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第十三話

 第三章





(あ……まただ)


 聖はこれが夢であるとすぐにぴんときた。目の前に元いた世界が映しだされ、自分の意識だけがここにある状態は二度目だ。


(陽ちゃん……)


 学校からの帰り道を歩いている陽一の姿。手を伸ばそうとしても意識だけでは触れることすら叶わない。呼びかけることさえできない。


 陽一が友人となにかを話し、友人は困ったように眉根を寄せた。陽一は諦めたように笑い、手を振り別れた。なんの話をしていたのだろう。


 頭の中で「聖」と呼ぶ彼の声を思い出す。けれど、もう数ヶ月も声を聞いていないと、それが正しいのかどうかさえわからなくなってくる。


(声が聞きたいよ、会いたいよ)


 胸が詰まり、遣り切れない思いに涙が溢れる。けれど、実態のないこの空間に置いて、涙がこぼれることはない。


 オーウェンもエンベルトも侍女のケリーも、聖が困らないようにと気遣ってくれる。


 聖女としての仕事を全うすれば、住む場所も食べるものにも困ることはない。不便なことも多いが、元の世界にいた頃よりはるかに贅沢な生活をしている。


(ただ、これが幸せかって言われると、違う)


 聖はなにがなんでも帰りたい。家族に、陽一に会いたい。


 けれど誰も、泣いて絶望にくれている聖を慰める術は持たない。元の世界に帰りたいと訴えても困らせ、無駄に心配をさせてしまうだけだ。この国にいる人にとっては、聖が帰れない方が都合がいいのだから。


 聖は目を凝らして陽一を見つめた。


 陽一は電車に乗り、自宅のある駅ではなく、聖とよく遊びに行っていた街で電車を降りた。土日には観光客でごった返している街は、平日の昼間ともあり、地元民の買い物客で溢れていた。


 陽一は小さな店の前で足を止める。店主が陽一に話しかけ、一言二言言葉を交わす。しかし、彼は店ではなにも買わず、ただぼんやりと店の様子を眺めているだけだった。


(夏はアイスを食べて、冬は、よくたい焼きを食べたんだよね)


 二人でよく行くデートスポットだった。聖も陽一も運動量の多い生活をしているからいつも空腹で、たい焼きを買うときは違う種類を三個ずつ。友人たちには「彼氏の前でたい焼き三個とかあり得ない」と笑われたものだ。


 店の横にあるベンチに座って食べてから、ゲームセンターに足を運んだり、観光地となっているお寺に行ったりした。


 たい焼き屋を通り過ぎ、次に陽一が向かったのは、なじみのゲームセンターだ。自動ドアから店に入るが、きょろきょろと店内を見回し、疲れたように店から出てくる。どう見てもゲーム機を探している客ではない。


(もしかして……私とデートした場所に行ってる? 私のことを捜してくれてるの?)


 陽一の足がお寺の方向へ向くと、自分の考えが気のせいではないとわかる。陽一は参拝客の顔を一人ずつ確認するように見て回り、肩を落として戻ってくる。


(陽ちゃん、陽ちゃん! どうして……っ、声くらい……聞かせてくれてもいいじゃない!)


 どれだけ彼を呼んでも声が届かない。彼はこちらを見ることもない。


 苦しくて、胸が張り裂けそうだ。手を伸ばし画面を叩こうとしても、実体のない身体では指一本動かせない。


(帰りたい……帰りたいよ)


 どうして自分が選ばれてしまったのだろう。聖女になどなりたくなかったのに。


 王族に傅かれようとも聖の心は満たされない。ただ、普通に平凡な暮らしで満足していた。家族と陽一がそばにいてくれれば、それだけでよかったのに。


(あぁ……どうして、いやだ……こんなの、いやだ)


 聖の慟哭は真っ白い空間に溶けて消えていく。


 心の中で滂沱の涙を流しながら、必死に助けを求める。誰か、お願い、神様、と。聖の願いは叶わず、真っ白の空間にはただ、表情を絶望に染める陽一の姿が映しだされていた。


 肩を落として歩く陽一は、続いて吉川家の道場へと足を運んだ。だが、中には入らず、外からぼんやりと子どもたちの練習風景を眺めている。そして、しばらくすると聖の両親と話しもせず、近所にある自宅に戻った。


(陽ちゃん、空手の練習、やめちゃったの?)


 陽一が吉川家の道場を訪れないのは非常に珍しい。ほとんど毎日のように一緒に練習に明け暮れるのが日課だったのに。


 聖の両親とも仲が良く、夕飯を食べて行くことだって多かった。すると、目の前にノイズが現れ、真っ白な世界が消えていく。


(あ……夢が……終わっちゃう……)


 また陽一に会えるだろうか。彼と繋がっていられるなら夢でもいい。だからどうか、これ以上自分からなにも奪わないで。

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