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第十話

「あぁ、魔獣に馬が怯えるから、集落の手前で馬車を降りて歩くことになる。俺から絶対に離れるなよ?」


「わかった」


「じゃあ、すぐに出発する」


 用意された馬車にオーウェンと聖が乗り込み、転移陣で一緒に転移してきた聖女部隊の数人は馬で行くという。


 領主館は高台にあったようで、窓を開けると整然とした街並みが見えてくる。街は魔獣の侵入を防ぐためか高い防壁に囲まれており、魔獣の危険にさらされているとは思えないほど民たちの顔は明るい。


「あれほどの防壁があるなら、ここは安全だよね」


「だが、安全なのは領主館のあるこの街だけだ。農村部の集落はこれほど大きな防壁はないし、人や畑に被害が出れば食糧不足になる」


 街にはたくさんの店が並んでいた。この街で作っている物も多いだろうが、ほかの街から仕入れているものも多いという。魔獣の被害が広まれば商人の行き来もできなくなり、集落だけではなく結果的にこの街の多くの人にも被害が及ぶ。


「と言っても、領主と違って、民にはそこまで危機感はないだろうが」


「そんなものかもしれないね」


 生まれたときからここに住んでいれば、魔獣など見たこともない人が多いだろう。


 ただ、民たちは、王都から聖女部隊と聖女が来たと知らされているのか、大通りを馬車が通る度に「聖女様!」「騎士様!」と声をかけてくる。なにかのパレードのようだ。


 ようやく門を抜けてしばらくすると左右を森に囲まれた道になった。


 道といってもコンクリートで整備されているわけもなく、馬車が進む度にガタンガタンと激しく揺れる。


「ねぇ、オーウェン」


「なんだ?」


 馬車の上下の揺れのせいで、臀部が痛み出す。気を紛らわせるように、聖は何度も確認した質問を再度投げかけた。


「馬車を降りたら、私は瘴気の吹き溜まりを見つけて祓う、であってる? 魔獣が出ても、瘴気は祓わなくていいんだよね?」


「あぁ、セイの魔力は温存しておいてくれ。魔獣の多さから見て、おそらく瘴気の吹き溜まりがある。セイの魔力がどれだけ持つかもまだわからないからな」


 魔力をすべて使い切ってしまうと動けなくなるほどの疲労感があると言う。どれだけ魔力があるかは使っていくうちに感覚でわかるらしいが、聖にはその経験がなかった。


「私に、魔力がたくさんあったらいいけど。回復魔法が使えたら便利だよね」


「瘴気の吹き溜まりを元に戻せるのは聖女だけだ。それで十分だから、あまり頑張りすぎるな。勝手な言い分だとわかっているが、セイには長く聖女でいてもらいたいんだ」


「長くって……私は、いつか帰るんだよ。ほかの聖女をあたってよ」


 前の聖女が亡くなり、王族が異世界から聖を呼んだように、自分が帰ったらまたほかの世界から聖女が召喚されるだろう。聖のように自分の世界から突然切り離されてしまう人がほかにも出るということだ。


 自分だけがよければそれでいいとは思わない。けれど、この世界の人には悪いが、自分がその犠牲になりたいとも思えない。


「わかってる。それまでは協力してくれるんだろう?」


「うん、ちゃんとやる」


「そろそろ着くぞ。これから先は凄惨な光景だろうから、セイは目を瞑っていてもいい」


「あまり見たくないけど、やらなきゃいけないことはやるよ」


 聖は首を横に振った。聖女部隊の隊長であるエンベルトを始めとした隊員は聖を守るためだけにいる。自分が目を瞑っていたら彼らをより危険に晒してしまう。


 道の途中で馬車を降りて周囲を見回すと、微かにだが風上から血の匂いが漂ってくるような気がした。同時に、初めて魔獣を見た時に感じたいやな気配を遠くに感じる。


 誰に言われなくとも、どの方向に瘴気の吹き溜まりがあるのかがわかった。


 前にオーウェンが立ち、聖の横はディーナとカミラという女性騎士が守ってくれている。そしてその一団を囲うように前と後ろに数人の騎士がついた。


 しばらく歩くと森が開けて、ぽつぽつと家が建っているのが見えてくる。


 畑が一面に広がるばかりで、家を守る外壁などもない。獣対策なのか柵のようなもので畑が囲まれているだけだ。


(畑が……荒らされてる……それに、人が)


 ひどい状態だった。畑はなにかに踏み荒らされていて、植えていた芋の欠片が至るところに散乱している。そして、なんの肉なのか考えたくもないけれど、真っ赤な血肉が飛び散っていた。不自然に引きちぎられたような誰かの腕が落ちている。あれは頭か。ぐっちゃ、ぐっちゃと耳を塞ぎたいような音を立てながらそれに食らいつく真っ黒な獣。獣。獣。


「あ……うぅ、ぐ」


 吐き気が込み上げてきて、慌てて口元を手で押さえた。そうなるのがわかっていたとでも言うように、オーウェンが背中を撫でる。


「見なくていい。あれを斃すのは俺たちの仕事だ」


 聖の目からぼろぼろと涙が溢れた。どこの誰かが死んだことが悲しかったわけじゃない。目を逸らさなければここに立っていられない自分が悔しかった。


 聖は爪が食い込むほど力を入れて手を握りしめると、呼吸を落ち着ける。


 息を吸う度に生臭い血の匂いが鼻につく。吐き気をこらえながら、オーウェンに続いて一歩ずつ足を進めた。


 もとはおそらく猪であろう魔獣が、新しい餌を見つけたとばかりにこちらに突撃してくる。オーウェンや聖たちを囲うように立つ聖女部隊の隊員が難なく魔獣を討伐する。


 数が多く、こちらにやってくる魔獣もいたが、それらはオーウェンやディーナ、カミラによって斃された。本当に聖はなにもせずに中心を歩いているだけだ。


「……オーウェン、瘴気の吹き溜まりを祓えば、魔獣も元に戻る?」


 聖が声を震わせながら聞くと、すぐに答えが返された。


「いや……無理だ。魔獣の瘴気を祓わなければ元には戻らない」


「そうなんだ。でも、瘴気を祓えば、新たな魔獣は生まれないってことだよね」


「あぁ、そうだ。位置はわかるか?」


「うん、わかる。ここからさらに西」


 聖が森の奥を指差すと、オーウェンが頷き、ほかの隊員に声をかけた。

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