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その五十

続きです。

暗い森、暗い夜。

電気などと言う便利なものが無い世界。街灯やネオンサイン、道を走る車のライトすらない夜。

今まで想像していた以上に恐ろしく暗い闇の中で、あたしの意識は、緊張をはらんだままのユーリーの息遣いの奥で、小さく呻く。


追手は巻いた。地の利はこちらに有る筈。

見つけてくれる。誰かが探してくれる。

その時まで、身を潜め体を隠し、たった一人で乗りきらなきゃならない。

身を守るのは、手になじんだたった一本の短剣だけ。

あの日、アレクに貰ったこの短剣だけ。


――――― ユーリー…


怖さにすくみそうになる心を押し殺しながら短剣を握りしめ、闇を見据えるユーリーの感情が、抑えられる事も無くあたしの中に流れ込んであたしの意識を掻き乱す。


きつい…

きついきついきつい…


限度を超えるほど酷使された体は、あちこちギシギシと軋んで、息は乱れ切ったまま、さっきから整える事さえできない。

なのに、その呼吸さえ出来る限りの力で抑え込んで、身を潜める。

意識を、気配を、闇に同化させるように溶け込ませるように。


――――― アレク…


脳裏に浮かぶ銀の髪。


―――――― たすけて…


そう小さく呟くのは、あたし。

ユーリーは…?

ユーリーは――――――


助けてくれるのは、誰?

この子の気持ちが見えない―――――― ううん。みれない。


だから、こうして、精一杯小さくなって身を隠す。

決して、誰にも見つからないように――――――




事の起こりは今日の早朝。

いつもどおりに顔を出した騎士たちの控え室で、副団長に頼まれたささやかなお使いが事の発端。

出かける寸前に、いつの間にか傍にいたグレルに、こっそりとされた耳打ちがこの事態を引き起こした。


グレルから口頭で告げられるアレクからの指示。

お使いは、第二騎士団当てだったから、その時に、隊舎の有る人物から渡されるものを必ず持ち帰る事。誰から、何を渡されるのか。その詳細は聞かされず、「忘れものだよ、君」という言葉を発した人物からその忘れ物を受け取って帰るようにと。


実は、こう言ったお使いに便乗した指示は初めてじゃない。

その時々で、出かけて行く場所や用件は違っていたけれど、ユーリーはこう言った仕事を、もう何度もこなしていた。


アレクが剣の誓いを交わしてまでユーリーに求めた仕事だったけれど、実際はこの通り、グレルや、指示された人物と、ちょっとした秘密めいたやりとりが有るだけで、取り立ててユーリーの毎日は変わらなかった。


ユーリーの前に、突発事態とはいえ姿を見せてくれたアレクだけど、まだまだ、体の状態も、また周囲の状況も、予断を許さないとのことで、世間一般的には、未だ自分の屋敷にどうしても手が離せない案件でカンヅメ中―――――って、この世界には缶詰ってないから、この表現は違うよな…――――って事になっていた。


『団長、まだ、お帰りになられないのか?』

『ああ。まだ、色々片付かない事が多いらしい…』


日々、今までと変わりなくあちらこちらで囁かれる声に、あたしは申し訳ないけど、少しだけ優越感持っちゃったりもしていた。



―――――― だって、あたしは知ってるの。

あたしは、いろいろ知ってるのよ。


国の大事だとわかっては居るけれど、どうしたって秘密は蜜の味。


言わないけどね。

言えないけど――――― 絶対言っちゃいけないけど、知ってるの!


あたしはね―――――ユーリーはね。

アレクに信頼されたのよ。ちゃんと、認めてもらったんだから。

こうして、きちんと役にだってたってるの。




――――― なんて、暢気だったんだろう。






訪れた第二騎士団の隊舎の中で、指示通り今日の合言葉を告げてユーリーを引きとめた赤毛の騎士から、小さな箱を受け取った。


そのまま、いつも通りに帰ろうとしたその帰り道で、通りすがりに幅寄せしてきた馬車にの中から伸びた手が、いきなりユーリーの体を思いがけないほどの強さで引っ張ったのは覚えてる。


どうやって振り払ったのか。

もんどりをうつように、地面に転がって、痛みに呻く間もなく立ち上がって走り出して。


そこから後の事はよく覚えていない。


早く…

はやく、早く…!


逃げなきゃ… 逃れなくちゃ。


あたしが覚えているのは、ユーリーの中にあったその感情だけ。


弾む息、噴き出す汗。

目まぐるしく変わる景色、湧き上がる焦燥。


ユーリーは――――― ユーリーは、たった一人で、行動して。





――――――気付いたら、此処にいた。樹の陰で、短剣を握りしめて此処にいた。


抑えつけた呼吸。せわしない心臓の音。


あたしを―――――あたしたちを、こんなにも怯えさせているのは、何一つ見えないこの闇では無い。


どこか。

どこか、見えないところ。感じ取ることなんて出来ない筈なのに、重く纏わりつく空気。


冷たく、暗く、何よりも強いある意志を持った、この押しつぶされるような暗い気配。



――――― その気配の名前を、その時のあたしは、まだ、知らなかった。



読んで頂いてありがとうございます。ようやく、続きでございます…

やっと、やっと…って感じです、今回は特に。(これ、毎回言ってるかも…)

けれど、全面書き直しは、正直きつかった… 

もう二度と、「早い目に…」なんて言いません…

次も、出来たところ勝負です。どうか寛大なお心でよろしくお願いいたします。


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