1話:理不尽な夜会。婚約者からの突然の宣告
「エリアナ・エバンス公爵令嬢! 前へ出なさい!」
きらびやかなシャンデリアの光が降り注ぐ、王宮の大夜会。
バイオリンの美しい演奏がピタリと止まり、楽しげだった貴族たちの話し声が、一瞬で静まり返った。
会場の視線が、いっせいに私――エリアナへと集まる。
声の主は、私の婚約者である第一王子、エドワード殿下だった。
まばゆい金髪に青い瞳。見た目だけは立派な王子様だが、その隣には、見慣れない男爵令嬢がぴったりと寄り添っている。彼女は涙を浮かべながら、怯えたようにエドワード殿下の腕にしがみついていた。
嫌な予感が胸をよぎる。けれど私は、公爵令嬢としての気品を保ったまま、静かにドレスの裾を持ち上げて一歩前に出た。
「はい、エドワード殿下。何事でしょうか」
「白々しいぞ、悪女め! 貴様が裏で、この愛らしくて無垢なミリアをいじめていたことはすべて分かっているのだ!」
エドワード殿下は、私の顔に指を突きつけて大声で叫んだ。 会場の貴族たちから「まぁ……」「まさかあの大人しいエバンス令嬢が……」と、ひそひそ話が広がっていく。
「ミリアさんの教科書を破き、階段から突き落とそうとし、さらには夜道で不審者に襲わせようとしたな! その嫉妬深い醜悪な本性、もはや王太子の婚約者として万死に値する!」
……はあ。
私は心の底から、大きなため息を吐き出しそうになるのを必死でこらえた。
教科書を破く? 階段から突き落とす? 不審者? どれもこれも、身に覚えがなさすぎる。
そもそも私は、毎日のように王妃教育と、この国の結界を維持するための『祈りの儀式』で大忙しなのだ。エドワード殿下が連れ回している男爵令嬢に構っている暇など、一分一秒たりともない。
「殿下、それは何かの誤解でございます。私はそのようなこと、一切いたしておりません。証拠はあるのでしょうか?」
「うるさい! ミリアの涙が何よりの証拠だ! 彼女は恐怖で震えているのだぞ!」
……なるほど。証拠は「彼女の涙」ですか。頭が痛くなってきた。
隣のミリアという男爵令嬢は、私を見つめながら、エドワード殿下に隠れて「ふふん」と勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべている。
周りの貴族たちも、王子の権力に逆らえないのか、あるいは面白い見世物だと思っているのか、私を冷たい目で見下ろしてヒソヒソと笑っていた。
(ああ、誰も私の言葉を信じてくれないのね)
この国のために、毎日身を粉にして祈りを捧げてきたというのに。
悲しさよりも先に、なんだかすべてがバカバカしくなってしまった。
「エドワード殿下、私の言葉に耳を傾けるつもりは、最初からおありでないのですね」
「当然だ! 貴様のような地味で無能、そのうえ心まで醜い女を、我が国の王妃にするわけにはいかない! ――エリアナ・エバンス! 貴様との婚約を破棄し、今この瞬間をもって『国外追放』とする!」
ガシャーン、と頭の中で何かが激しく割れるような音がした。
……けれどそれは、絶望の音ではない。
私を縛り付けていた、重い鎖が外れた音だった。
(国外追放、ですか……)
エドワード殿下は知らないのだ。
私がただの『地味で無能な令嬢』ではないことを。
私がこの国で唯一、凶暴な魔獣を鎮め、伝説の聖獣たちと心を通わせることができる『聖獣使い』の力を持っていることを。
私が毎日、王宮の奥で祈りを捧げていたからこそ、この国には魔獣が襲ってこなかった。
その結界の核となっている私が国を出たら、一体どうなるか。このバカな王子様は、ちっとも考えていないらしい。
「分かりました」
私はすっと背筋を伸ばし、にっこりと微笑んだ。
泣き叫ぶとばかり思っていた私がいきなり笑ったので、エドワード殿下はギクリと肩を揺らす。
「な、何がおかしい……!」
「いえ、殿下のお望み通り、私は喜んでこの国を去らせていただきます。どうぞ、その可愛らしいミリア様と、末永くお幸せになってくださいませ」
私は深く、完璧な一礼をした。
そして、騒然とする夜会会場を、一度も振り返ることなく、堂々とした足取りで去っていった。
ドレスの裾をひるがえし、王宮の重い扉を開ける。
外の夜風は冷たかったけれど、私の胸は、これまでにないほどスッキリとした解放感で満たされていた。
(さようなら、私のことを誰も認めなかった冷たい国)
私はそのまま、最低限の荷物だけを手に、夜の森へと足を踏み入れた。
これが、私の新しい人生の始まりになるとも知らずに――。




