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カレン  作者: f/1
光と闇
58/62

56

作者打たれ弱いので、作品への誹謗中傷は一切見なかった事にします。酷い場合は警告無しに対処したりもしますのであしからず。

誤字脱字や引用の間違い指摘などはとてもありがたいので、知らせてやろうという奇特な方は宜しくお願い致します。

また、全ての作品において、暴力や流血などの残酷な描写、性的な表現がある可能性があります。不快に感じる方、苦手な方は読まないでください。





 何かにつけてどうしても脳裏にチラ付く孤児の姿に、それに触発されて押し留められず漏れるどす黒い感情に、気分が浮き掛けると途端、元の位置より深く沈められる。それを表情に出さない様にするのが精一杯だが、周囲に悟られていないかどうか客観視する余裕はまだ無い。

 そんな状態の私を知ってか知らずか、単純に調査の為だったのか他に理由があったのか、伯爵様は一緒に来なかった。ので、師団長野郎と二人きりで挑む事になった。挑むも何も、彼にとっては常のお仕事なのだろうけど。

 「絶対見たくないもの」と分かっているものを見る、という仕事に。


 ここまでの景色と別段変った所の無い、伯爵様が調査をしている場所から5分も歩かないその場所は、静かだった。

 近付いてまず目を閉じてしまうという失態を犯さぬ様、その一角が見え始めてすぐ頭の中で「お仕事」と唱えまくる。歩調も雰囲気も、私を気遣う素振りも見せない師団長野郎に、感謝の念すら抱いた。

 他の人や伯爵様が居たなら、それを利用して逃げたに違いない。見ずに見たフリするってのは状況的に出来ないが、少なくとも一旦目を逸らし、脳内で理屈を捏ね、真っ向から受け止めはしなかっただろう。この年まで後ろ向き性格で来ると、自分を騙すなんて呼吸と同じくらい簡単に出来るからね。

 だからきっと、厳しい人と二人きりだから、逃げずにいられた。

「・・・・・・」

 全身血塗れでぐったり地面に横たわる男性と、同じ様にボロボロで血塗れの魔獣が一頭、近くの木に見た事も無い太さの縄で繋がれている。

 だが、動作音どころか呻き声ひとつ聞こえない。

 見張り役の騎士様が一人近くに居たが、彼は特別気負う感じも無く衣摺れの音を立てて師団長野郎へ敬礼して見せ、師団長野郎も普通にそれへ目礼を返した様だった。魔獣から十分距離を取って立ち止まった彼に倣いながら、私は息を殺して見張り役さんへそっと膝折会釈だけしておく。

 彼らと違って私は、音を立てるのが怖い。

 果たして、拷問後の傭兵ダニーは、以前見た戦争映画で役者さんがしていた特殊メイクと冗談みたいにそっくりの、直視に堪えない姿で森の中に転がされていた。もしかすると拷問まではされてないかも、という淡い希望はやはり抱くだけ無駄だった。

 ダニーは鎖等で繋がれている様子は無かった。手錠どころか、簡易的にすら縛られていない。でも、逃げる力は無いと思う。出来るのは精々、寝返りを打つ事くらいだろう。

 両目には汚れた布が何重にも巻き付けられ、同生地の布で猿ぐつわを噛まされ、両手首と両足首にも同じ布が個別に巻き付けられている。手足のそれは、滴るほどに血で濡れていた。

 地球の人間と同じ、私と同じ、赤い血で。

 目を疑うほど巨大な熊の魔獣は意識がある様で、眼前に転がる獲物にヒク付く鼻先を向けて地面へ伏せ、太い腕をぐっと伸ばしている。縄もその腕同様限界まで引き伸ばされ、幾筋も引き千切ろうとした痕跡があった。地面にも、一方向へ向けてクワで掘り返した様な爪痕が幾つもある。

