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鎗ヶ崎の交差点  作者: 誠一郎
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鎗ヶ崎の交差点⑪

 これが知花との最初の別れになった。この頃の僕は子供で何もなく、彼女には美しさも若さも全てがあった。

 今考えれば、若い僕と彼女が釣り合うはずもなくふられるのは当たり前だったと思う。だけど僕はその差の理由を冷静に受け入れることなどできなかった。

 僕はしばらく自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。音楽も何もかもへのやる気を失くした。だけど、幸いなことに僕は若かった。

 恋の傷は若ければ若いほど癒えるのが早い。おそらくそれは悔しさがあるからだ。悔しさとは自分の至らなさだ。ある程度自分が出来上がった大人には努力で補える至らなさがない。そうなると失恋した時、完全な自己否定をされることになる。だからその傷は深く、治りが遅い。今の僕のように。

 しかし僕はまだ二十三歳で野心もあった。僕は知花のような女性がちゃんと向き合ってくれるような男になるために必ず成功を勝ち取ろうと心に決めた。そしていつかまた再会したら後悔させてやるのだと。

 しかし、人生はそううまくはいかなかった。カフェブームが終焉し、三宿にあったカフェは次々と撤退していった。カナさんのカフェもなくなり、僕はDJをする場所を失った。  

 カナさんはその後、近くにあった小学校をリノベーションしたカフェを経営していたが、それもなくなった。フェイスブックでしばらく連絡は取り合っていたが、いつしか連絡もしなくなり、十年後の偶然の再会まで音信不通になった。

 僕はフリーターを続けながらDJを続けた。途中で小さなイベントを始めたり、友人とユニットを結成したりしたがどれもうまくいかなかった。うだつの上がらない二十代をなかなか卒業できずにやがて二十七歳になり諦めを感じ始めた時に、母親が実家を売ることになった。

 僕の両親は離婚していた。僕と母は二人でかなり大きい一軒家に住んでいたが、歳をとり邸宅の維持に苦慮したことで売りに出すこととなったのだ。金銭的な面の問題もあっただろう。

 幸いなことに家はすんなりとかなりの高値で売れた。そして僕はそれを機に一人暮らしを始めることになった。母は自由が丘に小さなマンションを買いそこに引っ越すことになった。

 一人で暮らすにはバイトの給料では厳しい。かと言ってこの地域を離れる気にはなれなかった。生まれ育った街が好きだったし、友人も多かったからだ。しかしいつの間にか人気のエリアになった界隈は生活費が高かった。バイトだけではとても暮らせる地価ではなくなっていた。そこで僕はフリーターを辞め就職することを決意した。同時に、夢を諦めることにもなった。

 夢への後悔はあったし、まだもう少しという気持ちも残っていた。しかし、実家を手放すことになった母への罪悪感がそれに勝った。もっと自分がしっかりしていたら。特別な人間だと勘違いせずに、音楽なんてやらずに真っ当に働いていたらこんなことにはならなかったかもしれないと。

 就職活動は困難を極めると覚悟していた。大学を卒業してフリーターを五年もやっていた自分にまともな就職口があるとは思えなかったからだ。

しかしその頃には世の中の景気が回復し、経歴のない僕でもある企業に勤めることができた。

 母に就職が決まった事を報告すると涙を流した。やりたい事をやれとは言ってくれてはいたが、その実、本心は心配していたのだろう。その涙を見て、僕はこれでいいのだと自分を納得させた。

 こうしてやっと僕は社会人になり三軒茶屋に引っ越すことになった。職場に近く一人暮らしをする地元の友人が多く住んでいたのが三軒茶屋を選んだ理由だった。三宿に近いと言う望郷もあったのかもしれない。

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