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平均点の少年は、誰の痛みも分からない  作者: くるみ


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第28話 知らせる方法

エマをグレゴールへ引き渡すつもりはなかった。

白塔原簿を手に入れた時点で、エマの価値は大きく下がる。

グレゴールの背後にいる者を知るためには、彼を捕らえるよりも追跡したほうがよい。


問題は、グレゴールをエマのもとへ呼び出す方法だった。

本人へ直接知らせれば、ユリウスが計画していると分かる。

別の経路から、偶然情報が漏れたように見せる必要がある。


「リナに頼みたいことがある」


放課後、ユリウスは薬草実習室で声をかけた。

リナは乾燥させた薬草を瓶へ詰めていた。


「また薬?」

「今度は、薬ではないよ」

「何?」

「学院の治療棟へ、薬の注文を出してほしい」

「どんな薬?」

「魔力を失った人に使う回復薬」


リナが手を止めた。


「エマさんのため?」

「名前は書かなくていい」

「でも、治療棟に頼んだら、エマさんのことが知られるよ」

「学院の治療棟ではなくて、王都の薬問屋へ注文するんだ」


ユリウスは紙を差し出した。


「リナの家の名義なら、普通の注文に見える」

「量が多いね」

「エマは長い間、魔力を抜かれていたから」

「それでも、こんなに必要?」

「途中で足りなくなるよりいいよ」


紙に書いた薬の中には、白塔でしか使用されなかった特殊な安定剤が含まれていた。

通常の薬舗が注文することはない。

グレゴールか、その協力者が薬問屋を監視していれば、白塔の生存者が王都にいると気づく。

注文先には、教会近くの受取所を指定している。

そこから鐘楼まで、たどることは難しくない。


「危険ではないの?」


リナが尋ねた。


「何が?」

「注文から、エマさんの場所が分かったり」

「名前は書かないよ」

「でも」

「リナ」


ユリウスは声を柔らかくした。


「エマを助けるために必要なんだ」


リナは黙った。


「僕を信じてくれる?」


以前にも使った言葉だった。

リナの表情が揺れる。


「信じてる」

「ありがとう」

「でも、何か隠してるでしょう?」


ユリウスは少し意外に思った。


「どうして?」

「最近、ユリウスは何でも1人で決めるから」

「前からだよ」

「そうかもしれないけど」


リナは紙を握った。


「私に頼むときだけ、優しいことを言う」


実際には、普段から優しい言葉を選んでいた。

だが、リナは違いを感じ始めているらしい。


「嫌だった?」

「嫌じゃない」


リナは首を振った。


「頼られるのは嬉しい。でも、ユリウスが私を心配しているのか、必要だから優しくしているのか、分からなくなる」


ユリウスは、答えを考えた。

正しい言葉は分かる。

君を心配している。

必要だからではない。

そう言えば、リナは安心する。


「両方だよ」


ユリウスは答えた。

リナが顔を上げる。


「リナが必要だから頼んでいる。でも、危険な目には遭わせたくない」


半分は事実だった。

リナを失えば不便になる。

危険に遭わせないのも、そのためだった。


「それなら、いい」


リナは少し笑った。


「注文しておくね」

「ありがとう」


ユリウスは彼女の手から紙を離した。

リナが、自分の好意を利用されていることに気づき始めている。



薬の注文を出した翌日、鐘楼の周辺に見慣れない男が現れた。

教会へ入らず、通りの向かいに立っている。

午後には別の男へ交代した。

グレゴールへ情報が届いたらしい。


「誰かに見張られている」


エマが窓板の隙間から外を見た。


「学院の人?」

「分かりません」


ネネが答えた。

彼女は食料と新しい毛布を持ってきていた。

リナとダリオも一緒だった。


「ここを移ったほうがいい」


エマが白塔原簿を抱える。


「今動けば、見つかるかもしれない」


ユリウスは言った。


「夜まで待とう」

「夜になれば、もっと人が来る」

「だから、皆で残る」


ダリオが剣の柄へ手を置いた。


「何かあったら、俺が追い払う」

「相手の人数も分からないのに?」

「お前よりは役に立つ」

「そうだね」


ダリオは、素直に認められたことが気に入らないようだった。


「ネネとリナは戻ったほうがいい」


ユリウスが言う。


「嫌」


リナが即座に答えた。


「私が注文した薬から見つかったのかもしれない」

「注文とは関係ないよ」

「本当に?」

「偶然だと思う」


リナはユリウスを見た。

以前なら、それ以上尋ねなかった。

だが、今回は視線を逸らさない。


「ユリウスは、ここを知らせたかったの?」


鐘楼の空気が静まった。

ダリオがユリウスを見る。

ネネも、驚いた顔をしている。


「どうして僕が?」

「分からない」


リナの声が震える。


「でも、注文した翌日に見つかるなんて、おかしい」

「特殊な薬だったから、誰かが気づいた可能性はあるね」

「知っていたの?」

「可能性は考えていたよ」

「それを、先に言ってほしかった」

「言ったら、注文してくれなかった?」


リナは答えなかった。


「エマを助けるために必要だった」

「何が必要なの?」

「相手をここへ呼ぶことが」


ダリオが立ち上がった。


「お前、ここを餌にしたのか」

「相手が誰か確認するためだよ」

「エマごとか?」

「危険になれば、助ける」

「どうやって?」


ユリウスは微笑んだ。


「皆で考えよう」


ダリオの顔に怒りが浮かんだ。

そのとき、階下で扉が壊れる音がした。

見張っていた男たちが、教会へ入った。


「話はあとだ」


ダリオが剣を抜く。


「ネネ、エマを連れて裏から出ろ。リナも一緒に行け」

「ダリオは?」

「俺とユリウスが残る」

「えっ、僕も戦うの?」

「お前が呼んだんだろ!」


下の階から、複数の足音が上がってくる。

ユリウスはエマの抱えている白塔原簿を見た。

予定どおりだった。

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