 そしてその全てに魔漿液と呼ばれる魔力の膿、腐臭の濃い緑色の粘液と、血液が飛び散って付着していた。魔獣化した動物は必ずこの液体に侵されるらしいが、詳細はやはり解明されていない。

 この熊も例外無く魔漿液に侵されて、ただひたすら獲物へ獲物へと、余程近付こうと足掻いたに違いない。動物としての本能ではなく、魔獣としての衝動で。

 その成果か、二者の距離は1メートルも無く、彼が寝返りを打ったら魔獣の汚れた大きな爪が届いてしまうだろう程だった。

 その汚爪に最も近い位置に投げ出された、ピクリとも動かないダニー氏の両の手首足首の先は少し、違和感のある方向を向いている。たぶん腱を切られているのだろう。猿ぐつわも言葉を封じているのでは恐らく無い。きっと、舌を噛まない様に、だ。自殺の自由すら、無い。何も見えず魔獣の息遣いだけが聞こえている中、左右どちらへ転がるか、彼に残された自由はそれだけ。

舌を噛んで自殺・・・?

 映画や小説ではお約束な状況だけど、舌なんてホントに噛み切れるのか、舌を噛み切る痛みで死ぬのでは無く、出る血で溺死する為に舌を噛み切るってのは本当なのか、舌噛み切ってまで死にたくなる程の苦痛ってどれ程なのか、この目が今見ているものに、いまいち現実感が伴わないまま思考がぐるぐるする。

・・・拷問?・・・これが?

 私の足先にもある。近い未来の一つに、コレがあるって言うのか。

 手を伸ばせば届くほどすぐ傍に立っているこの人が、私にもコレを用意してるのか。

 先達ダニーは死なない程度に痛め付けられた状態で目と鼻の先に魔獣を置かれ、もうどれくらい経つんだろう。下草に滲みた血の量が凄くて、生きているのかどうか不安になる。臭いだって十分離れているのに咽そうに濃い。指一本動かないけど、胸を注視すると微かに上下している様な気もする。いや、気が動転して見えた錯覚かもしれない。分からない。何ひとつ確かじゃない気さえしてくる。

 迂闊をしたら、私もこうなる。それだけははっきりと分かったけど。

ねえ、それ、どれだけ痛い?

「彼は・・・?」

 堪らず、声を潜めて英雄へ訊ねる。発声した途端、急激に喉が渇いてたった三文字の言葉が掠れた。その後に続く言葉は声にならずに潰れたけど、師団長分からず屋の筈野郎に伝わったらしい。明確で簡潔な、常と変らぬバリトンが即答してくれた。

「息はある」

 やはり生かされている。あの状態で。

「もう・・・」

 もう終わらせたって良いんじゃないのか。恐怖か、同情か、ただの衝撃か、性懲りも無く胃液が競り上がって涙が滲む。体の芯が震えてしまう。恥ずかしい。また、結局、これだ。所詮脇役。映画の主人公の様に、無様は一度きり、なんて格好良くはいかない。

 怖い。

 痛い。

 英雄はこちらを見ない。私の上擦った声も、滲む涙も、震える体も、無かった事にしてくれた。伯爵様がいつか言っていた通り、眉一つ動かさず。

「無論殺しはしない。コレは重要な証拠だ」

 娼婦に暴力を振るう最低の男、うだつの上がらないダニーの末路。理性の部分では、ざまあみろ的な考えが浮かばないでは無い。正直、ただの因果応報、だ。

 でも、目の前で起こっている現象を生理的に受け入れられないのは、それと別の次元の話だ。明日は我が身的な話は別にしても、こんなのは酷過ぎる。人間を切り刻んでコレ呼ばわりなんて、英雄の、民の味方のする事じゃない。

 そう胸の中で叫んでも、それをきちんと言葉にして喋れる気がしない。私には想像も付かない世界に生きるこの人の心を動かす、適切な言葉が見付からない。何をどう言えば良い?

