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作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。
誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。
また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。
まず世間話がてら、伯爵様と子爵様で戦況や魔獣についてのお話をなさった。
これだけ離れているのに、子爵様は前線の最新情報をお持ちだった。イーザスからここまでに立ち寄った町では、相変わらず情報が錯綜してたんだけど。
今朝、先に到着したらしい師団長野郎から聞いたんだってさ。いつ追い抜かれたのか。街の興奮はなるほど、英雄の所為もあったのだ。
しかして伯爵様は、対外的には黎明様とはそんなに仲良く無いよ的な振る舞いをなさる。今更感半端無いから、きっと本気で無関係装いたい訳では無いだろうけど。過去の経緯から言って親交が有るって国中に知れ渡ってるし。
でも実際、黎明師団の騎士様達に対してはそうでもないけど、他の貴族様とかの前だと自分からは黎明のれの字も出さない。この時もいつも通り喰えない笑みで飄々としてたけど、良く聞いてると伯爵様は肝心な言葉や決定的な言葉を綺麗に除外して喋っていた。なのに時々断定的に聞こえるのはどういう仕組みなのか。あ、態度デカいだけか。
要するに、お師匠様もカルヴァート子爵を品定め中なのだ。
・・・って事は、ここですぐさまどうこうって展開は無いんだよね?
伯爵様いつも唐突だから確証無くて怖いなあ。内心ビビりまくりながら、にっこり営業笑顔でお二人の会話に相槌を打ち続ける。
暫くして、漸く子爵様が私へ水を向けてくれた。
「それに加えて、ロレンシア候にまでお気遣い頂き、本当に有り難い事です」
子爵様へは予め、パパ侯爵様が使いを遣ると手紙を出している。公式訪問なのだ。失礼があってはいけない。緊張で頭痛が痛くなってき・・・あわわ、気疲れでもう言葉がおかしくなってる。外へ出さない様に気を付けないと。
「候は自らおいでになれない事を、大変心苦しく思っておられます。子爵様には何卒ご理解を頂きたく存じます」
用意していた言葉を慎重に言いながら、トランクから二つ折りの皮紙を取り出す。子爵様がダークグリーンの糸目を少し開いて、私の手元を見詰めた。
紙が稀少なバルバトリアでは、手紙を封筒に入れる習慣が無い。二つ折りにして、植物から採れると言う簡単綺麗に剥がせる糊みたいのを、重ねた縁に塗って閉じるだけ。貴族の公式文書ならその表面に、魔導ペンで署名してハイ完了。
封蝋の様な物は存在しないらしい。魔導ペンでの署名には特殊な効果があるので、本人確認にはそれで十分なのだとか。むしろ家紋の封蝋等とは桁違いに偽装が困難。ちなみにこの世界には家紋という概念も存在しない様だった。
皮紙の色は濃い目のオフホワイトで、文字のインクは黒に近い濃灰色。魔導署名は真っ赤だ。もしかしなくても血文字である。正式には血印と言うらしい。
魔導ペンで、自分の血で他の人の名前書いたり、自分の名前を他の人の血で書くと、その場で手紙が燃え尽きたり、書いた人物が世にも恐ろしい苦痛にのた打ち回る事になるのだとか。具体例は教えて貰えなかったけど、体調不良軽減の指輪をくれた時と同じくらい伯爵様が念押しで教えてくれたので、たぶん相当の苦痛なんだろう。怖過ぎる。
そして、血印かただの赤インクかを見分けるのも、魔導具だ。魔力が高い人はニオイで分かるらしいが、普通は見分けられないのだとか。でも、血印を使う様なお貴族様達はプライドが高いので、見分けられるフリで済ます事も多いらしい。なんと、剛毅な。
