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地球高軌道

 宇宙での訓練も数ヶ月が立ち、その間に年が変わった。訓練は終盤にさしかかり、ほぼ実戦と区別のつかない内容になっていた。

「第二目標の軌道変更完了。第三目標に切り替えるぞ」

 一番機に乗っている中尉から通信が入った。

「了解!」

 新兵はほぼ同時に答えたが、通信のタイムラグがあるため、微妙にバラけて聞こえた。

 彼らは今、六機一組で航宇隊を組み、デブリ箕帚作業を行っていた。

 クイケンは、レーザーロックの対象を、一番機から送られてきた第三目標の座標に切り替えた。六機すべてのがデータリンクでつながっているため、開口合成により航宇隊全体が一つの巨大なレーダーとして機能していた。その視野は、一機で飛んだ時とは比較にならないほど広い。

 すべての機がロックし終わると、一番機のトリガーに同期して全機が同時にレーザーを発射した。位相の揃った光がデブリ表面で焦点を結び、素材を気化させる。軌道前方からレーザーを浴びたデブリは徐々に速度を落とし、大気の中に落ちていった。

 この間、ルイスは暇だった。航宇隊全体がスウォーム・モードで動いており、彼が操縦しなくとも船が自動で一番機を同じ軌道をたどった。

 航宇隊の各機は互いに十五キロメートルの間を開けて軌道に並んでいる。LEOでの軌道速度が七キロ半であることを考えればかなり近い間合いと言えた。一つ前の機が軌道を変えた場合、それに追従するにはニ秒以内に反応する必要がある。人の操縦による航宇隊運動を続けることは難しかった。

 その後数日間に渡り、箕帚任務を続けた後、航宇隊はフォートレス9に帰還した。

「懐かしき我が家に帰ってきたぞ!」

 クイケンは喜び勇んで基地に入っていった。

 宇宙船発着場の拡張工事はすでに終了しており、今では二つの航宇隊がフォートレス9に常駐していた。ルイスたちの隊と、遅れて地上から上がってきた別の新兵たちの隊とだ。休日がずれているので、直接顔を合わせる機会は少なかったが、同じ基地で訓練を受けていることもあり、かれらと共同で航宇訓練を行うことは多かった。

 シャワールームの前の列に並びながらルイスはクイケンに尋ねた。

「トルスタヤとはなにか進展はあった?」

「全くだよ。噂によると、彼女はお前に気かあるらしいぞ」

「僕に?」

「ああ、俺としちゃあ、パイロットとして気になる程度であってほしいんだがな。一度お前から声をかけてみたらどうだ? もうすぐ訓練期間も終わる。正規配属ではきっとみんなバラバラになるぞ」

 ルイスは少し考えた後

「やめておくよ」

と答えた。

「どうしてだ? ロシア人は嫌いか?」

「そういうわけじゃないよ。ただ、変な私情を職場に持ち込んで早死したくないんだ」

「……まあ、それも一つの考え方だな」




 数日後、フォートレス9の会議室を使い、訓練期間終了の式典が開かれた。式典と言っても、出席者は新兵とバルト少佐、その他数人の基地職員だけという簡単なものだった。大事な式典ではあるが、基地の広さと立地がこれ以上の参加者を許さなかった。

 この日を境に新兵に全員に少尉の階級が与えられた。軍隊の階級を兵卒、下士官、尉官、佐官、将官と六つ分けた場合下から三番目のグループだが、宇宙に常駐する兵士は皆尉官以上なので、そういう意味で少尉は職場で最も低い階級だった。

 正式配属に伴い、所属は教育・訓練軍団から戦闘軍団に移動し、それぞれ別々の隊に移動することになる。ルイスは、ずっと一緒に訓練してきた仲間がバラバラに成ることに寂しさを感じつつ、配属先の表を見た。

「あれ、正式配属でもクイケンとコンビを組むことになってる?」

 その声を聞いたクイケンが笑いながら言った。

「なんだ? 嫌なのか? ちなみに、トルスタヤ・バード・ペアも俺達と同じ第ニ航宇団第六航宇隊に入るみたいだ。あと、スキナーもだ。こっちはクラメールと離れてベテラン・パイロットと組むみたいだが」

 ルイスは手元の資料でクイケンの言葉が事実であることを確認した。




 正規配属後もやることが大きく変わるわけではなかった。普段は軌道の箕帚任務、偶に飛行隊同士での演習という毎日が続いた。変わったことと言えば、航宇団規模での演習が追加されたことくらいだった。航宇団は八から十六の航宇隊で構成された集団で、准将以上の軍人から直接指揮された。月軌道への進軍を想定し、月と地球のL3まで行って戻ってくる訓練などを行った。この距離では通信にニ秒以上のタイムラグが発生するため、将官自ら宇宙船に乗り込んで演習に参加していた。