 暗く冷たい方へ転げ落ちる彼を引き留められたと、そう思ったのは一瞬の幻だった。


 この人はこんなにも、軍人だ。


 と、堪らない感情に強く戦慄きそうになって、慌てて「彼はこの後どうなるのですか」と言いながら・・・・・・しゃがみ込んでしまった。

うわやっば。

 急に足に力が入らなくなった。衝撃無しの膝かっくんされた感じ。貧血?それっぽい眩暈や吐き気は無いんですけど何この現象?!という混乱はしかし、のんびりしてる場合じゃないので無理やり押し遣る。体調不良軽減の指輪を握り締める様に拳を作り、何とか気力を繋ぎ止めた。

 落ち着け。私が拷問される確率はだいぶ下がってる筈。そう信じて騙されておけ。でなきゃ恐怖でおかしくなる。体の調子なんか、気力で何とかするしかないんだ。気持ちだけは動き続けろ。

 大丈夫。今相手にしてるのは師団長野郎だ。色んな考えや感情で揺れたまま、ありのまま、言いたい事を言って良い。この人へはむしろその方が意思疎通が適う。魔獣から助けて貰った時がそうだった。魔漿液を川で洗い流されそうになった時、形振り構わず訴えたらちゃんと川の外で洗ってくれた。この人へは、思った事をそのまま出した方が良いんだ。

 だから大丈夫。大丈夫。

 怖くない筈なんだから。

「・・・聞いてどうする」

 師団長野郎の声が少し大きくなった。たぶん、こっちを向いて言ったんだろう。隣から、しゃがんだ私を見下ろす視線を頭の天辺あたりに感じないでも無い。見上げて確認したらまたビビッて言えなくなりそうだから、前を、ダニー氏を眺めたまま返した。えーい怖くない怖くない怖くない怖くない。

「彼にお聞きしたい事があるのです」

「直接尋問させるつもりはない。俺を通せ」

 どこまでも無機質な低い声は、私への警戒心で尖っている。残念だなあ。今の私、結構普段無いレベルで素直なのですが。恐怖極まって得意のおためごかしも不発なだけなんだけどね。怖すぎて剥き出し、あ、いけね。考えなーい考えなーい。怖くなーい怖くなーい。

 と言うか聞きたい事って、別に態々師団長様を通す程の内容じゃないんだけど。

「あの、色々あるんですけど、まず、自分のした事の意味、分かっててやったのか聞きたいんです」

「そんな事はとうに言ってある」

 完全にイラっと来た声になった師団長やっぱり分からず屋野郎に、また壁越し会話な気分にさせられた。

んー、聞きたいっつってんのになあ・・・。

 たぶん、拷問の初っ端にてめーどんだけ被害出るとこだったか分かってんのかこのやろ的に言ったんだろう。何度も何度も、罪を自覚させる為に、一方的に言ったのだろう。きっと返事なんて聞く耳持たずに。

 それは言葉の暴力でしか無い。どんなに正しい言葉でも。

 私はその返答を、あわよくば彼にそうさせた原因を、直接聞きたいのに。したら第二第三のダニー氏を出さない提案を、私の後見人達へ上げる事が出来る。そしてそれらを聞いた時、私の中に、民間人の中にどんな感情が生まれるのかも確認しときたい。って事を、どう伝えたらダニー氏へ質問させてくれるかなあ。

「聞きたいのです、黎明様。私は、その質問の返答を、彼自身の言葉で聞きたいのです」

 考える前に、さっさと思い付いた言葉を口から出す。この作業は不慣れで、たどたどしい感じにしかならない自分にイラつく。平素から思った事を意図的に伝える努力をしていれば、こういうイザっちゅー時もそれなりの恰好は付いたんだろう。隠れ引き籠りの弊害は、大事なとこでこそ顕著に表れる。

「見て、聞いて、触る事が、私の仕事ですから。出来るだけ、普通は「彼女」のところへ届かない声を聞きたいのです」

えーい!もっと他に言い方無いのか私のヤロー!