もちろん魔導ペンと血液を使用しているサインかどうかを判別するチェック用魔導具はしっかり普及しているが、大抵の貴族は大っぴらに使ったりしない。目上の者からの書類にチェック魔導具を使うのは失礼だ、という裏マナーが根を張っているからだとか何とか。悪習以外の何物でも無い。
それもあってか、昔から失魔症患者を使った文書偽装は後を絶たない。一昔前までは、代筆係として大々的に失魔症患者を所有するのが上流階級のステータスの一種だった程に。
そう、怖ろしい事に、この血印の効果は魔導ペンで行う魔法であるので、失魔症の人はスルーしてしまうのだ。失魔症の人が魔導ペンで誰かの血で誰かの名前を書いても、そもそも魔導ペン(血印)の魔法が発動してないので何も起こらない。
しかも、万が一チェック魔導具を使われてバレても証拠は残らない。偽装だ、としか判明しない。実際に書いた失魔症の人を筆跡かなんかで断定出来ても、実行犯が元々差別で冷遇されている者ならどんなに事実を訴えても世間は聞き入れない。真犯人は新しい失魔症患者を飼えば良いだけだ。
来た。奴隷。
ここまでの道中、リ魔ジンの中でのお勉強タイムにこの話を聞かされた時、まずそう思った。この国では昔に廃止された奴隷制度はまた別物であるらしいけど、でも私の感覚では同じ事だ。
失魔症患者は奴隷だ。物だ。
血印に限らず、魔導具の浸透度がここまでいってる国で、魔導具の殆どをスルーする失魔症患者は場合によっては脅威ですらある。そしてそれは、使い方による、という事でもあるんだ。
失魔症差別、と言うか、差別そのものの起因てきっと大体その辺なんだろうな。怖いから、怖い思いをさせられる前に、差を見せ付けて別けて置きたいんだ。一緒に居たくない、という危機回避意識だ。これが集団が大きくなると、皆で力を合わせて恐怖を克服しよう、という攻撃意識へ成長するんだろう。
私の未熟で偏った解釈でしか無いけど、脅威への恐怖心が差別の根本だとしたら、普段から怖がらせない様に気を配ればマシな筈。失魔症差別においては、公的には終息へ向かってるって話だしね。
折角良識有る誰かが作ってくれた失魔症差別やめよーよの流れは、乗って煽る方向でFAです。間違っても逆流する様なバカはしたくない。
私は今、ロレンシア侯爵代理カレン・コーザックだ。香坂花蓮とは影響力が違う。
そっと、細心の注意を払って失礼にならない様に手紙をテーブルへ置き、隣の伯爵様の向かい側へ座る子爵様の方へ滑らせる。子爵様と絶対指が触れない様に、慎重にゆっくり手を引いた。相手にも「触らなかった」と記憶させるくらいゆっくりと、少し印象的な仕種を足して。
「ロレンシア侯爵様よりお預かりして参りました。まずは身分の低い使者を立てた事の説明と、お詫びをしたためられておられます。どうぞご熟読頂けます様お願い申し上げます」
「これはご丁寧に。では早速」
私が言い終わる前に既に人好きのする笑顔に戻っていた子爵様は、含みの無さそうな様子でそう言ってすぐに手紙を手に取って読み始めた。チェック魔導具を取り出さないどころか、侯爵様のサインにも碌に目を止めなかった。ニオイで判別出来るくらい魔力が高い人なのか、ここに伯爵様が居るから疑っても無いのか、悪習に倣う演技か。演技なら私にどうこう出来る人物では無い。そう思える程に自然な所作だった。
「・・・」
こっそり深呼吸する。緊張し過ぎだ。更に自分の太腿をつねって気を散らしながら隣の伯爵様を盗み見ると、気付いた赤い瞳が悪戯気に細まった。嫌な事に、それを見てほっとしてしまう。
うん。この人と対峙するよりは遙かに楽だ。
「なんと!そうでしたか!」
伯爵様を睨み付ける前に、子爵様が突然声を上げたのに遮られた。慌てて目を向ければ、私を見て何やら高揚に頬を染めていらっしゃる。あらやだ嫌な予感。
「陛下の御身を身を呈してお守りになった英雄の、恩人でいらっしゃるとは。私にご紹介差し上げる事が出来る方は、一人残らずご紹介させて頂きますとも。無論贅を尽くしたドレスやアクセサリーもこちらでご用意致します。 5日後の夜会を是非とも楽しみにしてくださりませ!」
何書いたあの化け狸っ!
