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鎗ヶ崎の交差点  作者: 誠一郎
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鎗ヶ崎の交差点㊲

 それでもどうにか一年を持ちこたえると、また店の周年記念が訪れた。僕はいつもと同じように閉店時間まで店に残っていた。知花はかなり客に酒を勧められ酔っていて、僕は彼女が心配で送って帰るつもりだった。

 片付けをする知花の背中を見つめながらハイボールを飲んでいると、以前に勤めていた従業員が顔を出した。従業員は山本と言った。店を始めた当初から働いていたがあまりに遅刻が多くクビにした店員だった。

 人柄は良く、僕も店に行けば話をした。しかし他の店員の手前もあり、知花は頭数が少なくなるリスクを飲み込んで辞めさせることにしたのだ。彼女は自分の教育方針が悪かったのではないかと悩んでいた。僕は君に責任はない、と励まし彼女を支えた。

 山本は自分の恋人を連れて現れた。客がはけて行くと僕と知花、そして山本とその恋人が残り自然と飲む流れになった。

 最初は近況を話していただけだったが、いつの間にか山本が当時の自分の荒れた生活を語り始めた。そして知花に頭を下げた。すると彼女はその大きな瞳から涙を流して言った。

「やまちゃんのこと好きだった。大好きだったの」

 僕はその言葉を聞きながら、心を鎮めるのに必死だった。愛していると言っても、好きだと言っても返してくれなかった僕が待ち侘びていた言葉を、知花は涙を流しながら他の男に言ったのだ。

 僕は苛立ちを隠しながら会が終わるのを待った。しかし酔っていた知花がもう一軒行こうと言い出した。仕方なく、僕達は近くのバーに向かった。

 バーでも知花はハイテンションでいつもよりも喋り周りの客にも絡んだりした。周年の営業が終わって気が抜けた事と、山本との再会への喜びがあったのは明白だった。

 そして朝方になってやっと店を出ると、知花は山本の手を握っていた。傍の彼女は酔って座り込んでいた。

 僕は知花の腕を強引にひっぱり、山本に恋人の介抱を指示して通りがかりのタクシーを拾って彼女を乗せた。近い距離だったがこの場から離れさせるにはそうするしかなかった。

 マンションの前でタクシーを降りると知花が僕の首に腕を回した。

「今日はありがとう」

 酔った知花がキスをせがんだので僕は嫉妬を込めた激しいキスをした。しかし、彼女には何も届いてなかった。当然だ。次の日の彼女からのラインには「酔って記憶がない」と書かれていた。

 僕は心に染み付いたこの出来事を別れる時まで引きずった。そして、ほとんどこれが僕らの別れの原因になった。その出来事から、僕はさらに嫉妬に飲み込まれて行き、彼女を苦しめるようになったのだ。

「明日は新太とここに行こう」

「明日は無理なの」

「なんで?誰とどこ行くの?」

 つれない反応の知花を誘い、断られれば彼女の行動を探る。時には誰かと飲みに行っているのかと店に強引に行く。思い通りにいかない関係に僕の苛立ちは止められなくなっていた。

 そんな中で僕と知花は話し合いの時間を設けた。もちろん僕から提案したのだ。僕自身もそんな自分に嫌気がさしていた。本当は彼女は何もしていないとわかっているのに疑い、鎌をかけようとする自分が情けなくて辛かった。

 山本へ告げた「好き」も、ただ従業員としてと言う意味が込められていたことはわかっていた。そのことを知花に伝えたかった。

 そして自分の想いの強さをわかって欲しかった。どれほど愛しているかを。それさえ伝われば、また僕達の関係は元に戻ると信じていた。

 その日、僕は話したいことがある、と知花を家に誘った。しっかりと自分の想いを伝えるには他人がいる店で話すのは嫌だった。しかし知花は家に来たがらなかった。悲しさと苛立ちが募る中で、僕は情けなくも家に来てくれるよう懇願し、どうにか彼女の了承を得た。

 少し前までは仲良く並んで座っていたソファには彼女一人が座り、僕は床に座った。しばらくお互いに無言の時が続く気まずい雰囲気の中で僕が口火を切った。

「最近俺達上手くいってないから話がしたくて」

「うん」

「まずはごめん。最近の俺、うざいよね」

「うざいって言うか、なんて言ったらいいんだろう」

 知花は言葉を探しているようだった。僕を傷つけない言葉を。

「いやそうだと思う。自分でもわかってるから。ごめん」

 知花は押し黙り、何も言わなかった。僕は彼女の答えを知りたくて、さらに矢継ぎ早やに言葉を投げた。

「でも少し。俺の気持ちも考えて欲しい。君は旦那との仲が良好になったと言ったけど、そうなると俺は自分の存在がなんなのかわからなくなるよ。君はただ、夫への不満のはけ口が欲しかっただけなのかなって。それに、周年のこともやっぱりね。憶えてないじゃすまされないよ」

 こんな女々しいことを言っても何にもならない。そんなことはわかっていた。現に知花は本当に悲しそうな表情を浮かべていた。

 しかし、この時の僕に浮かぶ言葉は知花への批判だけだった。そうすることで、彼女に罪悪感に気づかせ関係を続けようとした。それが恋でもなんでもないと気付かずに。

「悪いとは思っているけど・・・それに、周年のことは覚えていないし。あと、山本くん。もう一度うちの店で働いてもらうことになったの。だから会ったら、挨拶くらいしてあげて」

 僕はこの時、とても醜い顔をしていたと思う。山本が辞めたあと、代わりに入った店員はすぐにいなくなってしまった。それでは店が回らないと、山本を預かった店の常連の会社の社長に頼み込み戻してもらったのだそうだ。

 経営的には、それは仕方ないことなのだ。しかし、僕は山本がまた店で働くことに嫌悪感を覚えずにはいられなかった。

「ずっと働いてもらう気?」

「わからない」

「そう。あいつは社会人としてダメだと思うし、早く新しい人を探したほうがいいと思うけど」

 知花はまた何も言わなかった。十年前と同じように視線を僕には向けずに、違う未来を見ているような表情を浮かべていた。

それでも僕達はどうにか関係を続けた。知花の優しさにつけこんで強引に僕が押し切ったかたちで。

 店に山本が戻ってくると、僕は大人気なく無視を決め込んだ。当然、僕が行くと店の雰囲気は悪くなった。それに気づいていながら、僕は大人になる事が出来なかった。 

 おそらくこの頃には知花は僕との別れを決めていただろう。勝手に嫉妬して自分の仕事場である店の雰囲気も悪くしてしまうような男と一緒にいようと思うわけがない。

 そんな状態のまま、僕らは新しい年を迎えようとしていた。

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