第5話 18歳(エイティーン)
「大志、今日で18だな」
4月8日。僕の誕生日。そう言えば去年も始業式とかぶったんだった。
「おめでとう」
「忘れてた。ばあちゃん、ありがとう。話って、誕生日のことだったんだ?」
「まあ、それに関係したことじゃな」
ばあちゃんは冷蔵庫から、”ロザリオ”、のアップルパイの箱を出してきた。それを客用の皿に載せ、フォークを添える。
「仏間で食べよか」
「?」
仏壇にも3切れのアップルパイが供えられていた。お花も新しいのに替えられ、灯明が点されていた。
トン、と2人分のアップルパイとほうじ茶を低いテーブルの上に置く。ばあちゃんが正座したので自分もそうする。
「私はな、今日という日を2年間待ってた。大志が18になるのを」
「え?」
「これから私が話すことを、先代家の跡取りとしてしっかり聞いて欲しい」
ふっと目を上げると、子供の頃から見慣れている掛け軸が仏壇の横に吊られている。
洋式軍隊の近衛服を着、銃剣を右手で地面に立てた壮年の男子の肖像。
背には背嚢、いわゆるランドセルを背負い、きりりと引き締まった表情なのに目元がとても涼しげなのが子供の頃から不思議だった。
”武士”、なのだ。
先代家五代当主の、”大徹”さん。代々藩士として仕えてきた先代家のこのご先祖は、朝廷側として戊辰戦争に参戦した藩の先遣隊として従軍し、戦死した。
ご供養のために旅の絵師に頼み、半年後、再びその絵師がやって来た時にこの清々しい絵が先代家の家宝となった。この掛け軸は、お正月、お盆、法事の時にだけ掛ける特別なものなのだ。
「大徹さんは、元来優しいご気性だった」
おもむろに語り始めたばあちゃんの言葉に僕も居住まいを正す。
「先代家の当主として藩の政務のため奉仕しておられた。今の企業で言えば経理畑を歩まれた。大志、武士の本分とは何か分かるか?」
僕は素直に首を振る。
「武士とはの、平時に於いて、ある者は鋤や鍬もて荒れ地を耕し、ある者は大徹さんのように藩の実務に心胆を練る。そして、凶事・・・つまり戦時にあっては、将たる者は千万の軍馬を鬼神のごとく指揮し、洗練された兵たちは自分の任務を死守する。死守、だぞ。本当に命を懸けて守るのだ。軽々しく使える言葉ではない」
「うん」
「大徹さんの部隊は、ガットリング砲と遭遇した」
「ガットリング砲?」
「大徹さんたちの直接の敵となった佐幕の長岡藩が輸入した最新式の、いわば機銃だ」
「マシンガンか・・・」
「大徹さんは2発被弾した。太腿と肩だ。戦闘は午前中で、その日の夜遅くに亡くなった、と藩の記録に残っている。おそらく出血が止まらなかったのであろう」
ばあちゃんがほうじ茶でのどを潤す。僕も同じようにする。
「大志、お前は大徹さんの生まれ変わりだ」
「うん」
「分かっとったのか?」
「そんな気はしてた。でも、僕は・・・」
「うん?」
「そんなに涼しい目をしてるかな?」
しばし沈黙してばあちゃんは僕を見つめる。
「お前は大徹さんにそっくりだ。眼もそうだ」
「ありがとう」
大徹さんに似ている、という言葉はそのまま最大級の賛辞だ。
「さて、これから本題に入る」
「え?これから?」
「そうだ。今のは当然の前提条件の話だ。これから話す内容は大志にとってかなり辛い。でも、事実だ」
僕はもう一度正座の姿勢を正す。
「2年前、お前の父さん母さんと、かすみが亡くなったあの事故な」
「はい」
「私には分かっとった」
「えっ?」
「もっと言うと、じいちゃんが亡くなってから今日までのことは分かっとった」
「どういう意味?」
「じいちゃんが亡くなった時、お告げがあった。身内3人と別れなくてはならん、と」
「ひいばあちゃんがそう言ったのか」
「そうだ」
ひいばあちゃん、つまりばあちゃんのお姑さまは仏様だった。
仏のような人、ではない。仏が人間に姿を変えて、この世の人を少しでも済度するために生まれて来ていたのだ。本物の仏様だったのだ。
嫁として仕えるばあちゃんは、ひいばあちゃんから法力のおすそ分けを頂いた。以来、ばあちゃんは、人間の身としては亡くなったひいばあちゃんからお告げを貰うようになった。ただし、本当に重大なことについてだけだけれども。
「じゃあ、ばあちゃん。もしあの日、京都へ行かなかったら、みんな助かってたってことか」
「その日は、な」
「・・・・」
「私を怨んでもいい。ただ、3人が亡くなることは過程としてどうしても必要なことだった。あの日でなければ次の日。京都でなければ東京で、といった風に」
