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第二十九話

 鳥のさえずりが響き、その声で目を覚ます。目を開けようとしても、頭ががんがんと殴られたように痛み、まぶたは閉じきったままだ。


 血のにおいが鼻につく。けれど、背中に感じる体温がオーウェンだと、わからないはずがなかった。


「セイ……ありがとう。すまなかった……」


 顔に息がかかり、目尻に唇が触れる感触がした。聖の恋愛感情を利用する必要はもうないのに、彼の甘さは相変わらずだ。以前とまるで態度の変わらないオーウェンにほっとしている自分がいた。


(静か……終わったんだよね?)


 剣戟の音はすでにない。森は落ち着いているようだ。


 オーウェンの怪我はどうなのだろう。血は止まったのか。ぼんやりとする意識の中、考えるのは、彼の怪我のことばかりだった。


 知りたいと思う。彼の本意を。


 聖を利用していたのはどうしてなのか。なにが本当でなにがうそなのか。聞きたいことはたくさんあった。


「オーウェン……話……を」


 身体がだるくて、瞼が重く、目は開けられなかった。それでも、聖が意識を取り戻していると理解したのか、オーウェンは答えを返してくれた。


「あぁ、わかってる。帰ったら、話をしよう。もう、君にうそはつかない」


 唇に温もりを感じた。


 うっすらと目を開けると、心配そうに自分の顔を覗き込むオーウェンがいる。


「俺を憎んでくれていい」


 オーウェンが切なそうに目を細めてそう呟いた。


 彼は、聖の信頼を、恋心を利用した。それを許せないと思うのに、心底嫌うことも、憎むこともできない。オーウェンの腕の中は、この世界に来てから、唯一、聖が安心できる場所だった。それは今でも変わらない。


 意識が徐々に遠退いていく。


 またもとの世界の夢を見るのだろうか。意識が闇に包まれる直前、オーウェンの唇の感触を思い出してしまい、瞼の裏に彼の顔が焼きついた。


 幸か不幸か、聖は何の夢を見ることもなく、深い眠りに落ちたのだった。





 目を覚ましたとき、聖は王城にある自室のベッドの上にいた。


 身体は綺麗に拭かれ、寝間着に着替えさせられている。


「私……帰ってきたの?」


「セイ様、目を覚まされたのですね!」


 ケリーが泣きそうに顔を歪ませて、安堵の表情を見せた。


「ケリー……お父さんとお兄さんは?」


「多少の怪我はありましたが、生きていますっ。セイ様のおかげです」


 全身から力が抜けた。倒れていた人の中にケリーの家族はいなかったらしい。亡くなった人には申し訳ないが、それがケリーの家族じゃなくてよかったと思ってしまった。


 自分がもっと早くに動いていれば、誰も死ななくて済んだのかもしれない。そのことが重く胸にのしかかる。


「ごめんね……私がもっと早く行ってれば。オーウェンに呼ばれてたのに」


「セイ様が謝る必要なんてありません。もし、家族が魔獣にやられていたとしても、セイ様を恨むなんて筋違いでしょう!」


「そうかな……」


「セイ様がこの国を助けなければならない義理はないのです。ほかの世界から聖女様を呼び寄せてなんとかしてほしいなんて、都合がよすぎます。自分の国なんですから、自分たちでなんとかするべきでしょう。ですから、感謝こそすれ、謝っていただく必要は何一つありません」


 ケリーは静かに首を振りながらそう言った。


(自分の国なんだから自分たちでなんとかするべき……そうなんだよね……でも)


 聖もずっとケリーと同じように思っていたはずなのに、胸にくすぶっていたもやもやが晴れると、なぜか庇いたくなってしまう。


 自分が聖女として瘴気を祓い続ければ、自分のように家族と二度と会えない苦しみを負わせなくて済む、と。現に今、聖は、ケリーの家族を助けられたことにほっとしている。


「ケリーの家族になにかあったら、私は……たぶん自分が許せなくなったと思う」


 けれど、自分が守れるのは手に届く範囲だけだ。この国を救うなんて大それたことはできない。


「セイ様……」


「ところで、オーウェンは? 怪我の治療は受けたの?」


 しんみりした空気を払拭するように尋ねる。


「えぇ、怪我は見た目ほどひどくなかったようで、セイ様をここに運んでくださったのも殿下ですよ」


「話……できるかな?」


「すぐに確認して参りますね」


 ケリーが扉の外に立っている護衛に声をかけて、部屋を出ていった。


 しばらくすると、扉をノックし「入ってもいいか」と声をかけられる。


「……うん」


 いざオーウェンと話すと思うと、緊張で顔が強張った。ベッドから慌てて下りようとすると、そのままでいいと手で制された。


 ケリーは手早くオーウェンのお茶を用意すると、聖のために小さなテーブルをベッドの上に置いてくれた。まだ歩けるほど体力は回復しておらず寝間着のままだが、この格好でもオーウェンと会えるのは自分が彼の婚約者という立ち位置にいるからなのだろう。


(私……鈍すぎ……)


 ケリーに聞いたところによると、この国の貴族女性は婚約者でもない男性と二人きりにはならないらしい。馬車に二人で乗る程度のことでも、外聞が悪いと言われるようだ。けれどオーウェンとは二人きりで出かけたし、何度となく部屋で二人きりになっている。


 森の中では抱き締められキスをされ、それでも周囲がなんの反応もしなかったのは、聖がオーウェンの婚約者だと知っていたからだろう。


「オーウェン、手の怪我はどう?」


 彼の手には包帯が巻かれていた。ケリーは見た目ほどひどくないと言っていたが、オーウェンの顔を見るまで安心できなかった。


 オーウェンは多少疲れたような顔をしているが、ふらつくこともなくしっかりとした足取りで聖のそばに歩み寄ってくる。お茶の用意をしたケリーは空気を読んで隣室に控えた。


「もう血も止まったし、これくらいはなんでもない。セイこそ怪我は? 防御魔法が発動したのはわかったが衝撃は感じただろう。それに……ひどい現場だったからな」


「指輪のおかげで怪我は大丈夫……ねぇ、何人くらいの人が亡くなったの?」


「死んだのは五人。皆、第五騎士団の隊員だ」


「うん……」


「彼らがいたからこそ、民に被害が及ばなかった。後悔するよりも誇ってやってほしい」


 オーウェンがそう言ってくれることはわかっていた。けれど、自分がもう少し早く行っていれば、という思いは消せない。


「ちゃんと……教えてほしいの。なにがうそなのか、よくわからないから。いつの間に私がオーウェンの婚約者になってたのかとか、私が帰れないのはどうしてなのか、とか。いろいろ。あなたを信じるわけじゃない。でも、あなたに聞くしか、ないから」


「あぁ、わかってる。話す前に一つだけいいか?」


「なに?」


「この国のためにセイを利用していたのはたしかだが、それはただ……君を守りたかっただけなんだ」


 オーウェンはそう言って、切なそうに目を細めた。


「そんなこと言われても」


「わかってる。信じられるはずがないって」


 また上手く言いくるめようとしているのだろうか。

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