第10話 純喫茶アランにて
自転車で、”純喫茶アラン”、に着いた。店名を見て加ノ上さんは警戒を強めている。
「あの、”純喫茶”、ってコーヒーメインの喫茶店、って意味だから。変な店じゃないから」
カラン、とガラス戸を押し開け、木の茶色と照明のオレンジが基調の店内に入り、マスターに、
「こんにちは」
と声を掛ける。
「お、大志くん、久し振りだね」
この店には小さい頃から父さんに連れられてきた。死んだ父さんは、大徹さんが殉死の尊として祀られている護国神社によくお参りに来た。僕とかすみもお供をした。
護国神社の社殿から鳥居、その先のお日様が昇る方向に真っ直ぐに伸びる大通り。いわばナチュラルな参道にこのアランがある。お参りをした後、父さんは必ず立ち寄り、僕とかすみにパフェやらクリームソーダやらを食べさせてくれた。
「その人はもしかして大志くんの彼女?」
「いえ、そんなんじゃありません。えっと・・・」
「加ノ上志成です」
「シナリさん?」
自分から自己紹介してくれた彼女を僕が補足する。
「志が成る、で志成さん」
「って、まるで大志くんとセットみたいだね。いい名前だ」
テーブル席についてホットコーヒーを2つ頼んだ。
「メールで連絡くれるのかと思った」
「ごめん。教室に迎えに行ったの、迷惑だった?」
「ううん。わたしは元々だからいいけど、先代くんも嫌がらせされないかと思って」
「ああ。そうなったらそれは仕方ないよねえ」
頓着なく話す僕を彼女は不思議そうに観る。
僕は本題に入る。
「それでね、お昼の話の続きなんだけど、戦うために一年間学校を休学しなくちゃいけなくてね」
「休学?」
「うん。これもお告げの指示事項なんだけど」
「戦いに専念するため?」
「いや、アルバイトしなきゃダメなんだって」
「アルバイト?」
「極力、自活する、ってことが必要らしい。そうじゃないと人間ができ上がらないんだって」
「人間ができ上がるって、わたしたちが成長するって意味?わたしたちの成長と戦いとどう関係あるの?」
「なぜなら、戦う武器は僕たちの、”全人格”、だから」
「人格を今から作るの?」
「ううん。僕たちはその素養がもうあるらしい。それを更に怠りなく補強していかないと、相手より優位に立てないから。5人の敵は僕らよりも結構年上らしい」
「え?相手ってもう分かってるの?」
「うん、年齢やら性別やら境遇やらは大体。ただ、住所とか名前とかまでは分からないから、僕たちで捜すしかないけどね。その作業の中でタイミングがびたっ、と合う時におのずと分かるって」
「そう・・・・」
やっぱり胡散臭いという思いは持っているようだ。話が深まろうとするポイントになると、彼女の表情が翳る。
ただ、僕の内面には変化が表れてきている。彼女に、常識で考えたら突飛もない話をするのが最初は義務感だったり、”神仏がこうおっしゃるんだから”、と半ば他者責任のような感覚だった。けれども、今僕ははっきりとこう思考している。
”加ノ上さんと一年間、行動を共にしたい”、と。
これがどういう感情なのかは自分自身でも分からないけれども、加ノ上さん自身に対して興味を持ってしまったことは確かだ。誤解を恐れずに言えば、せっかく目の前に現れた彼女を、できることならば手放したくはない、という気持ちだ。
アランに来て話し始めてからもう2時間経っている。
彼女は分かった、とも、引き受ける、とも言わない。当然だと思う。逃げてしまわずに聞いてくれているだけでも普通だったら奇跡に近い。
今日はもう引き上げ時かな、と諦めかけた時、加ノ上さんは思いがけないことを言った。
「先代くん、わたしの家に来てくれない?」
「え?」
「わたしは先代くんの話が理解できたけど、両親にきちんと伝えられる自信がないの。二度同じ話をしてもらうことになるかもしれないけど、先代くんから直接両親に説明して欲しい。それに、卑怯かもしれないけど、高校生のわたしがこんな大事なこと、1人では決められない。両親の判断も仰ぎたいの」
「いや、僕はもちろんありがたいんだけど・・・僕の話、信じてくれたの?」
「先代くんのおばあちゃんと先代くんの話は、信じるも何も、事実なんだよね?わたしには分かったの」
「ほんとに?」
「うん。わたしの、”全人格”、をもってして”事実”だ、って分かったの」
かすかな表情の変化だったけれども、彼女は初めて笑った。
「じゃあ、いつ行こうか?」
「明日は?土曜で会社休みだから、父も家に居るように言っておく」
「分かった、じゃあ、明日」
「ねえ、先代くん。もうちょっと、いい?」
「ん、時間?僕はまだ大丈夫だけど」
「じゃあ、先代くんのお父さんとお母さんと妹さんのこと、もう少し聞かせて」
彼女の意図は分からなかったけれども、僕は3人のことを話してあげた。




