月周回軌道
軌道汚染は未遂に終わった。しかし、地球と月の間の緊張は高まった。
各国の国民は月への不信感を高め、宇宙軍は作戦を成功させたことで、その能力に対する信頼を得た。
宇宙軍はこれを好機ととらえ、月が核を撃ったとしても軌道上で迎撃できると主張した。多くの専門家は岩とミサイルでは迎撃の難しさが違うと主張したが、民衆は言葉よりもテレビ映像に映し出された宇宙軍の勇姿に熱狂した。
軌道エレベーター管理局は月への遠征を提案し、各国政府は国民に押される形でそれを受理した。
輸送軍団は設備をフル稼働させてパーキング軌道にミサイルとレーザー攻撃衛星を運び上げ、戦闘軍団と無人兵器軍団は互いに連携しながら、月軌道制圧の作戦を立てた。
そして、ある日、ルイスたちパイロットは基地の会議室に集められた。プロジェクターに第二航宇団を指揮するビートン准将の姿が映し出される。
「これから話すことは軍の最高機密に属することだ。たった今から諸君らの私用での外部への通信を一切禁止する」
そう前置きした後、ビートン准将はスライド画面を表示させた。
「今から二十四時間後、軌道上のミサイルは順次月へ向かって発射される。諸君らにはこのミサイルに混ざって月に向かってもらう。ミサイル群には熱核ロケットを積んだダミーも多数混ぜてある。月軌道への投入は、超高速偵察衛星、レーザー攻撃衛星、ミサイル、ダミー、軌道制圧機の順で行う。レーザーによって月の軌道上兵器除去した後、軌道からの爆撃により現在位置が判明している打ち上げ施設をすべて破壊する」
その後准将は、作戦の詳細や失敗した場合の撤退手順など説明し、最後にこう言った。
「なお、本作戦は以後、月震作戦と呼称する」
開始直前まで作戦を秘匿するため、ルイスたちは大規模演習という名目で、基地を出発した。
基地を離れてから二十時間後、まず超高速偵察衛星が第三宇宙速度まで加速された。続いて、ミサイルとレーザー攻撃衛星が、打ち上げ窓に入ったものから順次加速されていった。ミサイルが出発すると開いた軌道に、ダミーと本物の航宇隊が移動してきた。概ねダミーが先行しつつ、しかし、たがいに混ざりながら月への遷移軌道に乗った。
噴射剤を最小限に抑えつつ月までいく場合、片道で五日かかる。しかし今回は噴射剤より時間が優先されるため、噴射量を増やし時間を二日半に短縮した。月への軌道上に連なる兵器の列は長く、ルイスたちが出発する頃にはすでに偵察衛星は月軌道を通り過ぎ、ミサイルなどの無人兵器は戦闘を始めていた。
無人兵器は大量の情報を送ってきたが、その分析は地球で行った。
ルイスたちS-2乗組員は、地球から離れるために消費した噴射剤を補うため、ダミーとドッキングし噴射剤を補充する必要があった。
噴射剤補給が終わり、離れていくダミーを見ながらルイスが言った。
「こんな事して、どれがどれが本物か月にばれたりしないかな」
クイケンが言った。
「ばれないだろ、外からじゃどっちがどっちに噴射剤を渡してるか分からん。ダミー同士でドッキングなんていうややこしいこともしてるしな」
ルイスは少し考えてから答えた。
「スキナーなら、機体の動きからどっちの噴射剤が増えたか見分けられると思う」
クイケンは笑った。
「あいつを基準に考えちゃいけない」
ルイスたちが月軌道に到着する頃には、月の軌道上兵器はあらかた除去し終わり、事前に位置が判明していた打ち上げ設備も大部分が破壊されていた。宇宙軍は月の軌道上に通信中継衛星とGPS衛星をならべ、制宇権を確保した。
クイケンは月のマップを仮想スクリーンに表示させた。
「爆弾の地震波を元に作った、月の地下施設のマップだ。極地方はけっこう残ってるな」
「直角に近い軌道変更はさすがに無理だからね。そこは月面に足場を作った後で攻めるしか無いよ」
クイケンはマップの一部を拡大し、断面図に切り替えた。赤道上を数キロに渡って伸びる地下のチューブが映しだされた。チューブの西の端はゆるやかな上り坂を経て月面上につながっていた。チューブからはいくつかの細いトンネルが毛根のように伸びていた。その幾つかは地上にのび先端には小さなターレットやミサイルのアイコンが浮かんでいた。
「俺達の任務はこの施設の破壊だ。おそらく地下に隠されたマスドライバーだろう。ミサイル爆撃で破壊しようとしたが、対空砲火が固く無理だったらしい」
「防衛施設は?」
クイケンの操作で、無数の赤い点とバツじるしが画面に表示された。
「赤点は今の時点で生きてる設備、バツは破壊した設備だ。種類は三種類ある。レーザー砲、実体弾、ミサイルだ」
「ミサイルが失敗した目標を任されたのは、S-2の機動力を見込まれたって解釈でいいのかな」
「だろうな、機動力、ステルス性能ともに、ミサイルよりS-2の方が上だ。レーザーで反撃できるし、短期間なら敵レーザーの直撃にも耐えられる。すでに戦闘を行った隊からの報告によると、数十秒レーザーを浴びても無事だったらしい。月のレーザーはオレたちのより追尾制御が甘いらしいな」