 いつものように演習を終えL3からの帰還する途中、ルイスはクイケンが扉をノックする音で目を覚ました。

 ルイスは扉を開けて言った。

「どうした?」

「急いで操縦席に来てくれ。月軍が動き出したらしい。五分後にビートン准将から詳しい話しが有る」

 ルイスは急いでパイロット・スーツに着替えると、操縦席に向かった。

 ルイスが席についてしばらくすると、ビートン准将の声が通信機から聞こえてきた。

「全員、揃ったようだな。では、今分かっている状況を伝える。三十分前、月がマスドライバーによる岩石投射を行った。投射は今も続いている。予想軌道は今送ったとおりだ。三年前と同じく、静止軌道とLEOの汚染を目的としている。宇宙軍司令部は”戦闘状態”を宣言した。すでに無人兵器軍団と戦闘軍団の一部は動き出している。我々も、基地で燃料補給を済ませ次第、岩石の迎撃に向かうことに成るだろう。恐らく基地での時間はほとんどとれない、家族に伝えたいことがあるものは今のうちにメッセージを用意しておくように。以上だ」

 ルイスは時計を確認した。あと数十分で交代の時間だった。

「今から寝直すのは無理のようだから、食事だけとってすぐに戻ってくるよ」

 クイケンは頷いた。

 ルイスは食堂に戻り、黙々と朝食を食べた。

 不安と興奮がルイスの心を満たしていた。気分を落ち着けるため、ルイスは頭のなかで今の状況を整理してみることにした。

 月がこのタイミングで軌道汚染を再び行ってくるのはなぜだろう? 軌道の清掃がほぼ完了したからだ。ではなぜ清掃が終わることを月は嫌がるのだろう?。ルイスは、最初の軌道汚染がヒントに成るような気がした。

 軌道汚染の結果何が変わっただろう? まず地球の宇宙開発が下火になった。一番被害を受けたのは、軌道エレベーター管理局だろう。それまで独立財政を維持していたのが突然赤字に転落した。各国の援助がなければ宇宙軍を維持することも出来なかっただろう。元々軌道エレベーターは各国政府の共同出資で作ったものなので、元に戻ったといえばそれまでだが、大量のスポンサーに気を使わなければならなく成った宇宙軍は、ほとんど身動きが取れない状態になっている。

 ルイスは今のこの状態こそ月政府の狙っているものだと気づいた。地上への直接攻撃を行わない事で非難を避けつつ、資金難によって宇宙軍の動きを封じることが彼らの目的だった。とすれば、たしかに清掃が終了するのは困る。宇宙開発が活発になれば、軌道エレベーター管理局は再び独立財政で動き始めるだろう。そうなれば、宇宙軍による月への侵攻作戦も現実味をおびて来る。月軍としてはなんとしても防ぎたい状況だろう。逆に軌道エレベーター管理局としては、ここで自分たちにLEOを守る力が有ること示したいはずだ。多少の犠牲をはらってでも。




 翌日、ビートン准将率いる第二航宇団はLEOに帰還した。

 この一日の間に多くの動きが有った。無人兵器軍団は使い捨ての超高速偵察衛星を飛ばした。連射された衛星群は、発射から五時間ほどで月の軌道を通り過ぎ、そのまま太陽の重力を振りきって宇宙のかなたに飛んでいった。一つの衛星で目標を観測できる時間は数分しかないが、短い間隔で衛星を並べることで、連続観測を行い、岩石群の詳細な分布図を作成した。

 戦闘軍団のS-2軌道制圧機は詳細な分布が確定する前に、基地を飛び立った。投射された岩石は五日で地球軌道に侵入してくるため、マッピングを待っている時間が無かった。

 偵察衛星はすれ違うだけでいいが、軌道変更の場合はそうもいかない。下手に岩を砕くとよけい汚染をひどくしてしまうため、軌道変更は岩が耐えれる程度の加速度で時間をかけて行う必要があった。

 宇宙軍は予め作成しておいた計画書に従い、地球高軌道に航宇隊を並べた。一つの航宇隊が岩石を射程に収める時間はわずかだが、後続の航宇隊に順次照射を引き継いでいくことで、必要な加速を岩石に与える事ができる。

 事前に話しのあったとおり、ビートン准将の航宇団は基地で補給を済ませると、すぐに迎撃に向かって再出発した。目的軌道に移動すると途中、無人調査衛星からのマッピング結果が届いた。

