第0部 3章 1節 21話
ピュッセル海賊団の旗艦「ライクアンベクトル」の船内。
カエデはグランベリーとの会談を終え、苛立ちを隠せないでいた。
午後10時半を過ぎ、未だに眠れそうもなく船内を歩く。
意識したわけではなかったが、その足はブレイク伯爵のいる部屋へと向かっていた。
見張りの男達に合図し、部屋の中に入る。
ブレイク伯は軟禁されていたとはいえ、いつもは客室として使っている部屋だったので
部屋としては豪華な作りである。。
デスクに明かりを付け座っていたブレイク伯は、
手元の紙のレポートから視線を上げ、カエデを見つける。
視線が合った事でカエデはカエデは片手を挙げて合図した。
「どうだ?使えそうかな?」
カエデは笑顔でブレイクに話しかけたつもりだったが、
無理して作っているのが見て取れた。
ブレイクはそんなカエデの表情に気付いたが、
あえて気にも留めず、カエデの質問に答える。
「すごいな。これは。
メイザー公爵の10年以上の調査結果だ。
これがあれば、メイザー公を弾劾できる。」
手にしたレポートを右手で叩きながら、ブレイクは歓心したように応えた。
「それは良かった。」
カエデは安心したように、ブレイクから離れた場所にあるソファーに座る。
「お疲れのようだな?。」
ブレイクの言葉に、カエデは前髪をかきあげた。
疲れていないといえば嘘になった。
彼女は、国の重要人物を誘拐した犯人グループのリーダーであり、
犯行の企画者である。
そのストレスは半端なものではなかった。
カエデはふぅと大きなため息をつくと、ソファーの上でくつろいだ。
彼女はピュッセル海賊団のキャプテンに拾われた孤児だったが、
生粋の海賊ではない。
学生時代は大学にも通ったし、海賊家業とは無縁の生活をしてきた女性であったので、
彼女の感覚はどちらかというと庶民に近い。
それもあってか、海賊ではないブレイク伯に親近感を感じていた。
ウルスやセリアの前ではむしろ海賊の親分的な態度を取ることが多かったカエデだったが、
ブレイク伯の前では、そうではなかったのである。
「協力的なんで助かってる。
ウルスもセリアも、もちろんあんたも。
あれだ、、、私達は誘拐犯で、あんたたちは被害者なのにな。」
ブレイクは再度、手に持ったレポートに視線を落とした。
「これをみれば、君達がメイザー公爵を憎んでいるのがわかる。
敵の敵は味方。ではないが、私達は協力できる。それに・・・。」
ブレイクはカエデを見た。
2人の視線が合わさる。
「私の今の優先事項は、ウルス王子とセリア王女の身の安全だ。
2人の身柄を押さえられている間は、君達に協力するさ。」
ブレイクは笑った。いつもは気難しい男の笑顔は、
不器用さを感じさせる。
「全く・・・。変わった人たちだ。」
カエデも笑う。
その笑顔を見たブレイクは再び険しい表情に戻った。
「私は嬉しいのだよ。
ウルス王子は、誰からも期待されていない子だ。
王の息子でありながら、議会にも、国民にも・・・。
そして父である陛下にも期待されていない。」
「そんなに厳しい状況なのか?」
カエデの質問に伯は頷く。
「王子には何の非もない。だが、メイザー公の名声は
高まるばかりで、貴族はおろか、軍部の中にも
メイザー公の顔色を伺うものがいる始末。
君たちがウルス王子を狙った事が意外な位さ。」
ブレイクはそう言うが、王族の誘拐などという難易度の高い
ミッションを成功できたという裏側には、
ウルスが王国にとってそれほど重要人物ではないという認識が
軍や王国内にあった事は確かである。
護衛も付けずに外遊していたのがその証拠であった。
だからこそ誘拐が成功したわけで、その解釈でいうと、
カエデらがウルスに着目した観点は正しい。
ウルスは図らずも、誘拐された事でその存在が注目されたこととなる。
それがブレイクには不本意だった。
「だが、君たちはウルス王子に期待してくれているという事なのだろう?
これからもウルス王子を支えて欲しい。」
ブレイクは頭を下げた。
「は?何を言っているんだい?
私らは海賊で、王宮には何の接点もない。
王子を支えるとかお門違いってもんさ。」
カエデはあまりにも突拍子もないブレイクの願いに、
目を丸くした。
同時にそこまでウルス王子の立場は危ういのかと思う。
それほどブレイクの懇願は見境なしに感じられたのであった。
「確かに、君たちに出来る事はないだろう。
だが、もし・・・。
王子がその席を王宮から追われたとき、野に下るようなことがあった時、
君たちの助けがあれば、心強いのだよ。」
「そこまで・・・。王子の立場は?」
「残念ながら・・・な。」
ブレイクは目を閉じた。
彼は最悪、王が息子を見捨てるのではないか?と勘ぐっていた。
まさか、王がメイザー公爵に王子を助けるために頭を下げるなどという事は
考えてもいなかった。
だから、この誘拐劇による交渉は失敗する可能性を考えていたのである。
そうなるとウルスとカエデの命は、ピュッセル海賊団の判断次第ということになる。
王や王宮にウルスが見捨てられた時の事をブレイクは思案していたのだった。
「ま、でも私はウルスを誘拐した事は間違っちゃいないって
考えてるよ。
あの子は、あんたらが思ってるよりも強い子さ。
輸送機からパラシュートも付けず、躊躇なく飛び降りる子が、
弱いはずがないだろう?」
カエデは自信を持って言うと
「あれは、私もびっくりした。」
と、ブレイクが同意した。
「王子と共に暮らして6年ほどになるが、あんな王子は
初めて見たよ。」
カエデだけでなく、ブレイクのウルスを見る目も
変わってきていた。
カエデ自身が仕組んだこととは言え、二人はその結果に満足していた。
あれは王子を試したのだ。
重犯罪を犯す危険性を考慮してでも、王国の、海賊たちの未来を
託す相手に相応しいかをカエデは試したのである。
あの場面でウルスが飛び降りる事に躊躇していれば、
ルーパがウルスを抱えて無理矢理飛び降りる計画になっていた。
元々そういう算段だった。
しかし、カエデはウルスを試したのである。
ウルスの内面にある勇気を試したのである。
そしてその試練に若輩の王子が応えた事で、彼女らの計画は、
若干の修正が加えられた。
否、目的自体が変わったのである。
当初の目的は、軍との交渉であり、
惑星ノーデルから資産家を逃がす時間を作るだけであったが、
今やカエデたちは、ウルスを誘拐の対象とだけで
見てはいなかったのである。
この国の未来を託すであろう子どもに、
マラッサの街を見せ、そこに住んでいる人間を
肌で感じさせる事に意味を見出した。
海賊だけではない。海賊に関わる一般市民とその家族。
それらには海賊と全く接点のない個人も少なくはない。
そういうのも知って欲しかったのである。
そういう意味では、彼女らはウルスに期待していた。
この国の問題を解決しうる次世代の統率者として。
ウルスに期待していたのである。
ブレイク伯がカエデらに「ウルス王子を支えて欲しい」と
いう願ったことは、あながち見当はずれでもなかったのであった。
( ゜д゜)ノ次は3/3(水)更新予定です




