8皿目
【5/24 PM1:30】
何故ここだったのだろう。何故ここでないといけなかったのだろう。犯人は誰なのだろう。誰も答えてくれない。学校の問題とは違って大人が答えを知っている訳じゃあないけれど、それでも問わずにいられなかった。
「ちょっと纏めましょうか」
「そうして。情報が錯綜しすぎてこんがらがってきた」
そんな事を考えながら、自分と篁さんは意気揚々と目につく町民全てに不審な物音等の情報を聞き回って、しかし誰からも話が聞けなかった____
のではない。
むしろ真逆である。
「ええと…『言い争う声がした』『その時間なら外からゴミ箱を倒した音がして、出たら本当に倒れていた』『走り去る足音を聞いた』『わかりやすく黒い影があった』『悲鳴が響いていた』…と、抜粋だけですけど」
話を聞いて篁さんはその白い眉間に皺を寄せた。
「いくらなんでも多すぎる」
そう、多い。不審な物音不審な影、誰かだけが聞いたのではなくご近所全員が聞いている。入ってくる情報が多すぎた。皆同じことを警察にも話したのだとか。この地域を担当している人が頭を痛めたことは想像にかたくない。十人に聞いたら二十の証言が出てきたようなもので、しかもそれは広範囲に渡っているときた。情報がないのは困るがありすぎても困る。どれが正しいのかもわからない、少々贅沢な悩みかもしれない。
「どれが正しいかわかるかいホームズくん」
「どれも正しいかわかりませんワトソンくん」
なんて軽口を叩いたところで証言の数は変わらない。何よりおかしいのは、「走り去る足音はした」のに「声は近くで聞こえた」という点だった。道路を跨いでも全く同じ証言ばかり、どの日の事件のことを聞いても同じような情報ばかり。近所で結託するにしても多すぎる情報量、名探偵にはなれそうにもなかった。地面をつま先で小突く。
「こんなの変すぎる、同じ大きさの声が三件も四件も離れた家でも聞こえる、っていうのはありえない。現場に近い所はよく聞こえて遠い所はあまり聞こえない、ってのじゃないとおかしい。理科で習ったでしょ」
「なんで情報相手にキレてるんですか」
「感情の行き場がないの」
そう言って彼はその場の石を蹴っ飛ばし、盛大なため息をついた。ここ何日で何度目のため息だろうか。先を行く彼に駆け足で追いつこうとしたが早足でそれを阻まれた。
「そういや篁さん、お仕事の方はいいんですか」
「言ってなかったっけ。もうクランクアップしたよ」
「早くないですか」
「…チョイ役だからね」
ちょっと間を空けてそれでも嬉しげな言葉。心底俳優業が好きな様である。春の青空と柔らかい日差しを背後に先を行った彼が振り返る、逆光で眩しくて、目を細めた瞬間に笑い声がした。
「お二人共、仲が良いですね」
楽しげな勇実だった。なんでいるのか、と思ったが、よくよく考えれば日曜だから学校は休みだ。けれど彼女は制服であるはずのセーラー服をまるでトレードマークのように着こなし、「これは私服ですよ」みたいな顔でにこにことこちらを見ている。
「ごめんなさい、楽しそうなところ申し訳ないのですけれど、こちらの袋を持っていただけませんか?つい買いすぎてしまって」
言われて見ると彼女は重そうなスーパーの袋を三つほどその腕にぶら下げていた。頷いて一つ受け取り、篁さんも「いいよ」と一つ持つ。
「蠢さんは何をしていらしたのですか」
「…散歩」
「春ですものね。では令さんも?」
篁さんが誤魔化したのを聞いて、こちらも「うん、散歩」と適当に返す。それ以上彼女は追求してこなかったし、それが有難くもある。そういえば彼女は頑なに事件の話をしない。一介の女子高生である彼女には少々暗い話、なのだろうか。明日のお弁当の話を楽しげにしている勇実と篁さんとはまた距離があいていて、その差を埋めようとまた一歩駆け出した。
【証言 抜粋】
「猫の声だと思ったんだよ、でも喧嘩してるには長いなー変だなーって。外出たらそんなの影も形も見えなくて、その代わりに人影がふたつ。あれなんだったんだろうね」
「ああ、悲鳴なら聞いたよ。男のっぽい野太いやつ?うぉおー、みたいな。可愛くないよな」
「覚えてる。あの日はうるさかったから。…警察に?話したよ。同じ話をもう何人かに聞いたみたい、人に聞いてる癖してなんだよあの態度」
「人影ですか。黒っぽーい、パーカーのフードをすっぽり被ったみたいな影でしたね。…?ええ、見ましたよ。ゴミ箱が倒れた音がして、けたたましいったらなかったんですから」
「三軒隣のさ、林さん。あの人も同じような悲鳴聞いたみたいだぜ。もう聞いた?そう。まあ同じ音量だったっつうから、近くで起こったんだろうなー面倒だなーって思ってたらさ、遠くの公園でびっくりよ」




