鎗ヶ崎の交差点㉛
年末年始に夫の実家に行くと智花は体調を崩した。夫は田舎のそれなりの家庭の長男で親戚も多かった。次から次へと家に訪れる客の相手や、母親の圧力や全く知らない土地での緊張で身体に偏重をきたしてしまったのだ。しかし彼女は気丈にも、いわゆる嫁いだ嫁の仕事を休まなかった。
昔の人間ならそんなことは当たり前なのだろう。相手の実家に行って嫁が甲斐甲斐しく働くのは当然だと言われて、体調など崩したものならダメな嫁の烙印を押される。
しかし僕らの世代にはそんな文化は存在しない。特に僕と知花は東京育ちで親戚も多くなく、ましてやお互いに親が離婚していた。親戚の集まりなど子供の頃でもほとんどなかった。
知花の親も離婚していると聞いたのは、初めて彼女を抱いた夜のことだった。夫との帰郷への不安を話す中で彼女が何気なく言ったのだ。
「うちはお父さんとお母さん離婚してるから。大家族とかちょっと苦手で」
僕はその話を聞いた時、やはり僕と知花は運命なのだと確信した。同じ地域で同じ境遇の中で育った僕らは価値観が同じなのだ。だからこそ上手く行くと。まだ離婚をすると知花が言ったわけでもないのに、僕は夫との終わりを勝手に決めて約束もされていない未来を夢描いていた。
夫の実家に行っている間、知花は僕に毎日のように連絡をしてきた。僕は大晦日も正月も関係なく、知花からの連絡を待った。そして連絡が来ると昼夜問わず返信をしてなるだけ優しい言葉をかけた。
知花に様々な想いがあったことは想像に固くない。夫婦関係が上手くいっていなかったとは言え、まだ結婚をしている身で僕と関係を持った。そこに罪悪感がないわけがなかった。
そんな中で体調を崩しながらも相手の親や兄弟と会い、何日間も一緒に過ごすのはとても辛かったはずだ。だから僕は、せめてラインの中だけでも知花に寄り添っていたかった。
「大丈夫?」と聞くと、いつも親戚が寝静まった夜に返信が返ってきた。
「うん。どうにか。でも頑張る。帰ったら会おうね」
「無理しないように。君は誰よりも頑張っているから」
「ありがとう。早く帰りたい」
こんなやり取りを毎日しながら知花の帰りを待ちわびていた。
七草が終わった頃にやっと知花が帰ってきた。しかし店がすぐに始まり外で会う事は出来なかった。その代わりに僕は毎日のように知花の店に赴いた。外に行けなくても、まだ年明けで空いている店内で彼女と過ごせるだけで幸せだった。
そしてまた普通の週末がやってきた。知花は店が終わると当たり前のように僕の家に来て、好きなドラマを一緒に見てワインを飲んだ。そしてその後は抱き合った。
僕の有休消化が終わる一週間前には毎日一緒に過ごした。
「もうお休み終わりでしょ?だからこの一週間だけ毎日会おう」
知花がそう言ってくれたのだ。しかしいつも、彼女は朝の五時には家に帰って行った。母親か夫が子供を見ていて、店の営業時間も夜中までとは言え、昼に帰るわけにはいかない。
朝方でも遅いが、知花は店の仕込みがあると言って僕との時間を作ってくれていた。
僕達が過ごせる時間はいつもとても短かった。しかしそれでもよかった。たった数時間でもその時間は濃密だった。二人で飲んだワインボトルが家に溜まっていくのを見ては、僕はいつも一緒に過ごした時間が増えていくことに幸せを感じていた。
僕らはいつも抱き合いながら様々な話をして朝を迎えた。
「いつかまた京都に行こう」
「いつか海外旅行にも行こう」
今の状況を脱すればできるかもしれないことを二人で明け方まで語り合った。この時の僕達は確実に同じ未来をみていて、短い時間を過ごした朝でさえも、次に会える時間が近づいたと互いに喜びを感じていた。