想像付く様な、付かない様な。私は3人目の英雄が書いたその手紙の内容を知らないけど、儀礼的な挨拶文を越えているとも思えない。にっこり笑顔で礼を言っておいた。
夜会では、ラーゲフェルトの宿場町で出会ったあの旅商人達から買った、全国的に一般流通している型だという給仕服を着るつもりだった事は、永遠に闇へ葬る事になりそうです。
バルバトリア貴族の風習だか慣習だかで、初対面や初日に「非常時ですから」って一言で本題に入れるなんて事には、残念ながらならず。
すっかり夜も更けてんのに2時間くらい掛けてゆっくり互いを知り合い、戦時中につき心中お察しします的な言葉を何度か繰り返し、ほんのちょっとだけ予告編的に時事に触れてからお開きになった。勉強になりましたとも。ええ。
そして残念な事に、伯爵様の本題はこれでほぼ完了。元々彼は、魔導院として現地調査させて貰うけどよろしく的な挨拶をしに来ただけなのだ。あっさり笑顔で了承貰ってしまったから、後は、表向きには戦場へ戻ってお仕事に打ち込みたいところ。
思う所があるから、5日後の夜会が済むまではこのカルヴァート市高級地区のホテルに滞在する運びだが、具体的に伯爵様が何をどうするのかは言わずもがな、全く教えて貰ってません。
信用無いのは仕方ないにしても、どうするか分からなかったら知らず邪魔しちゃったりするかもよー?それが怖いのよー?
この城に寝泊まりしてくれーって半泣きで頼み倒す子爵様を、あれこれ言い訳並べ立ててお断りしながら応接室を出、1階の玄関ホールへ向かって階段を降りて行くお師匠様。
実はこういうところがある所為で、伯爵様は貴族社会では変わり者扱いされているらしい。まあ普通に考えて、この流れなら城内に滞在するよね。別荘が在るでも無し。
今回はカルヴァート子爵様のお人柄がまだ分からないプラス、大親分のフリード家へ何とか距離を保っておきたいってのが理由だと聞かされてる。レティーツィア嬢の婚約予定ぶっ壊すつもりだし。
まあ他にも理由があるんだろうけどね。夜会の日程とかね。戦場までの距離とか諸々考え始めると、5日後まで足止めとかね。何らかの水面下がうっかり見えそうでおっかないですよ。やだやだ見えたくなあい。
のらりくらり、ひらりさらり、ピカピカの波模様な銀灰色の石床に足音を立てない黒ローブの後ろ姿がふと、階段がカーブしている部分で立ち止まった。隣に張り付いていた子爵様が数歩進んでしまってから足を止めるのを確認しつつ、彼らから2歩下がって付いて行っていた私も足を止める。
と、同時くらいに階下のホールから伸びやかな声が響いて来た。
「そうなんですか?!でしたら後ほどご挨拶に窺っても良いでしょうか。アークライト殿は騎士学校時代の先輩で、当時とてもお世話になったんです。その時にでも色々とお話を聞かせて下さい!」
声質自体も陽性だけど、テンション上がってて子供の様な抑揚の青年の声だ。
階段の手摺りに寄ってホールを見降ろそうかと思ったが、伯爵様の後ろ姿が変な動きをしたのに気を取られる。笑いを押し殺してるらしい。広い背中が小刻みにぷるぷるし始めた。ただでさえ変な生き物みたいな後ろ姿なのに、これじゃもうただのキモイだ。
「お恥ずかしい。息子は黎明様に憧れておりまして」
気付いた子爵様が、如何にも子煩悩そうな笑顔で私達を見上げてそう言った。その言葉で伸びやかな青年の声の正体と、その会話相手を知る。
・・・始まった。虫除け係のお仕事始まった。
予定通り「再会」する為にこの迎賓館の玄関をうろついてたんだろう師団長野郎は、どうやら熱心なファンに掴まって、その様子を暗黒魔導師に面白がられているらしい。振り返って耳打ちしてきた伯爵様の声も、顔も、爆笑寸前だった。
「アレはあの手合いが一番苦手なのだよ。ご覧、あの顔っ」
言われて見下ろした目に痛い豪奢なホールには、相変わらず存在感甚だしいご健勝な師団長野郎と、そのすぐ傍に、ほんともう引っ付きそうなくらい近くに、子爵様と同じ焦げ茶色の髪の青年が、浮いていた。この城の持ち主の嫡男だからか、皆遠慮して遠巻きにしてるもんだから、異様に寄り添っている2人は完全に景色から浮き上がって見えるのだ。
ええ、その時点で噴き出しそうになりましたけどね。
あのガタイとあの悪党面で、性格が厳格冷酷で、神経ギスギスする戦時中で。自身が望んだ事でも無い理由で部下を前線に置いてやって来て。
ぽっちゃり坊ちゃんに無邪気に懐かれて、白目剥きそうになっている。
「っ!」
ぎゃははははははははっ!!
