第0部 3章 2節 22話
ピュッセルの目。
後世、ウルスに過ぎたる三つの神器の一つとして名高い
「ピュッセルの目」とは、ピュッセル海賊団が作り出した
情報網の事である。
約20年前、中惑星カンドの悲劇を阻止できなかったピュッセルは、
海賊家業から地下に潜り、情報収集をメインとする組織を作り上げた。
ピュッセル団のやり方は単純に情報の売買をするに留まらないところにある。
情報は買うのではなく、仕入れるものであり、
様々な場所・組織に団の手のかかったものを潜入させ、
定期的に情報を仕入れる組織を作り上げた。
情報屋というよりもスパイに近い。
当初は小さい組織で、商売相手も海賊相手ではあったが、
現在は組織も末端がわからなくなるほど大きくなり、
様々な情報がピュッセルの下に集まる。
ただし、キャプテンであるピュッセル自身は武闘派であったので、
その膨大な情報を100%活かしきれていたとは言いがたく、
それを本格的に最大限に活用しだしたのがカエデである。
従って、宇宙暦980年に起きたウルス誘拐事件と
同時に起きた惑星ノーデル襲撃事件に関して、一番に
情報を持っていたのは、ピュッセル団であった。
5月26日午後10時45分より始まったノーデル事件。
旗艦「ライクアンベクトル」の船内に警報が鳴り響く。
ブレイクと同室していたカエデは、即座に腕の通信機で
ブリッジに連絡を取った。
通信士からは3つの情報がもたらされる。
一つは、B番ゲートから入港したグランベリー海賊団の船が、
港から姿を消したこと。
出港したという情報はなく、おそらくノーデル星内部、
マラッサの街に向かったであろうということ。
二つ目は、商業船用の港であるAゲートが、何者かに襲撃され制圧されたということ。
三つ目は、マラッサの街で複数の爆発音を確認したということ。
以上3つの情報をもって、カエデは即座にグランベリーがマラッサの街を
襲撃したのだと断定した。
疑問を感じたのはブレイク伯爵である。
「何故だ?惑星ノーデルは海賊にとってなじみの深い星ではないのか?」
カエデの結論に対し、ブレイクの質問は当然であったが、
カエデは特に疑問を抱いていない。
「軍に接収される街だからね。軍に接収されるぐらいなら、
その前に自分達で奪ってしまおう!
と、あいつなら考えるさ。そういう男さ。グランベリーは。」
カエデは舌打ちしながらそう答えた。
「そんな危険な男を、王国は、軍が放置していたのはなんでだい?」
ブレイクに対し、今度はカエデが質問を返した。
「そ、それは・・・。」
ブレイク伯の言葉が濁る。
船内に響く警報は、鳴り止むことはなく、
慌しく船員が走り回る音が聞こえる。
「この一帯はメイザー公爵の領地だ。
彼からは、この辺りは2つの大きな海賊団が潰れ、残党による治安悪化が
懸念されたが、だがその残党をまとめる動きがある
と聞いていた。
グランベリー海賊団の出現である程度この辺りの治安は担保されたのだ。
毒をもって毒を制すという政治の駆け引きではある。
それに一つの海賊団に犯罪者が集中すれば、潰すのも楽になるからな。」
ブレイクの歯切れが悪くなる。
それは当然の事だった。先ほど述べたブレイクの理由は、
市民からみた理由ではなく、為政者側の視点だったからだ。
更に言えば、そこに「グランベリー海賊団だから」という理由もない。
まだ御しやすい相手だというのであれば話はわかるのだが、
現実的にグランベリー海賊団は他の海賊団より凶暴で、暴力的であった。
ただ、それが王国に向けられたものではなく、市民に向けられたものであったが故に、
王国は彼らをのさばらしていたのである。
そこに市民の生活を考えた理由は入っていない。
カエデは言い訳など聞きたくないという感じで通信機での通信に戻る。
「ルーパとは連絡が取れたか?」
「いえ、どうも宿を変えたみたいで、通信も切っているようです。」
「そうか。わかった。連絡があり次第こちらに繋いでくれ。」
カエデは天井を見た。
大きなシャンデリアがぶら下がる天井。特に天井を見たことに意味は無い。
ただ、彼女はルーパを信頼しており、彼が何かの異変を感じ、
計画とは違う行動をしているのだと直感した。
彼ならば、背後から不意打ちで殴られようが、銃で撃たれようが、
緊急事態発生の場合は信号を送ってくるはずである。
ルーパはそういう男である。
何も連絡がないということは、一先ず無事であると彼女は確信していた。
だが、カエデに遅れてブレイク伯がようやく大事な事に気付く。
「王子は?
今、街にいるのではなかったか?無事なのか?」
カエデはソファーから立ち上がると、腰に手を充て伯を見る。
表情からも王子に何かあったというのは感じられない素振りである。
「今は無事のようだが、迎えに行く必要はあるな。」
「私も行くぞ。」
ブレイクも立ち上がった。
恐らく止めても無駄なことをカエデは承知していた。
「エアバイクは乗れるな?」
カエデの質問にブレイクは頷く。
「ウルスとセリアを回収したら、出港する。
襲撃を受けたのでは、軍の介入は避けられないだろうからね。
あいつらのせいで計画が全て台無しだよ。」
カエデは力なく笑った。
流石に王国に見捨てられた惑星とはいえ、海賊の襲撃があったのでは、
それを無視するわけにはいかないだろう。
軍に撤退しろと要求しても、マラッサの街の住人が困るだけである。
海賊に襲撃された街は、防衛力が壊滅しているため、
二度、三度と海賊に狙われる傾向にある。
従って、軍が駐留して治安を回復するのが望ましい。
要は、ここにきてノーデル星への軍の介入は回避不可能になったのである。
カエデらの誘拐事件は、意味を持たなくなったと言っていい。
ふとカエデはグランベリーの今回の行動が、軍と連動しているのではないかと
疑念を抱いたが、とりあえずその答えは保留とした。
まずは王子と王女を回収し、この場を去るのが先決である。
一抹の不安を抱えながら、カエデとブレイク伯は部屋を後にするのであった。
( ゜д゜)ノ 次は3/6(土)
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