5皿目
ブロックタイプの栄養食…チョコレート味やメープル味など、様々な味を取り扱ってあり、お腹にもたまりやすいナイスな一品。口の中の水分は犠牲になる。
佐野の彼女…漢方屋であり、薬膳スープなどを振舞ってくれたりする。容姿から性格まで非の打ち所のない、可愛らしい彼女。
珈琲一杯…苦味は人間の味覚の中で一番感じやすい。
【5/23 PM6:30】
考えてみると、自分は全くと言っていいほど料理をしない奴である。味覚が昔と比べて薄くなってしまった故だろうか、年々食への関心を無くしてゆき、今や珈琲一杯で一日の食事を終わらせる程になっている。倒れて知り合いの病院に担ぎ込まれた際に流石にこれは良くないと思い直し、シリアルやブロックタイプの栄養食なんかは食べてもいるけれど完全な付け焼き刃だ。家の冷蔵庫には卵と麦茶しかない。彼女の勧めでようやっと麺つゆなんかも置くようになったが、それくらいである。彼女はそんなに頻繁に来る訳でもないし、毎日作ってくれなんてプロポーズみたいで恥ずかしい、まだ言えない。
だから人が料理をしているのを見るのは新鮮だ。
「いい匂いがする」
「もう少しで出来ますよ、お箸並べて頂けました?」
「うん。箸置き久々に見たな」
「まあ、令さんはもっとご飯を食べるべきだわ。今日は沢山食べてください」
「僕も全面同意するよ。きみはもっと食べなさい」
味噌汁の味噌を溶く勇実の横で、煮物の用意をしていた篁さんも口を挟む。味に納得がいかないのかお酢を足していた。呼んでいないのに何故かにこにこと座っている純星さんもいる。食べろと言われては立つ瀬がない、あまり多くは食べられない旨を伝え席に戻った。着席してすぐにテレビを流し見ながら麦茶を飲んでいただけの純星さんが話しかけてくる。暇そうだ、なにか手伝えばいいのに。
「そんなに食べないの?」
「あんまり。楽しくないですし」
「でも人と食べるのは好きなんだね」
「それは楽しいですから」
「ひとりの食卓が嫌なのか。子供みたい」
「な」
その言葉に図星を刺されたようでつい感情に任せて怒りたくなるが、この人のことだ、特に他意はないのだろう。頭が動くより先に口が動くタイプ。テレビの中では知らない芸人が知らない芸人にどつかれていて、見ていないうちにまた売れている人が変わったらしかった。ガヤから笑いが起きるのと同時に、彼はグラスを置いて「そういえば」と思い出したように微笑んだ。
「今朝のご遺体さ、第一発見者ツバサでしょ」
なんで知っているのだろう。
思わず息を吸いこんだ瞬間、またテレビから笑いが起きる。純星さんが眉を顰めた。
「これ面白くないね、変えようか」
「……そうですね」
そのまま彼はリモコンを手に取り、番組表をいじり始める。似たようなバラエティばかりがずらりと並んでいて、特に琴線に触れるようなものはなかった。
「で、ツバサくんなの?」
流されることもなかった話題は続行される。はいそうですとホイホイ答えるわけにもいかなくて、グラスの氷に目線を落とす。それだけで彼は理解したようで、「いや個人的興味だけど」と適当に笑い、ニュースにチャンネルを変えた。何故それを知ったのかは教えるつもりがないらしい。隠すのが苦手な自分が嫌になる。その場しのぎの言いくるめはできても、後からまた質問されるのは明白である。故にやはり黙ることしかできない。キッチンからする味噌汁の匂いがやけに濃く感じた。
「二人とも、できたよ」
「待たせてしまってごめんなさい。早く食べてしまいましょう」
タイミングが良いのか悪いのか、お盆を持って現れた二人に何も返せない。方や純星さんはお椀の豚汁に目を輝かせている。
「全然待ってないよ!今だってほら、令と楽しくお喋りしてたし」
「そう?それなら良いのですけれど」
こちらの素振りに気がついていない様子の勇実は笑って料理を並べる。彩り豊かな食卓に素直に心を躍らせることが出来ず、とりあえず曖昧に微笑んでおいた。
「令」
おひたしを各席に起きながら、純星さんに呼ばれる。なんですか、とした返事はどうにか取り繕うことが出来た。
「気にしなくていいよ」
無茶な話だ。
ようやく目線を上げて見た彼はいつもの様に微笑んでいて。
それ以上追及もできない、したくない。頭を軽く振って邪魔な考えを打ち消し、配膳が終わって席に着いた篁さんに倣って手を合わせる。楽しいはずの食事はいつもより味がしなかった。
今日の食卓…かための白米、里芋とさつま芋の入った豚汁、ほうれん草と白菜のおひたし、醤油と酢で味をつけられた鶏肉の煮物。デザートは貰い物のカスタードシュークリーム。
味覚障害…心因性や火傷・亜鉛の欠乏などにより、味を感じる場所である味蕾が機能しなくなること。完全に味がしなくなる場合から味が薄く感じる場合まで、症状は多岐に渡る。