「・・・・」
「お前の父さんのな」
「何?」
「死亡保険金」
「え?」
「5千万だった」
「!」
「サラリーマンの個人掛けにしては大きい額だろ。父さんも分かっっとったんだ」
「どうして・・・」
「そりゃあ、武士の子孫だからの」
「何のために」
「お前が大願を果たすために」
「僕の、大願?」
「私のお告げは絶対だということを知っとるだろ?」
「うん」
そう。占いではないのだ。神仏がそのまま事実をばあちゃんに伝えるだけなのだから。
「大志が18になったら、戦いを始めるよう言いつかっているんだよ」
「戦い?何。何の戦い?」
「日本を守るための戦いじゃ」
「え?」
「国はどうして亡びるか知っているか」
「他国から戦争を仕掛けられたりしたら?」
ばあちゃんがゆっくりと首を振る。
「その国の人々が本当の賢さを失った時、国は亡びる。では、本当の賢さとは何だ?」
「ごめんなさい、分かりません」
「素直で、結構じゃ。あのな、神仏がお示しになる事実を真正面から受け止めること、それが本当の賢さだ。賢母はわが子の誤を正す。単に庇うのは愚母だ。賢い夫婦は互いを励まし労う。いつまでも恋人やら友達同士のままではままごとに過ぎん。賢い友達は、自分の欠点を教えよと相手に請う。内輪ウけで笑い合っとるだけなら敵と同じじゃ。色々あるが、最近は年寄りが愚かになっとる。80過ぎていついつまでも生きておるように錯覚しておる。生まれた初めがあれば死ぬる終わりがあることを忘れてどうする。私も人のことは言えんがの」
ばあちゃんはくるっと仏壇の方を向いて手を合わせる。
「日本の人たちはこういったことを忘れ切ってしまいそうになっておる。このままでは日本が亡びる」
「日本を守る戦いっていうのが、それとどうつながるの?」
「この双輪市に5人、日本の存亡にかかわる敵が集められている」
「敵?何それ。人間?」
「人間じゃ。生身の」
「その人たち何か悪い事した訳?もしかして犯罪者とか?」
「いや。必ずしもそうではない。法に触れるぎりぎりの者もおれば、世間からは、”いい人”、と思われとる者もおる」
「じゃあ、戦うってまずいんじゃないの?その人たちって悪人なの?」
「悪い因縁のキーパーソンなんじゃよ」
突然ばあちゃんの口から英単語が出てやや驚いた。
「大志。大虐殺をする独裁者も、生まれ落ちた時は母親の胸に抱かれて母乳を飲んでいたんじゃ。その母親が本当の意味で賢くなければ、子は世界を滅ぼす人間にも育ち兼ねんのじゃ。かようにして愚かな人間は周囲の人間を悪因縁で絡めとって、世を破滅に導く危険があるのじゃ。倒すべき5人は、国の存亡にかかわるほどの悪因縁の中心人物なんじゃ」
「倒すって・・・殺すってこと?」
「殺さず倒せ、というのが神仏のお言いつけだ」
「それってどういうこと?」
「ある時は腕力で、ある時ははかりごとで、ある時は議論でもって・・・と、ありとあらゆる智慧をめぐらせ、5人を悪因縁の網から外してやるのじゃ」
「それを僕にやれってことなんだ」
「大志。大徹さんが武士たるその本質はな、神仏への敬いだ。大徹さんは、朝、登城の前に仏壇の前にかしづいて読経し、神棚の前に立って柏手を打ち、礼し、こう祈願した。”どうぞ、我が行いが神仏のご意向にかないますよう。更には我が思念までも神仏のご意向と違わぬよう”。そして、折に触れて家の者を誘って皆で読経した。分かるか。自分の勝手な哲学に自己満足するのではなく、神仏がお示しになる客観的な事実に正面から向き合ったのじゃ。それどころか、一族郎党を済度した。だから後の代になって、ひいばあちゃんという本物の仏様が人の姿を借りて先代家に嫁いで来たのじゃ」
「うん」
「大徹さんは武芸の鍛錬にも経世の勉学にも怠りは無かった。じゃが、その武士たる大徹さんという人間の本質は、神仏へ向き合うその真心なのじゃ。分かるか?」
「はい」
僕は、すうっ、と理解できた。
物心つく前からばあちゃんが言っていたことが全部つながってくる。
「私は大志に、学校に行く前に神棚と仏壇に『行ってきます』とご挨拶し、帰ってきたら『ただ今帰りました』とご挨拶しなさい、と教えた。そしてそれを守ってくれた。私が読経する時も、”父さん、母さん、かすみ、お経上げるよ”、と皆を誘ってくれた。大志は先代家の跡取りであり、武士としての素養ができ上がっているんじゃ。間違いなく、大徹さんの生まれ変わりなんじゃ」
僕は、力強く頷いた。




