第6話 彼女の事情
次の朝、いつもより30分早く登校した僕は、3年5組に向かった。
「あ、大志くん、おはよう」
「お、田中さん、おはよう」
「どうしたの?」
学祭実行委員の田中さんが声を掛けて来てくれた。警戒しない訳じゃないけれども、この子なら多分大丈夫だろう。躊躇せず訊いてみよう。
「田中さん、変なこと訊くけどさ。5組でいじめられてる人っている?」
「え?何?生徒会でいじめ撲滅キャンペーンでもやるとか?」
「いや、そうじゃないんだけど、ちょっと昨日、嫌なものを見たっていうか、気になってさ」
広田さんの名前は出さず、始業式で頭をはたかれてる女子を見たと話した。
「うちの高校ってそういうのがなくて平和だって思ってたから、ちょっとショックで」
「そっか・・・うん、いじめられてる子、いるよ。その頭をはたかれた子がそう。加ノ上さん」
「加ノ上・・・さん・・・今、いる?」
「ううん、まだ来てない。いじめられるからいつも始業ぎりぎりに来て、休み時間も避難してる。お昼もどこかに出て行って1人で食べてるよ」
「何でいじめられてるの?」
愚かな質問だと思ったけれども、とにかく加ノ上さんの情報が必要だ。
「わたしも2年から同じクラスで人づてに聞いただけなんだけど・・・加ノ上さんて、ホルモンのバランスが崩れる難病で、中学の時まですごく太ってたのね。んで、高校入る前に治療薬の認可が下りたらしくてね。1年生の1学期に少しずつやせていったんだって。それで、夏休みが明けたらほんと、別人みたいにすらっとした体型になってたんだって」
「へえ、良かったね」
「加ノ上さんがやせたらかなりかわいくなってたからさ、男子が何人か告白したらしいんだ。でも、男子ってその辺の心の機微ってまったく読めないからさ。”太ってていじめられてても、俺は決して君を馬鹿にしなかった”、みたいな感じのこと言ったらしいんだ。加ノ上さんはね、”わたしはあなたが何もせずにその場に居たってこと自体が辛かった”、って答えたらしいよ」
「!」
「やせはしたけれども、女子からのいじめはやまなかった。特に中学で同じだった女子たちからは」
「どうして?」
「やっぱり大志くんも男子だね。あのね、加ノ上さんがかわいくなったことが認められないんだよ。加ノ上さんが自分たちよりかわいいっていう事実が」
「嫉妬してるってこと?」
「ううん」
田中さんは細かく首を振る。
「嫉妬ならまだいいよ。少なくとも加ノ上さんのすらっとした容姿を認めてるってことだから。”嫉妬”、っていう自分たちの厭らしい感情も認めることになるから。そうじゃなくて、いじめてる子たちは事実をねじ曲げたいんだよ」
「どうやって?」
「加ノ上さんの心を崩せば見た目も崩れるって思ってるんだよ。そしてそのために色んな嫌がらせをしてる」
「そっか・・・」
「わたしが見る限り、加ノ上さんの心も見た目も崩れてない。ううん、それどころか2年生の時よりもきれいになってると思う」
「田中さんってやっぱりかっこいい女子だね」
「わたし?ううん、だって事実だもん。加ノ上さんは美人の部類に入ると思う。それに加ノ上さん、病気の時からずっと体幹トレーニングを続けてたらしいよ」
「体幹トレーニング?」
「うん。加ノ上さんの体型は病気が原因だったから、いくらトレーニングしたって見た目は変わらないのに、それを続けるってすごいよ。心もしっかりしてると思う」
僕はほぼ確信した。でも、まだ足りない。
「加ノ上さんの下の名前は?」
「もしかして大志くん、加ノ上さんのこと好きなの?・・・って、顔も見たこと無いのにそれはないか」
「いや、何か急に気になって」
「ごめん。わたし知らないんだ。彼女は、”加ノ上さん”、てすら呼ばれてないから。
「何て呼ばれてるの?」
「リバ」
「リバ?」
「リバウンドの略でリバ。薬が切れたら元に戻るんだ、って女子がつけたあだ名」
「誰だよ、そいつは」
僕は吐き捨てるようにつぶやいた。田中さんはしばらく悩むような表情を見せた後、口を開いた。
「広田さん、だよ。彼女がいじめの中心。加ノ上さんと同じ中学出身」
「そうなんだ」
僕は納得した。
「大志くん」
「はい?」
「わたしもヤな奴だよね」
「え、どうして?」
「わたしも去年1年間何もせずにその場にいた」
「・・・」
「きっと加ノ上さんにとってはそういう人間の存在が一番辛いんだと思う」
「田中さんはかっこいいよ。何もしてないなんてこと、絶対にない」
「え?」
「田中さんは心の中で、いじめが無くなるように祈ってた。僕には分かる」
「ありがとう」




