堰の章-6
春休みが明けて、ルカとシランは六年生になった。
クラスは同じ。安心して一年を送れそうだとほっとしたルカは放課後、シランと一緒に図書館に来ていた。
「やあ、片倉。進級おめでとう」
「そういう君も。進級おめでとう、市瀬」
相変わらず固い雰囲気の二人がそんな挨拶を交わす。
それをキョドキョドしながら見る人物。
ルカではない。
「あの……二人共? 仲良く、ね」
蚊の鳴くような……いや蚊の方がもっとはっきりしているかもしれないと思えるような声で睨み合う二人を諫めたのは、ブラウスの上にセーラー服という変わった制服を着たトウコ。この中で一番年上のはずだが、頼りなさげでおどおどしている。
顔見知りのはずなのにこのぎこちなさ。ルカは笑うしかない。
当然だが、アオハとトウコも進級した。アオハは小学六年生、トウコは中学三年生である。
最近はトウコも放課後には比灘町に来て、図書館にいる。
最初はおっかなびっくりだった(今でもおっかなびっくりだ)が、徐々に慣れてきて、ルカたちと普通にコミュニケーションがとれるようになってきた。
最も、トウコにはルカたちに会う以外にも目的があるらしいが。
「今日も行くんですか? 加賀美さんのところ」
「う、うん」
ルカの問いかけにぎこちなく頷くトウコ。
そう、彼女はほぼ毎日のように加賀美のところへ行っていた。加賀美とトウコは親戚のようなものらしい。
「お、遅くなるといけないから、私先に」
「だめ」
気まずくなったのか、出て行こうとするトウコをシランとアオハが同時に止めた。
「せめて五時まで」
「いてあげて、ね?」
アオハとシランの言葉にトウコははっとし、座り直した。
時計を見やれば、まもなく五時を迎える。
長針が十二に合う前に、トウコはそっとルカの耳を塞いだ。
そして小さな声で"夕焼けこやけ"を歌う。流れ始めた時報が聞こえないように。
ルカは未だに"七つの子"を聴くと恐慌状態に陥ってしまう。未だに、と言ったものの、一ヶ月以内に三つもの惨殺事件現場でそれを耳にしているのである。トラウマになっても仕方ないだろう。
だからシランもアオハもトウコも、この時間は一緒にいる。
ルカ、俺たちはここにいるよ。
大丈夫だよ。
何も聞こえない。聞こえないよ。
まどろむような優しさに、ルカは涙が出そうだった。困らせたくないので、秘密だが。
帰り道。
ルカはシランとアオハとは別れ、トウコと共に例の木造アパートを訪れていた。加賀美と話してみたかったのと、二人がどんな話をしているのか気になったのだ。
ついていくと言われ、トウコは少し困ったような表情を見せたが、いいよ、と言ってくれた。
加賀美はおばあさんなのに二階に住んでいるらしい。呼び鈴で出てきた彼女は「足腰が鍛えられていいよぉ」と朗らかに語った。
「やあやあ、トウコちゃんもルカちゃんも、よぐおんなすたごだ」
「えと、よぐ? 女?」
「よく来たねって意味だよ。方言」
加賀美の謎の言葉にトウコがすかさず解説を入れてくれた。加賀美は申し訳なさそうに言う。
「ごめんねぇ。元々比灘町のもんでないから、時々出るんよ」
「あ、いえいえ」
「暗号みたいってよく言われるんだけどね。トウコちゃんはなんでか、通訳できるのね。本当、偉い子さ」
「そ、そんな。私は大したことないです」
かなり謙遜しているが、ルカはトウコが図書館で時折方言に関する本を読んでいることを知っていた。勉強熱心なのだ。
誇ってもいいと思うのだが、何故ここまで謙遜するのやら。
そこへぴんぽーん、と気の抜けた呼び鈴が鳴った。