ルイスは自分で画面を操作して、上空からの光学映像に切替た。
「すこし離れた場所に太陽光パネルがあるね。いや太陽熱発電か? 赤道地方だと長い夜のせいで原子力発電に頼る必要があると聞いたけど、なぜ太陽発電を?」
「原子炉で事故が起きて、緊急電源として太陽熱発電を使ってるらしい。少なくとも月はそう主張しているな」
ルイスは資料のテキスト情報を呼び出した。
「ここは攻撃しないのか」
「優先目標じゃないからな。それに、もしこれが生命維持装置を動かすためのものなら下手に壊すと批判を浴びる」
ルイスはため息をついた。
「めんどくさいね。まったく」
数時間後、ルイスたちの飛行隊は月の影響圏に入り、減速を行った。敵地だというのにひどく静かな飛行だった。ルイスはAR表示された宇宙を見回した。同じ航宇隊の宇宙船を示すアイコンが前後に並んで見えた。一つ後ろにはトルスタヤの乗っている六番機が、三つ先にはスキナーの乗っている二番機が居る。スキナーのさらに前方には隊長機である一番機が、そのさらに先にはダミーを利用した先行無人偵察機が見えた。
航宇隊は一時間ほどで月を半周し、目標と成るマスドライバー上空に近づいた。航宇隊は減速を行い、月面への衝突コースを取った。
そこで爆弾を格納庫から押出し、再加速をかければ任務は終わる、はずだった。
「北より、高速の移動物体接近!」
隊長機からの通信直後、それは先行無人偵察機に命中した。偵察機は高速でスピンしつつパーツを軌道上にばら撒いた。
「爆撃を中止。再加速する」
デブリを回避するため、一番機は再加速を行った。後続の機もそれに続く。その時、二番機のアイコンが点滅し、スキナーの声が通信機から聞こえてきた。
「隊長。私達を先行させてください」
「なに?」
スキナーは隊長に説明した。
「敵は、明らかに先頭を飛ぶ宇宙船を狙ってきました。隊長機と判断したのでしょう。恐らく次は一番機が狙われます。順番を入れ替えて我々を隊長機と誤認させてください」
「それではお前たちが狙われるぞ」
スキナーは落ち着いた声で答えた。
「バルーン・デコイが有ればそれを使うべきなのでしょうが、爆弾しか積んできていない今の状況ではこれが最善です。死ぬつもりは有りませんよ、敵の目的は多くの死者を出して、地球の世論を反戦に誘導することでしょうから。……パイロットも同意見だそうです」
「……すまない。たのむ」
「了解」
三番機から報告が入る。
「デブリに衝突しました。内側のケプラーで停止。作戦行動には支障ありません」
「こちら隊長機。把握した。各機へ。敵砲撃位置を特定した。迎撃を開始する」
何度もLEOで行った訓練の様に、六機で一つの目標をロックし、一番機のトリガーに同期してレーザーを発射する。
しかし、敵はレーザーを意に介せず、二発目を発射した。二番機をかすめる。
機内通信でクイケンが言った。
「反射率が高い! 多重の反射板か? 重たい地上兵器相手はキツイって!」
一番機から通信が入った。
「今から軌道を下げる。遅れるなよ」
航宇隊は軌道を下げた。速度が上がると同時に月の影になる部分が増え、対空砲火の発射地点は地平線の向うに隠れた。
「一度、高軌道に戻って体制を立て直す。もう少し、敵の砲撃位置と距離を取ってから加速する。機首を前方に向けておけ」
航宇隊は太陽熱発電所のミラー群上空に差し掛かった。
その瞬間、月面上のミラーが一斉に動き、S-2の表面で焦点を作り出した。それと同時に強力な通信妨害電波が航宇隊に浴びせられる。
レンズで焼かれたアリのように、船体の温度が上がっていく。
ルイスは反射的に船体を回転させ、被害を分散させた。
「レーザー・フィンを地面に対して垂直に固定! 投影面積を最小に!」
「了解!」
クイケンが切迫した声で状況を報告する。
「航宇隊のデータリンク切断! レーザー通信は白色光で飽和してる。電波もだ。機体全面で温度上昇中。くそ、これ以上のアンモニア噴出はまずい、停止させるぞ」
加熱でパーツが膨張し、レーザー・フィンの土台が周りのパーツに引っかかった。レーザー・フィンが機体と一緒に回転を始める。
ルイスが言った。
「モーメントが邪魔だ。フィンを切り離して」
「しかし……」
「早く!」
レーザー・フィンを固定していたボルトの頭が、火薬で吹き飛ばされる。フィンは遠心力で機体から離れていった。送電ケーブルが引きずり出され、アーク放電と共にちぎれた。
真空でアーク放電は起きないと思ってたんですが、ケーブルの金属が気化するので、切断面の周辺は一瞬ガスで包まれるみたいです。ネットで得た知識なのでどこまで本当か不明ですが。
2014/05/14 全体的な文章表現の見直しと修正