 今回の軌道汚染はLEOが主な標的になっていた。岩石はLEOを近地点とする長い楕円を描いており、軌道への侵入を許せば多くの衛星が犠牲になる。軍上層部は、岩石に加速を加えることで岩石をLEOまで侵入するのを防ぐことにした。作戦がうまく行けば、岩石は衛星のほとんど無いバンアレン帯を素通りしていく。

 目的の軌道に移動する途中、ルイスは懐かしい人物からのテキストメッセージを受け取った。

”スズキです。再び一緒に飛べて嬉しい”

 ルイスは、メッセージを見て、共同で任務にあたる航宇団にスズキが居ることに気づいた。直接会うことは出来ないだろうが、任務が終わり通信制限が解除されたら、何かアダルト・データでも送ってみようかと思った。

 基地を出てから一日で目標の高度に到着した。航宇隊は熱核ロケットを長時間にわたって噴射し、円軌道に移った。

 クイケンが言った。

「先に出発した。航宇団はすでに岩石と接触したらしい。今のところ事故もなく順調に進んでいるようだ」

「なによりだね」

 先に出発した航宇団は高い軌道で任務にあたっている。彼らの作戦結果をふまえ、ルイスたちの軌道と攻撃目標が決定された。特に問題が無ければコンピューターと物理法則だけで、作戦は遂行できるはずだった。

「こちら第三航宇団第一航宇隊。レーザー照射を開始する」

 ルイスたちの軌道を、先行して飛んでいる航宇団の先頭が、岩石群と接触した。ルイスは少し緊張した表情で操縦桿を握り直した。

 クイケンが言った。

「今から力んでたらもたないぞ。俺達の番がやってくるまで十時間くらいかかるんだから」

 ルイスは息を吐いて、少し力を抜いた。

 そのまま数時間は順調に作戦が進んだ。先行している航宇団が半分ほど岩石群と交差し終わり、緊張も緩んできたころ、慌てた声が通信機から聞こえてきた。

「こちら第三航宇団第九航宇隊。岩石の一つが爆発しました! おそらく月の妨害工作です。いくつかの岩石には火薬が仕掛けられています!」

 一瞬の間をおき、地球から指示が届いた。

「一旦レーザー照射をやめて、再マッピングを行え」

「了か……」

 通信が不自然に途切れた。直後に別の声が聞こえてくる。

「第三航宇団第九航宇隊二番機のスズキです。隊長機が岩石の破片と衝突し、破壊されました」

 第三航宇団の指揮官が指示を出す。

「残存機は第十航宇隊の指揮下に入れ」

「了解」

 クイケンは、仮想スクリーンに第三航宇団から送られてきたデータを表示させた。スズキたちの機は、ばらまかれた無数の岩石片につつまれていた。

「生き残ってくれよ……」

 そう呟きながら、クイケンは新しい仮想スクリーンに各機の損傷状況を表示させた。直後に第三航宇団第九航宇隊二番機のアイコンが通信途絶を示す赤色に変化した。

 音声通信で二番機大破の連絡が入った。

 それはひどく現実感の無い死だった。

 ルイスは言った。

「死んだ? スズキが?」

 クイケンは困惑しつつ答えた。

「多分……、そうみたいだな」

 あまりに実感が薄いため、悲しみも湧いてこなかった。

 状況はルイスたちとは関係なく進行していった。上層部は、軌道制圧機がどのタイミングで岩石に近づくかは予測できないため、爆破は遠隔操作あるいは自動操作で行われたと判断した。

 彼らは高軌道を飛んでいた航宇団に、電波妨害の指示を出した。また、ルイスたちには月への投影面積を最小にするため、レーザー照射直前までレーザー・フィンを伏せておおくよう指示が出た。

 その結果、以後の航宇隊は犠牲者を出さずに任務を完了することが出来た。

 基地に戻ったルイスは、戦死者四名とかかれた資料を見た。それを見てもまだ実感が湧いてこなかった。

 クイケンは

「俺も死んだら書類上の数字に成るのかねえ」

と軽口を言っていた。

 長期の休暇で地球に戻り、墓地に刻まれた名前を見た時、ようやく涙が出てきた。


 本章の岩石迎撃作戦はきちんと軌道を計算したものではないので、所々矛盾が有るかもしれません。

 一応、岩石が地球に到達するまでの時間は月軌道から地球LEOまでのホーマン遷移軌道周期の半分として計算しています。

 宇宙船の軌道は高度四百キロメートルの軌道から、毎秒四キロメートルくらいの加速を行い、遠地点が付きの向う側にある楕円軌道に乗った後、途中で減速と軌道変更を行って強引に地球高軌道に移った、という”脳内シミュレーション”で書いています。多分きちんと計算したら、岩石に間に合わないとか、一日じゃつかないとか、いろいろあらが出てくきます。


2014/05/14 全体的な文章表現の見直しと修正

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