二十二話 望まぬ未来
久しぶりで忘れたら
読者に、かくあるべき説明は要る
(https://ncode.syosetu.com/n3529fw/)を見てネ
『こっちか?』
「いねぇなぁ」
『そっちか?』
「いませんねー」
入り組んだ迷宮を隅から隅までネキロム達は確認していた。艶蟻は変身の能力を持っている。洞穴の壁にでも変身をされていたら見逃してしまうと危惧したネキロムは、今こうして手当り次第に探っている訳であった。
『ふーむ。しっかしどこまで進んだんだか。たまに蟻人や赤蟻と鉢合うし中々に追い付けん』
「もしかして、どこか抜け穴みたいなのがあったりするんじゃ……」
クーラウが不安を口にする。しかしそんな言葉でネキロムの熱意は冷めることは無い。もっとも、下らぬ欲望に注ぐのでは無く迷宮脱出に込めて欲しいのだが。
「お、分かれ道だぜ」
周囲を集中的に探っていたネキロム達とは別に、前方を見ていたコオドから声が上がる。その声で前方に注意を向けてみれば、確かに右と左、お手本のような分かれ道が存在した。
「うーん、どっちに行ったんだか……」
『こーゆうのはもう勘よ、勘。せーのでどっちに進むか言うぞ、せーの──』
「左です!」
『左』
「え、み、右!」
多数決の結果は、左の道に行くことへ決まった。どうやら迷ったら左を選ぶという心理は本当なのかもしれない。その認識を知っていそうな現代兎のネキロムも、左を選んでいるのだから心理学は侮れない。
『よーし、じゃあ左で』
「え、ええ?そんなんでいいのか……?もっとこう……」
コオドは足跡を探したり、何か魔物だけに分かる印ような、痕跡を見つけるものだと思っていた。しかし蓋を開けてみればただの、勘。
『いや、俺達がそんなこと出来るか……?』
「……それもそうか」
斯くして、コオドの儚い理想は消え散った。大人しくネキロム達と一緒に左の道を歩いていく。
「──そういやネキロムはさぁ、魔物を倒しても何とも思わないのか?」
『は?』
突然の問いにネキロムは驚く。
──何とも思わない?もしかしてコイツは魔物愛護団体の一員かなんかなのか?今まで散々魔物を倒してきたのに?もしかして虫系は別とか?
様々な思考が絡み合う。しかしその思考の中に答えとなりそうなものは無かった。
「ほ、ほら。ネキロムも一応魔物じゃん?もしかして、その、同類を倒させているのは無理しているんじゃって……」
『はぁー』
どうやら優しさからの問いだったらしい。しかしその問いには溜め息が出てしまう。
『コオドお前……』
「お、おう」
『無神経過ぎ……』
「はぁ!?」
『いやだってそうだろ。もし俺がすんげー気にしているのに、我慢して今まで魔物を倒していたら今更な発言だぜ、ソレ』
「ムぐぐ……」
呆れたとばかりにネキロムは言葉を捲し立てる。コオドもそう言われたらそうかもしれないと思う程には納得するしかなかった。けれどもネキロムの事を心配して言ったのに呆れられたのは、ちょっと納得がいかないコオドではあった。
『それにアイツら何言ってんのか分かんねーし。同種っぽい魔物でも言葉が通じねぇよ』
「へー。それってティースさんと迷宮に潜った時ってことですか?」
『いんや。ティg……ティースとはほんの前にあったばっかりだから一緒に迷宮へ潜った経験は無い。俺があるのはその前。お貴族様に厄介になってた時に、ちょっとな』
そう口にして、懐かしい思い出が蘇る。子供達に引っ張られ押し潰され、騒がしい日常ではあったが今の状況よりはとても恵まれた状況であった。美味しい食事。温かい寝床。安全な家。
今なら分かる。あの日常こそが何事にも変え難いものであった事を。
ほろり、とネキロムの目にも涙が零れ落ちようとしていたが、コレもソレも全部あのクソ牛と勇者のせいだと憤怒の感情が湧き上がり涙は引っ込んだ。
「お前、良いとこの出だったのかよ……」
『ソレも確か辺境伯様だぞ、辺境伯様。平民、男爵、子爵、伯爵、侯爵、辺境伯、公爵、王様。三番目にエラいんだぞ、三番目に。多分』
「いや……ネキロムが辺境伯って訳じゃないだろ……」
他者の威を借る兎の自慢話は、コオドには通じなかった。それに〝確か〟だとか、〝多分〟などあやふやな言葉が多いのも、コオドには胡散臭く感じていた。これだけ適当な事を喋れるのだ。心配など要らぬ気遣いだったとコオドは溜め息とともに吐き捨てた。
「ん……でも、貴族のところにいたら余計に迷宮とは無縁じゃないですか?」
『それがそこの娘がよー、結構なお転婆でよー。街の子供達と一緒に、近くに出来た迷宮に潜りたいって言ったんだよ』
「えっ、ソレはヤバくねぇか?」
クーラウの疑問にネキロムが答えると、当然の反応をコオドがしてくれる。その言葉が聞きたかったとばかりにネキロムは頷くと、その後の顛末を話した。
『大人達に相談無しで突入するもんだから、当然その場にいた大人の俺が面倒を見なきゃならない。そん時に子供共から〝兎同士なら話せるんじゃねー?〟とか言われて角兎と話してみたけど、これが話にならないのなんのって。人像も最後には出てきて倒さなきゃならないしもう滅茶苦茶な探索よ』
