2皿目
花綵市…はなづなし。都心とK県の間にある市。半田舎。ゆるキャラの「はなづ〜くん」がいる。別に可愛くはない。
徒花町…あだばなちょう。町人は少ないがコミュニティは濃い、ちょっと田舎の町。
【5/22 PM8:30】
「殺人ですか」
「そうそう」
「物騒だなあ」
仕事が終わった純星さんが、俺と篁さんを訪ねてやってきた。手土産のシフォンケーキはすぐ側にある喫茶店で売られているものだ。クローズ時間を理由に廃棄処分になるところを通りかかって貰ったらしい。抜け目がない人。貴方ならいつでも歓迎だ、と言ったことを覚えていて自分のところに来たらしいが、それは「インターホンを鳴らさずに人の家のドアを何度もノックしていい」という許可ではない。突然の爆裂なノックに寛容を見せるほど心が広くはない。
閑話休題。
兎も角彼の話によると、どうやら今朝起きたのは殺人事件で相違ないようであった。
「凄いんだよ。首が綺麗に切り裂かれて内臓ずるずる血もぐちゃぐちゃ。顔は強ばったままで道に血痕があったから、どこかで刺されて逃げてきたみたい。それを追いかけられて、公園で…」
「首を」
「ご名答」
全くもう、と溜息をつきながら珈琲を啜る。自分の住んでいる地域で酷い事件があって辟易しているようだ。…いや、もしかしたら単に仕事が重なって面倒なだけなのかもしれない。篁さんはいつもの表情を崩さないままケーキを食べている。多分あまり話を聞いていないのだろう。
「おんなじ事件がこれで三つ、全部徒花町。間違いなく同一犯なんだけど____こんな狭い町でやる意味がわからなくって」
「猟奇的ですね」
「しかも内臓は一部が持ち去られてた」
「…持ち去り、ですか。わざわざ殺してから?」
「うん。腹を裂いた跡はあれどナイフとかで切られた痕跡はなし、素手で掴んでぶっちぎって持っていった、ってセンが濃厚」
肉屋でももっと優しく取り扱うだろう。眉根を寄せて事件の惨状を想像し、被害者はどんなに恐ろしかっただろうと考える。
「推定死亡時刻は、昨日の深夜一時過ぎくらいとみてる。刺されたと思われる現場も遠くないからそこも調査中」
「はあ…」
「ていうか、そんなこと僕らに話しちゃっていいの?」
ずっとケーキと珈琲に夢中だった篁さんがつっと顔を上げる。思ったより話を聞いているようだ。確かに警察関係者でもないのに、推定死亡時刻が〜、とか話していいとは思わない。純星さんは「なんだそんなこと」と笑った。
「二人なら悪用しないでしょ」
「何なんですかその底無しな信頼…」
「悪用なんてしようものなら僕が真っ先に逮捕しちゃうぞっ」
「アラサーのウィンクだ、言い回しが古い上に恐ろしいものを見てしまった」
「大丈夫令くん、不幸にならない?」
「失礼に次ぐ失礼」
まあ、でも信用されるのは悪いことではないだろう。柔らかいシフォンケーキを噛み締めながら、次の手土産は食感のいいものにしてもらおうと思った。