ポメラニアンに纏わりつかれて困ってるシェパードが居る。
師団長野郎はドーベルマンでも可。けど、ご子息は何て言うか、丸こいポメラニアンとしか言い様の無い青年だった。ふわっふわのボリュームたっぷりなくせっ毛が愛嬌満載で、嬉ションしないか心配になるくらい頬を紅潮させて、きらっきらの瞳でずっと英雄を見詰めている。余所見皆無。全力でラブビームを発射してるのだ。いやむしろ斉射ですよアレ。ずががががが!
そして生真面目な警察犬は全射被弾。避けたくても動けない。何故なら彼はこわ~いご主人様に「ここに居なさい」って命じられてますから。ステイ。もう真面目通り越して健気にすら見えて来た。ぶふっ!
そんなとっても強烈な第一印象を与えてくれた子爵様のご子息は、お名前をニコライ様とおっしゃるらしい。カルヴァート子爵はエミリオで固定だからこれは幼名ってやつで、ここん家はバルバトリアでも数少ない改名制なんですってよ。年齢は今年21歳におなりだそうで立派な大人だが、子爵の座に座るまではエミリオになれないらしい。
と、子爵様がさっきから紹介して下さってるけどごめんなさい、私達、今、ポメラニアンにアワ吹かされそうなシェパードに夢中なんです。
どうしよう!可愛いっ!なでなでしたいっ!
こんな考えバレようものなら斬り捨てられそうだけど。
眺めるだけで2人の傍へ行こうとしない伯爵様と私に、訝りながらも子爵様は機嫌良く付き合って下さった。全く急かしたりしなかった。派手な風貌の割に本当穏やかな人だ。これも計算かなあ。どうかなあ。
身に着けてる物がほぼ濃紺一色で装飾品ゼロだから地味な筈なのに、何故か地味って言葉が死ぬほど似合わない英雄様には、もちろんすぐに気付かれた。何で階段の途中で止まってるのかも、一目で気付かれた。
そしてその瞬間に晒してくれた死ぬほど嫌そうな顔を見て、真っ黒魔導師と真っ黒弟子はその真っ黒な腹が痙攣を起こすほどの我慢を強いられましたとさ。
ご拝読頂きまして恐悦至極に存じます。ありがとですー!
以下小ネタ・小話
花蓮も驚いた、この度の子爵様のお召し物。超一張羅でした。
朝方に黎明閣下、夜にヴァレンティヌス伯と、王妃の父君の代理(ただの使者とは格が違う)をお迎えする大事な大事な1日でありました。
英雄カラーを意識した青をベースに、豊潤な土地を表す色とりどりの最高級生地と宝飾をふんだんに使った、フリード領3本の指に入る最上級の仕立て屋に作らせた、とびっきりの一品なのでした。
濃紺を使わなかったのは敢えてで、黎明に媚び過ぎない強気な姿勢を見せ付けました。
実は、靴には東軍カラーの赤銅色に近いワインレッドがメインで使われており、髪飾りやブレスレットなどにも差し色としてこの色が散らされていたりもしました。
が、全部「目がちかちかするー」の一言(一思い)でスルーされました。
なので在り来たりな例文通りの褒め言葉しか貰えず、内心しょんぼりしてらした子爵様だったとさ。




