鎗ヶ崎の交差点㉔
以前に勤めていた会社に戻ることになり、十二月の初めに勤めていた会社に退職届を提出した。退職は一ヶ月後に決まりその後は有休消化を取り、次の仕事初めは二月からになった。
まだ会社には在籍していたが、退職届が受理されると途端に僕は暇になった。これから会社を辞める人間にわざわざ仕事を振る会社はない。するとちょうどよく、知花から頻繁に連絡が届くようになった。
「今日は新しいメニュー作ったよ」
「仕事頑張ってね」
他愛もないメッセージが毎日のように届き、暇な僕は同僚に隠しもせず、会社で親指を動かした。
「それ、お前気をつけたほうがいいぞ」
居酒屋で知花にラインを返す僕を呆れた表情で見つめながら、山口が言った。山口は、僕の小学生時代からの友人だった。とは言え、小学校を卒業してから私立の中学に行った彼とは十年以上会っていなかった。
しかし社会人になり、ひょんなことから再会して頻繁に飲むようになった。当然、山口には知花の話をしてあり、店にも連れて行ったこともあった。
「彼女は結婚していて、子供がいる。リスクが高すぎるよ。もし関係を持ってバレたら、お前は訴えられるし、子供も相手に取られることになるかもしれない。そのラインだって見られたら逃げられないぞ」
「わかっているよ。どうこうしようなんて考えていない」
それは嘘だった。僕は知花からの連絡をいつも待っていたし、この先に何かがあるかもしれないと期待をしていた。
「どうだかなあ。お前は入り込むと周りが見えなくなる。ほら、小学生の時に好きになった玲子ちゃんだって、結局六年間好きだっただろ?他の女子にも告白されたのに全部断ってさ」
「そんな昔の話するなよ。だったらお前なんて、男みたいな女と付き合ってただろ。山井あゆみだっけ?」
「ばか。あの子はよく見ると可愛かったんだよ。わかってないね」
「へえ。そう言うことにしておこう」
「でもまあ、久々にお前が好きになった女だ。成就はして欲しいけどな。ただ、それが成就する時は、誰かが傷つくことになるかもしれない。それは覚悟しなくちゃいけない」
「ああ。そうだな」
この先何かがあって、僕と知花が付き合いを始めた時、傷つくのは夫や夫の家族や子供だろう。それを考えると安易に離婚しろなんて言えるはずもない。だとしたら、今の僕ができることはただ待ち、見守ることだけだ。いつどうなるかも、約束もない彼女をただ近くで。
しかし僕はいつまでそんな生活に耐えられるのだろうか。それに例えば知花が離婚したいと言ったとしたら、僕は本当に彼女を受け入れられるのだろうか。山口の言葉で、急に現実が差し迫ると不安になった。
僕と知花の関係に進展はなかった。ただ、少しずつ距離が縮まっているのは確かだった。彼女からは毎日連絡が届くし、おそらくそれは夫との仲が上手くいっていないからだ。知花は今の生活から抜け出したいと考えているのだろう。そしてそれを叶えられるのは僕だけかもしれない。
しかし僕の存在があることで周りの人間が傷つくのならば、特に子供が嫌な思いをするのであればこれ以上関係を深める事は罪にもなる。正直、子供までも幸せにする自身は僕にはまだなかった。
山口の助言は僕を冷静にさせたと同時に、決意を揺るがした。しばらくは店に行くのをやめようと思いとどまるほどに。




