
そんな言葉しかひねり出すことができなかった。