「人像って確か七級の魔物じゃ……貴族コワ……」
「大変でしたね、師匠ぉ……あれ?大人……?」
『ん?』
「師匠って……いくつなんですか?」
はて?そう問われてネキロムは少し考え込んだ。前は二十四年。今は四年弱ほど。クーラウからしてみれば些細な疑問であったが、ネキロムにとっては謎が残る疑問であった。果たしてどちらが正しいのか。人である兎の自分はなんなのか。
答えが見つからない謎に、ネキロムはとりあえず全てを加算して答えた。
『二十八』
「げッ!?おじさん兎……」
『あぁん!!?てか年下はさんをつけろよな、デコ助野郎!』
「え、やだ……てか何だデコ助って!ハゲてねぇし!」
迷宮の中だというのに騒がしい。質問を間違えたかな、と思うクーラウであったが、そこに丁度良く通路の終わりが見えた。
「あ、あそこ!なにか部屋みたいじゃありませんか?」
クーラウが声を挙げたので、ネキロムとコオドも言い合いを中断して前方を見る。行き止まりの壁の隣、その岩壁に大きな穴が存在していた。
確かに今までの通り道にも穴は空いていたが、ただの空き部屋でしかなかった。しかし今回もそうとは限らない。《二兎追うものは一兎も得ず》で、しっかりと偵察を行っていく。
『──敵無し!中になんかヘンな物有り!』
「なんだ?変な物って?」
偵察に行った幻ネキロムの報告に、コオドが当然の反応をする。もう少し正確な報告は出来ないのだろうか。
『ま、行って見ればわかるでしょ。敵もいないんだし』
「それもそうだな」
百聞は一見にしかず。ネキロム達は恐る恐る部屋へと入ってみた。
「なん……ですかね、これは」
岩を掘り抜いただけの、質素な部屋の最奥。そこには鼈甲色の玉が、無数に積み上げられていた。
『なんだろう?』
「硬ぇし、ツルツルしてんな」
コオドが拳で軽く小突くが、壊れるような素振りはない。余計に謎が謎を呼ぶが、ふとネキロムの鼻にほのかに甘い独特の香りが流れてくる。
『なんだ、これ。蜂蜜みたいな……あっ』
「なにか分かりましたか?」
声を挙げたネキロムにクーラウが尋ねるも、ネキロムはそのまま鼈甲色の玉に近付き、そしてペロリと玉の表面を舐めた。
『あまっ!やっぱりコレ、蟻の蜜だ!』
「蟻の、蜜……?」
ネキロムの行動に驚きながらも、クーラウはネキロムの言葉を反復する。蜂蜜ならば砂漠でも養蜂しているところを見たことがあるが、蟻の蜜は聞いた事が無かった。ましてやこの蜜の色。ずっと前に見たことがある蜂蜜は綺麗な黄金色をしていた。しかし目の前にあるのは、焦がした砂糖を思い出してしまう。ネキロムが言うような甘い味を、クーラウは想像出来ずにいた。
「どれどれ……」
しかしそんなクーラウの葛藤を他所に、コオドは蜜玉を一つ手に取って口に近付けていた。勇気があるのか無鉄砲なのか。多分後者なのだろうが、クーラウは少し羨ましかった。
「あまっ!ほんとにあめーっ!」
『だろだろ!これ全部持って帰ろうぜ!』
「おう!ハーニアも甘いの好きだったし、これで少しは叩かれなくなる……ウッシッシ」
本当に甘い事を知ったコオドは収納袋に蜜玉を詰め込んでいく。ネキロムも負けじと歪んだ空間に蜜玉を詰め込んでいた。その光景をクーラウはぼうっと見つめている。
「…………」
──本当に甘いのかなぁ。
クーラウもれっきとした女性である。甘いものが嫌いな女性はいない。しかし先入観というものは、そう簡単に消えるものでは無い。それでも今だけは、勇気が出る魔法がクーラウには掛かっていた。
蜜玉を一つ、手に取ってみる。ヤシの実ほどの大きさの蜜玉に、恐る恐る顔を近付けて、可愛らしい小さな舌でペロリ。
「~~~~~ッ!!」
甘い。花の香りが広がる蜂蜜とは違い、果実の芳醇な味わいが口いっぱいに広がる。そして何よりも酸味のある甘さ。これがまた食欲を唆る。蜂蜜のような重厚な味では無く、酸味のある果実を蜂蜜漬けしたような爽やかな味わいが舐める舌の抑えがきかない。
「──はっ」
蜜玉に夢中になっていたクーラウだが、気付けば蜜玉の山が半分になっている。こうしてはいられない。今後の自分の分も確保する為、クーラウも収納袋の口を広げて蜜玉の山へと飛びかかっていった。
『──ふんふーん』
ネキロムは器用良く蜜玉を蹴飛ばして、《収納》の中へと入れていく。他の二人にも言える事だが、もう艶蟻の件は頭の中にないらしい。
『ん?』
入れては蹴る。入れては蹴る。それを繰り返している内に、普通の蜜玉とは違う、歪な蜜玉がネキロムの前に転がり込んで来た。
『中になんか入ってる?』
例えるなら琥珀に閉じ込められた虫のように、楕円の蜜玉の中に何かが閉じ込められている。
『んんん〜?』
目を凝らす。穴が空くほどに睨みつける。蜜玉の中に入っている物。ずっしりとした塊が干からびたような──。
『ギョエー!!』
ネキロムは気付いた。気付いてしまった。色や形が曖昧で分からずとも、意識して気付いていないと思い込んでも。ネキロムの胸の奥底から滲み湧き出る直感が告げてくる。
これは神様の遺体、〝胴体〟の部分であると──。