「えと、それに、実際に当人が仰る言葉と、当人の言葉を他の人が一旦咀嚼してから仰った言葉では、全く違うと思うんです。別の誰かの耳と脳と口を経由した言葉は、違うんです。どんなに正確でも、本人から聞くって、意味が違うんです」

 そんな事は当たり前だ。特に尋問や拷問が日常茶飯事の軍人さんなら尚の事、直接って事の重要性は私よりよっぽど理解してるに違いない。だからこんな言い方じゃダメなのに、本当、この脳みそも舌も役立たず。

んーもう開き直っちまえ!

「れ、黎明様とお師匠様もそうです。誰かを、私を、経由しないで下さい。ちゃんと思い合ってるんだから、ちゃんと話をして下さい。直接、顔突き合わせて」

・・・・・・・・・よぉーしやっちまった。

 引き留めたいと思ったのは本心だ。伯爵様と師団長野郎の間にあるきっとほんとは暖かい繋がりを、どうにか留めたいと思った。パパ侯爵様に初めて会ったあの席でも、先程の再会の一幕でも、彼らの間柄が壊れるのを避けたい、と本心から思った。

 壊してでも引き留めようとする伯爵様の手が、ほんの少しでも優しく届くように。

 だったらちゃんと見ていなくてはいけない。こっそり様子を窺って、じっくり吟味しなきゃいけない。手探りで無闇に掴んだらこの手こそが経ち切ってしまう。

 たぶん絆とか何とかって呼ばれるそれは、時折途轍もなく脆い物だから。

 本人達に見え難い時は、第三者が慎重に見定めて、力加減の間違いを知らせてあげられれば良い。

 だのにこの言い方は無いわ。素直に思った事をそのままっつっても、いくらなんでも脈絡飛んでちゃね。私のおバカめ。

「何の話だ」

 こっちの心情など知ってる筈も無く、師団長野郎は心底呆れた様な溜め息と共にそう吐き捨てた。まったくです。まったくもって仰る通り。ダニー氏への質問はどうした花蓮だがしかし!

 やっちまったもんは仕方ございません。どうせ拷問直前な死に体。行き付く先は今まさに目の前に転がっている。そう、どうやったってもう怖いんだ。

 もう、やり切るまでだ。

「私は誰とも仲直り出来ません。遠く離れてしまって」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 深刻な負の感情が、ともすれば空気と共に毛穴という毛穴から入り込んで来そうな、悍ましい「戦闘跡地」の威力。拷問を目の当たりにする衝撃。昨日の今日で再認識させられる、自分の先行きの危うさ。それら全てがまだ、入口にしか過ぎない予感。

 暴力。人殺し。絶望。

「・・・本人と話をすれば気が済むのか」

 どっちのことだろう。

「・・・・・・はい」

 ここに着いてたった数分なのに精神的消耗度は中々のもので、これ以上は一滴も勇気を絞り出せず、もう何を言う気力も尽きたけれど。

 こっそり見上げた三白眼の横顔が、拗ねた子供の様に見えたのが気の所為でなければ良いのに。





 お読み下さってほんっとうにありがとうございます!読み難くてごめんなさい!


以下小ネタ・小話

 お馬さん達はこの間、一か所に集められています。魔力の流れを経つ結界的な物で囲んでいます。魔獣化対策です。

 なのでオグロたん達はこの時、井戸端的に現役ボーヤ達と情報交換してたりするはずです。

 「ちょっ、前戦パねえんだけど(笑)」とか、「導師ちょー馬使い荒いんですけど、まじウケる(笑)」とか言い合ってるんじゃないでしょうか。

 中には親子も居る筈で、たぶんマロンたん辺りは愚痴る息子辺りに「うちはうち!よそはよそ!」的な叱咤激励をしてたら良いなぁ。

 妄想膨らめど筆進まず。良いお年を。

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