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鎗ヶ崎の交差点  作者: 誠一郎
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鎗ヶ崎の交差点㉜

 そしてその間に、僕は知花の息子に会った。名前は心太。二歳の男の子だった。それは僕の休みが終わる最後の日曜日のことだった。

 僕らはその日の前日もベッドの上で幸せな時間を過ごしていた。

「明日は何をするの?」

 僕が聞くと、知花は夜明けの空をつまらなそうに見つめた。

「明日はどうしよう。彼もいないし、心太とでかけようかな」

 なんとなく家にいたくないことを察知した僕は言った。

「一緒に行こうかな。一人じゃ大変でしょ?」

「でも子供走り回るし」

「大丈夫。それに会ってみたいし」

 すると少し考えてから知花が言った。

「うん。じゃあ。一緒に遊んであげて」

「わかった」

 こうして僕は彼女の息子に会うことになった。

 その日のことは忘れもしない。よく晴れた代々木公園で僕はとても緊張していた。もともと子供に興味を持った事もない自分が一体どんな気持ちになるのか不安だった。友人の子供を見ても、可愛いと言いながら、その実はそこまで思っていなかった。

 そんな自分が好きな人の子供だとは言え、他人の子供を可愛いと思えるのだろうか。写真では見ていたが、実際に会ったら彼女の面影がなく、違う男の顔をしていたら。

 僕と彼女はただ二人だけでの関係でいいのではないか。子供とはもう少し後に会えばよかったのではないか。自分で会うと言っておいて逃げ出したい気分だった。

男らしくない迷いを抱えながら二人を待っていると、知花から電話がかかって来た。

「どこにいる?」

「うん。噴水の近くのベンチのとこ」

「あ、見えた。行くね」

 緊張のせいか、いつも人混みの中でもすぐに探し出せる知花をなかなか見つけ出すことができなかった。いやそれは、彼女がいつも夜に会う時とは違う母親の顔をしていたからなのかもしれない。

 やがて知花の姿が見えた。彼女はベビーカーを押していた。僕は反射的に彼女の元に走った。その日は冬なのに日差しが強く、ベビーカーの日よけが降りていて心太の顔は見えなかった。

「ごめん。遅くなっちゃって」

「いや、大丈夫」

 すると、心太が自ら日よけを押し上げ顔を出した。そして知花にそっくりな笑顔を見せた。僕はその瞬間に恋に落ちた。

「ほら、お名前言って」

 彼女の声は聞こえなかった。僕は自分でも不思議なくらいに自然に心太の頭を撫でていた。

「ねえ。ベビーカーから降ろしてもいい?」

「うん。そこのストッパー外して。でも走り回るよ」

 ストッパーを外すと心太はベビーカーを自ら降りて園内を走り出した。僕が追いかけると自然に僕の手を握った。その小ささを、その暖かさを、僕は愛してしまった。そして僕達は、知花を置いてしばらく二人で遊んだ。

 心太は本当に知花にそっくりだった。しかし僕はその顔ばかりを愛したわけではない。その手を握って暖かさと小ささを愛おしいと。守りたいと強く思った。不思議な感覚だった。血が繋がっているかどうかなんて関係なく、僕は心太を自分の子供のように思えたのだ。

「いきなり二人でどっか行ないでよ」

 しばらくして広場にシートを敷いて休んでいると、少し膨れて知花が言った。

「いやだって、可愛くてさ」

「子供、好きなんだっけ?」

 心太と走り回り僕は汗だくだった。

「いや、そんなことなかったんだけど」

 持って来たシートに座ってジュースを飲む心太の小さな背中を撫でた。心太も僕と同じように汗をかいていた。でも、その手触りに不快感は微塵も覚えなかった。

「子供と遊ぶと疲れるでしょ?」

「そんなことないよ」

「ちょっと休んでて。今度は私の番。心太。行こう」

 知花と新太が走り回る光景を眺めながら、僕はこんな休日をずっと過ごせたらどんなに幸せだろうと思っていた。自分でも不思議だった。今までに結婚をしたいとか、家庭を作りたいなんて考えたこともなかった。

 自分の親も離婚していて、周りの友人も多くが離婚を経験していた。それを見ていたせいもあり、結婚は不利益なものだと感じていた。特に僕は夢を追っていた。夢を叶えられずに家族を持ち、それを代替えのようにして生きて行く事に違和感があった。

 しかし、この時僕は自分が間違がった考えを持っていたことを知った。本当に好きな人がそばにいて、愛おしいと思える子供がいる。夢を無くしても、その夢よりも大事なものがあれば生きていけるのだと。

 転職したとは言え、いつもと同じように惰性でやろうとしていた仕事にも意味が生まれた気がした。この二人のためにしっかりと働こうと。

 冬の日差しの中で、僕は二人を見つめながら遅く訪れた大人らしい決意を胸に刻んでいた。

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